煌武祭三日目の試合 ◇蒼狼視点◇
《蒼狼視点》
銅鑼と太鼓の音が鳴り響き、煌武祭三日目の夜の部が開始された。
昨日の迄の2日間は1幕20数名の出場だったが、今晩からは人数が減ってきた事もあり、1幕10名と人数が減る。
人数が減れば上帝様や姫君の目に止まる可能性も上がるのだが、より自身に注目が集まる様にと、潰し合いも激化した。
とはいえ、卑怯な手を使っての演武など見せられる筈もなく、それは純粋な力勝負になる。
「第1幕開演! 選手、前へ!」
その時、大きな銅鑼の音と共に宦官様の甲高い声が響いた。
オレは前列に付いて前に進み、舞台へと昇る。
舞台の右端の位置に並んだオレは、ゆっくりと息を吐いて、開始の合図を待った。そしてその間に、注意すべき点の確認をしていく。
―――今日のオレの出場は第1幕。
序盤での出場は、見る側にとっても疲れが出ていないし、気持ちが乗ってもいない。だから自然と評価が辛口になりがちだ。
観客の頭が冷静である序盤には、小さなミスが指摘され易くなり、後に行く程にミスよりも大技が評価される傾向にある。だから……。
「選手構えぇーっ!」
宦官様の甲高い声に、オレ達選手は一斉に手にした剣を前に突き出した。
―――宝剣に付けられた小さな鈴が、シャリーンと音を鳴らす。
十名の選手の鈴の音は被さり、小さな鈴はたった一つの大きな音となる。
「始めぇーっっ!!」
その声と同時に、ドーンっと大きな太鼓の音が響く。
ゆっくりと剣を両手に持ち替え、腰を落として剣を水平に構える。
そして丁度剣の角度が水平になった瞬間、手首を返し刃も水平にする。
―――シャリーン……
手首の返しに合わせ、また大きな鈴の音が鳴った。
太鼓の音、鈴の音、そしてまた太鼓の音……。オレ達は型を極めながら、応えるように、一糸乱れぬ鈴を鳴らし続ける。―――と言うか、ここで外すような奴は初日で落とされる。
そして10度目の太鼓と鈴が鳴った後、グワーンと銅鑼の音が鳴り響いた。
銅鑼の音は攻撃か守り、若しくは見栄を切るムーブの合図だ。
とはいえ、このタイミングで、攻撃を仕掛ける者はいない。選手同士の距離が離れすぎているのだ。
オレも次の動きに繋がる様腰を落として見栄を切り、鈴を鳴らす。
真っ直ぐと白藤様の座される方へ面を向けていると、双眼鏡を覗き込み舞台を見下ろす白藤様が見えた。
―――よし、行くぞ。
己を奮い立たせる様に胸の中でそっと呟き、腹に力を込める。
そして次の太鼓の音に合わせ、オレは身を低くしたまま地を蹴って、舞台の中央目指して飛び出した。
―――シャリーン……
着地と同時に、鈴は振らずともその衝撃で音を立てた。
……着地した場所から舞台の中央まではまだ距離がある。これからあの場所を巡って選手同士の熾烈なポジション争いが繰り広げられるのだ。
そう。これは【演武】。武を演じるその主役は、いつだって舞台の中央で、迫りくる敵を撃ち落とすのだ。
この舞台の幕が降りるのは降りる30分。……オレは昨日一昨日と舞台脇で、ただ動きを音を合わせていただけだった。
だけどそれでは失格にならずとも、目に止められることも、評価される事もない。―――何せ脇役なのだから。
それじゃあ駄目だ。目指すべき所へ辿り着くには、こなすだけじゃあ辿り着けない。
死地に飛び込み、守り切る。そうじゃ無ければ小指一本触れることすら叶わないんだ。
オレは舞台の中心を睨み、また力を貯める。
オレと同じように、中央へ向かって飛び出して来たのは、他に3人。
名前は知らないが金の衣装を纏った虎と、毛皮のファーをふんだんに使った衣装を纏った熊の護衛獣で、どちらもオレよりガタイは格段に良い。まぁ、オレは小柄な方だから別に驚く事ではない。
だがもう一人だけは、異彩を放っていた。
それは、艶やかな真紅の振り袖をふわりと揺らし、頭に牡丹の花を飾り付けたオレと同じく小柄で線の細い白兎。―――そう。赤兎だった。
しかも兎だけあってか、赤兎の脚力は凄まじい。
俺でも最低3度の踏み込みは必要だろうその距離を、もう半分迄詰めてきている。
熊と虎は体格がいい分、重量で赤兎は勿論オレ程も動けてはいない。
―――だが不味い。赤兎は間違いなく、次の太鼓でポジションに着き、オレは後手に回ってしまう。
……絶対に渡したくない。
一度だって、絶対に……だって主役の座はオレの場所なんだから。
―――一瞬、赤兎がオレを見てニヤリと口の端を歪めた。
そしてオレだけに聴こえる小さな声で、こう言ったのだ。
「蒼ちゃん、まだ居たの? とりま、一手目は貰うね」
明らかにオレの挑発と動揺を誘っていた。
だけどオレはもう引かない。ブレない。……絶対に譲らない!
次の太鼓の音に合わせ、オレは二度目の跳躍をした。
高く、舞台を見下ろせる程高く飛んだ。
そして舞台の中央に飛び込んでいく赤兎を見下ろしながら、舞台の中央めがけて剣を投げつけた。
「なっ!?」
剣の軌道に気付いた赤兎の顔が焦りに歪み、着地すべきポイントを通り過ぎて舞台上を滑り抜ける。
赤兎はその際愚かにも、踏ん張りついでにこちらを振り向いた。―――そう、白藤様に背を向ける、魅せを半減させる体勢で止まったのだ。
―――シャリーン……
赤兎が舞台の中央を通り過ぎて着地し鈴を鳴らした音と、オレの剣が舞台の中央に刺さり、なった鈴の音が被る。
そしてオレは、1テンポ遅れて音を立てずに着地した。
「判定! 無効!」
舞台の外で審判達が声を上げている。
そして一歩中央へ届く事の出来なかった赤兎も、顔を引き攣らせてオレを睨んでくる。
「ちょっとぉ……“太鼓の音”で“攻撃”ってなしでしょ? なんで“無効”な訳?」
オレは首を傾げながら説明してやる。
「ん? 太鼓の音でやっていいのは移動と型だけ。後は鈴の音さえ外さなければ良い。基本ルールだろ」
「攻撃したじゃない! 鈴の音の後に動いてたし!」
判定に不服を述べる赤兎に、オレは口の端を歪め、言ってやった。
「鈴の音の後に動いちゃ駄目ってルールはない。……まぁ、赤兎が防御もなしにぶっ刺さってたら、確かに“攻撃判定”されて失格になってたな。―――避けてくれてありがとう」
途端、赤兎が怒りを滾らせながら笑った。
「結構巫山戯た事してくれるねぇ、蒼ちゃん。端っこでいじけてくれてたら放っとこうと思ってたのにさ?」
「そりゃ奇遇だな。オレも同じ事思ってた。今からでも外野に行ってくれて構わないぞ」
ちょっとした挑発に、綺麗に乗っかってくる赤兎。豹牙と言い、キレ易過ぎるだろ。
オレはそう思い、そして眉間に皺を寄せる赤兎に、オレは溜息混じりに更に煽った。
「ってかさぁ、ブッサイクな顔になってるな。“可愛い”を売りにするんじゃなかったのか? そんなすぐ剥がれるような仮面なら白藤様の隣に立っても失笑を買うだけだぞ?」
―――ブチン……
静寂の中に、そんな音が聴こえた気がした。
赤兎の顔から表情が消える。
だが細められた目の奥では、炎のように赤い瞳が揺れていた。
そして赤兎は言った。
「―――蒼ちゃんさぁ……。もう、女の子だからって手加減しないからね」




