煌武祭三日目 演武㊦
―――躱し、跳ね返し、防ぎ、打ち込む。
あれから、オレは舞台の中央を死守し続けていた。
太鼓と銅鑼の間隔はどんどん短くなり、今や一秒に一度の銅鑼と二度の太鼓が打ち鳴らされている。
選手達の打ち込みのタイミングは決まっているとはいえ、一度に四人の同時攻撃なんて珍しくもなく、鈴の音を合わせる為にも、オレは必死で体を動かし続けた。―――否、止めれば終わりだった。
そして動きを止めさえしなければ、鈴は音を外さず刻む。オレはそこ迄この演武の為に、身体にそのリズムを叩き込んでいた。
だがこの速度に急かせれ、オレももう息を吐く暇すらない。
浅い呼吸で駒のように動き続けていると、意識が朦朧としてくる。
それでもオレは鼠と熊を蹴り飛ばし、赤兎の凶刃を紙一重で体を反らして躱した。
―――シャリーン……ーン……
「爻熊、失格、退場!!」
速さについて来れない奴等がどんどん落とされていく。
もう何人残ってるのかも確認する余裕なんて無い。
全神経を集中させているせいで、自分の息遣いや鼓動すら喧しいと感じる。
鈴の音と剣の音と地を蹴る音と鼓動の音。それだけでも頭が割れそうな程に喧しいのに、前方から耳障りな声が上がった。
「こんのぉっ……なんで退かないの!? いい加減に退けっ!!」
赤兎だった。
瞬く様な攻撃を全て受けながらも、根を下ろしたように居座り続けるオレを、赤兎もまた息も絶え絶えに睨んできていた。
オレは朦朧とする意識の中でふと考える。
―――そういやなんでオレ、こんな事してるんだっけ……?
身体を捻るように移動させては打ち込みながら、オレは吐く息と共に譫言でも言う様に呟いた。
「退かない……」
目の前がくらくらする。
もう自分でも、なんの為に剣を振り続けてるのかもよくわからない。だけど体が勝手に鈴の音だけは刻む。
そしてこの場所を譲らないというオレの中の謎の妄執だけが、赤兎や選手の太刀を弾き返し沈めていく。
―――……オレ、何してるんだっけ?
無意識に任せて身体を動かしながら、オレはふと思い出す。
―――あ、そうだ。オレは今【演武】をしてるんだ。
「―――オレは演じてるんだ」
オレの口から、ポツリとそんな言葉が漏れた。
オレも無意識に言ったその言葉だったが、赤兎はその言葉を拾い上げ、眉を寄せる。
「はぁー?」
その腹の立つ顔に、オレの朦朧としてた意識がふっとクリアになった。
―――そうだ。オレは演じているんだ。今オレは武を演じてる。
なぜ引かないのか? なぜ止まらないのか? これ程苦しくても、なぜ演じ続けるのか?
その全てに通じる、たった一つの答えを思い出したのだ。
オレはハッキリと赤兎の姿を目に捉え、赤兎の振り下ろす重い太刀を渾身の力で受け止め、―――そして言った。
「っこの背に白藤様をお護りしてるつもりで、オレは今ここで演じてるんだ!」
「!!?」
正面から受け止められた事に驚いたのか、赤兎の目が見開かれる。
オレはそのまま剣を振り抜き、赤兎を弾き飛ばしながら叫んだ。
「だからっ、オレは絶対に引かない! お前ら如きにっ、白藤様は絶対に渡さない!!!!」
赤兎は着地と同時に地を蹴って、体術の回し蹴りの様な動きで剣をオレに剣を突き出しながら怒鳴る。
「んのっ、妄想狂めっ! あぁそう、分かったよっ。そこまで言うなら、死んだって恨まないでよねえぇ!!」
その剣先が、真っ直ぐオレの胸に迫って来たその時だった
「そこ迄ぇえぇぇいっ!!!」
宦官様の甲高い声が響き、銅鑼と太鼓の音が唐突にピタリと止んだ。
同時にオレと赤兎の動きも静止し、赤兎の小さな舌打ちだけがオレの耳に聴こえた。
第1幕開始から30分。―――漸く、オレ達の演武に幕が下りたのだった。
その後ドーンと鳴らされた太鼓の音で、赤兎や他に残っていた選手達がオレから距離を取り、正面へと向き直る。
そして続いて鳴らされる最後の銅鑼の音に、オレ達は習わし通り掛け声と共に最後の大見栄を切った。
「呀ー!!!」
その直後、観客席からこれまで聞いたことのない大きな歓声と拍手が上がった。
「可愛かったァー! キャァー」
「ステキィー!!」
「蒼くん、赤兎ちゃん可愛ぃー!!」
……。
……あれ? 歓声の内容がいつもと違う。この衣装のせいか?
その歓声に少し気恥ずかしさを感じ、オレは視線を地面に落とした。だが直ぐにハッとして、オレは白藤様のお席を見上げる。
……もしや白藤様に『女々しいから武に相応しくない』等と思われてしまったらどうしようと危惧したのだった。
だが流石は白藤様だ。拍手もくれなければ、感情を高ぶらせている形跡もない。
双眼鏡は外されているもののスックと背を伸ばし、微動だにされず静かにこちらを見下ろされていた。
オレは一礼して、他の選手達と共に舞台を降りた。
そしてその後の試合では、無駄に対抗心を燃やした豹牙も群を抜いての勝ち抜きを見せた。
だが舞台の中央で演武を演じきったという快挙にも拘らず、象奉隊長はオレ達に何の声をかけてくれる事もなかった。―――まぁ、分かってた。
それでもオレは、あの御方の隣を目指すと決めたのだから。
◇◇◇
―――夜が明けて、一眠りしたオレ達が食事処に足を運ぶと、そこでは一つ噂でもちきりになっていた。
なんと昨晩の演武の後、白藤様がお倒れになったそうなのだ。
どうやら開始前より少し体調を崩されており、夜の部が始まってからは一層お辛そうにされていたという。
今日の午前の部の演武には出席されていたそうだが、その時の白藤様のご様子と言えば、溜息を吐き言葉数も少なかったとか。
オレが噂に耳を傾けていると、象奉隊長の苛立たしげな声が隣から聞こえてきた。
「蒼狼、何尻尾と耳を垂らしてるんだ? 調子が悪いなら棄権しろよ」
「あ、いえっ、元気っす! 姫君の体調が悪いと小耳に挟んだので、心配でこんなだらしのない尻尾になっただけす。白藤様への応援の意も込めて、今夜も気合いっぱい演舞してくるす」
「ふん、程々にな」
鼻を鳴らされたが、オレはもう気にせず皿に乗った大きな肉饅頭に齧りついた。
白藤「……………ッガフ 」




