煌武祭三日目 演武㊤
オレは赤兎と対峙していた。
次に鳴るのは太鼓の音、そしてその次が銅鑼。
次の音で赤兎が攻撃を入れてくることは無いだろうが、間違いなくオレが剣の下へ走り込むのを邪魔してくる。
そしてオレは剣に辿り着けず、鈴を鳴らすことができなければ、そのまま退場だ。
オレは自分に言い聞かせる。
―――赤兎の動きを予測しろ。
次の瞬間、太鼓が鳴った。
案の定、飛び出して来た赤兎はオレと剣の前に立ち塞がり、オレが剣を取るのを邪魔してきた。
だけど再び高く跳躍していたオレは、赤兎を無視して剣の向こう側まで飛び、着地と同時に舞台に刺さった剣を蹴り上げた。
剣は振れることなく、真っ直ぐ上へと弾き上がる。
―――シャリーン……
鈴の音は乱れず被る。
「ちっ」
背後から上がった赤兎の舌打ちが聞こえてきた。
オレは落ちてきた剣を、鈴を鳴らさないよう衝撃を殺しながら受け取る。
オレと赤兎は丁度背中を合わせるように立ち合っているが、互いにまだ中央は取っていない。
―――てかヤバイな。こいつ、マジで強い。
鳥肌が立ちそうな緊張と焦りの中、赤兎がまた声を掛けてきた。
「……秘密を知られても動じないんだ。余裕だね」
オレはドキドキと脈打つ鼓動を隠すように、起伏のない声で答える。
「別に秘密にしてるつもりなんて無い。周りが勝手に勘違いしてるだけだ。―――お前だって『男だし、気にせず顔面潰してやれるわ』って言われても気にしないだろ? 同じ事だ」
「っ気にするよ! 顔はやめてよね!?」
……なる程。気にするのか。
オレは不意に手にした切り込み口に、次に鳴り響いた銅鑼の音に合わせて身を捻り、剣の腹を赤兎の顔面めがけて叩き込んだ。
剣と剣がぶつかり合う音に、鈴の音が混じった。
オレが攻撃で赤兎が防御。そして今の踏み込みで一歩、オレの足が舞台の中央を捉えた。
赤兎はワナワナと震えながらオレを睨んでいる。
「言った側から狙ったね!?」
「大丈夫。潰れてても潰れてなくても、白藤様と並べればさして変わらないから」
「お前をっ、潰すっ!!!」
―――ドーン……
また太鼓の音。
オレはその場で型を極め、赤兎は宙返りで俺から距離を取る。そして何故か、赤兎は剣を地面に落とした。
赤兎の妙な行動に首を傾げてる間に、虎と熊も徐々に距離を詰めてきている。この後2度の太鼓を挟んだ後に来る銅鑼の音の時には、この2名も必ず攻撃に転じてくる筈だ。
周りの奴らの位置や体勢に意識を集中させていると、それを邪魔するかの様にまた赤兎の声がした。
「ねぇ蒼ちゃん。狼と兎ってどっちが強いと思う?」
「狼だろ」
オレは短く答えた。
だが赤兎はクスクスと笑いながら話を続ける。
「えー。十倍も体格に差がある狼から兎は逃げ切るんだよ? 草食動物って四肢の強さが凄いんだ。その点、僕と蒼ちゃんは同じ体躯でしょ。だから……」
―――ドーン……
ふと視界の隅に映った赤兎に、オレはギョッとして後退りそうになった。
赤兎が落ちた剣を、足袋のように指先が分かれた靴の先で器用に拾い上げていたのだ。赤兎はそのまま驚くべき柔軟さで開脚し、高々と剣を構えながら言う。
「勝つのは兎でしょ」
―――グワァーン……
銅鑼の音と共に、熊と虎、そして赤兎が地を蹴ってオレに飛びかかってきた。
上段の赤兎と、中段の熊と虎。
だがふとオレは赤兎の太刀に、背筋の泡立つような言い知れぬ寒気を感じた。
オレは虎の太刀をいなし、熊の下顎を蹴り上げながら、赤兎によって振り下ろされた上からの太刀を反射的に避けた。
次の瞬間、オレは一瞬舞台の土が弾け飛んだのかと思った。ガギンという耳に響く音が、鈴の音をかき消す様に舞台に木霊し、抉られた土が飛び散ったのだ。
―――シャリーン…… ……チリン
タイミングの外れた小さな鈴の音が聴こえた。
そして、審判の声が響く。
「竜虎、失格! 退場!」
舞い上がる土煙の中、赤兎の一撃がオレが叩き落とした虎の剣を折っていた。
虎の剣は捻じ切られたようにひん曲がっていて、一方で赤兎の剣は刀身を半分程舞台の土に埋めていた。
虎は一瞬目を見開いた後「マジかよ」と呟き、折れた剣を手に舞台を降りた。
―――……つーか、オレもビビった。どんな脚力してるんだよ、こいつは。
背中を流れる冷たい汗を感じながら、まじまじとその光景を見ていると、赤兎はすっと音もなく剣を地面から抜き取り、足に持ったまま構え直す。
「ふふー。僕、訓練では脚に付けた仕込み刀で出てるんだ。だからやっぱ脚の方がしっくりくるね」
そう言って、満足げに唖然とするオレに笑いかけてくる赤兎。
オレはその笑みにイラッときて、平静を装いつつハッと笑い返した。
「そりゃ良かったな。つっても猫騙し程度の効果しか無いみたいだけど?」
「……」
……あ、怒ったな。
顔を歪め沈黙する赤兎を見て、オレは内心で笑った。
そう、これはまだ夜の部の第1幕。感情を出さず、カラクリの様に正確無比の技を決める。それが第1幕での魅せのポイントなのだ。
オレは深く息を吐いて気持ちを落ち着けると、静かに次の音を待った。




