目が……目がぁ!! ◇白藤視点◇
前話の蒼狼視点と、今話の白藤視点は時間軸が被ります。
《白藤視点》
帝のおわす席に向けられたその視線に気付いた瞬間、俺の中に戦慄が走った。
精悍な蒼い瞳がまっすぐと俺を捉え、その表情は“今そこに行く”とでも言いたげな優しい微笑みが浮かんでいる。
……なんて事だ。―――あぁ、何という事だ。
上帝様は元より、大名達や公衆の面前だというのにっ。
くっ、駄目だ……このままじゃ悶え殺されるっ!!!
俺は上帝様の膝に縋りつくようにして、息も絶え絶えに胸を押さえて悶ていた。
◆◆◆
―――それは振り返る事、たったの十数分前。
俺は昼の集りを先に退出をさせてもらった手前、この夜の演武には少し早めに会場を訪れていた。
そして試合に注目しなくていいこの空白の時間に、昼間のストレスを解消する為、オペラグラスで約800メートル先に立つ蒼狼を鑑賞させて頂いていた。
―――ふぅ。
男前だ……いや、美人だ……というか、もはや可愛いわ……あのギャップが堪りません。ありがたやありがたや……。
そんな感想を内心で述べながら、俺は無害且つ大人しく、ほぅっと悩ましげに息を吐いていた。
とその時、ふと蒼狼の唇が小さく動いている事に気が付いた。
どうやら豹牙と何か話をしているようだ。
俺はくすりと微笑み、全神経を集中してその唇の動きを読み始めた。
『―――心配のつもりか? 気味悪いからやめろ』
蒼狼が言った。
豹牙の口元は衣装のマスクで隠されていて、残念ながら言葉を読むことが出来ない。
だが一拍の後、蒼狼が顔を上げた。
『さぐ……? 何を言ってる?」』
うーん。やっぱり、片方だけじゃあ会話の内容がよく分からんな。
『逃げる? 誰から?』
俺はその一言で、ピーンと会話の流れが読めた。
あの嫌味猫が、きっとまた“尻尾巻いて帰れ”とか蒼狼に言ったんだ。ほんで“はぁ? 誰が?”みたいな流れになってるんだな。
ま、いつも通りだな。
俺はうむうむと頷きながら、またじっと二人の様子に見入った。
『そんなのオレ達が宮内で粗相をしない為……だろ?』
あれ? また内容が分かんなくなった……と、思った時だった。
それ迄若干困惑気味だった蒼狼の動きが、突然毅然とした物に変わったのだ。
そしてキリッとした表情で前方を見据えながら、蒼狼は言い放った。
『悪いな豹牙。退場するなら一人で勝手にやれ。オレは全力でやる』
その一言に今度は逆に豹牙が、タジタジと焦りの表情を浮かべる。
多分言い返されてキョドってるんだな。いいぞ、もっと言ってやれ!
俺はしししと笑いながら蒼狼を応援した。
蒼狼はもはや完全に自分のペースで、面倒くさそうに豹牙に言う。
『いらねんだよ、そんなもん。オレはもう決めた。誰がなんと言おうと、オレは神獣を目指す。聖獣ですら今は生ぬるい。―――オレは神獣になって、白藤様をお護りする。白藤様のお力になるんだ』
……っ、ホワッツ!!?
俺は思わずオペラグラスを取り落としそうになった。
読み間違いか? 何をどう運べばそんな言葉が飛び出すのですか!!?
俺は自分の目が信じられず、目を皿のようにしてオペラグラスを覗き込んだ。
ちょっ、神獣は駄目だって! でも何だこの胸の高鳴りはっ!?
待て待て、いくら格好良いからって男にトキメいてどうする、俺!?
いくら憧れてるからって流石に駄目ですよ! ってか蒼狼くん、その格好可愛すぎっ! 女装がまじで似合いすぎてるから、そんな格好でそんな事言わないで! 惑うから。ホントに惑うから!!
蒼狼の口から俺の名が出ただけでも、過呼吸になりそうなのに、俺の神獣を目指すなどと言われた上、守って力になりたい……だと? ……まじでか?
ふおぉぉおあぁあぁぁぁ!!!?
俺は口元を隠しながら、全身を震わせ内心で絶叫した。
だが、蒼狼は止まらない。俺の絶叫なんか気にも止めず、凛々しい御聖顔で前だけを見ている。―――まあ俺が覗きをやめろと言われればそれ迄だが、やめるわけ……いや、やめられる訳ないだろ。
ブラックアウトしそうになる意識を必死で繋ぎ止め、俺はガン見する。
『誰にでも振るわけ無いだろ。少なくともお前には、これまでもこの先も絶対にないな。……豹牙には分かんないだろうな。あの御方はオレにとって特別な存在。―――無くした半身……オレの理想そのものなんだよ』
き、……奇跡か?
お、お、……お、俺もですぅー!!!
頭の中に一瞬鐘の音が響いた気がした。
だが次の瞬間には、俺は冷静になり考える。
いや待て。蒼狼が白藤に一心同体とか言ったら意味が変わってこないか?
理想そのものって……え? 惚れられちゃった? ―――うわぁ、ごめん。……俺、実は……っ。
ガックリと手を突いて俺が懺悔に打ち震えていると、短気な豹牙が口元のマスクを下ろし、蒼狼に食ってかかった。
『……こんのっ、クソバカ犬がっ! そうかよ、分かった。なら俺も最終幕まで出てやるよ。そこでお前を完膚無きまでに潰してやるっ。なんとしてでも舞台から引きずり下ろしてやる!!』
『はっ、やってみろよ。返り討ちにしてやる』
俺は思わずキョトンとして、思考を停止させる。
……え? 嘘。もしかして豹牙、お前も俺を? 今までの会話の流れって、もしかして俺を取り合ってた……のか?
―――やっ、やめてっ! 俺の為に争わないでぇっ!!
なんてちょっと調子に乗ってネタをしていると、ふと蒼狼がこちらを向いた。
今迄俺の方を敢えて見ないように顔を背けていた蒼狼が、こっちを見たのだ。
―――わぁおー……。
ドキドキしつつも俺は以前の様にテンパる事なく、正面からじろじろと鑑賞させていただいた。
冷静に考えれぼ、この距離からなら幾ら護衛獣とはいえ鷹の目でも無い限り、こちらの些細な目配せなど分かる筈もないのだ。
―――やっぱ整った顔立ちしてるなぁー……なんて思ったその時だった。
グラスの向こうの蒼狼が、不意ににこりと笑いかけてきたのだ。
「―――……っ!!!!?」
一瞬、俺は呼吸すら忘れて固まった。
―――……そして冒頭に戻る。
俺はその衝撃に震えながら、とうとうオペラグラスを目から外し、そのまま静かに蹲った。
……だって最早これはCMHだ。
そう。こんなんっ、キャッチ(C)マイ(M)ハート(H)が過ぎるって言ってんだよおぉぉぉ!!!
俺は我を忘れ、悶絶しました。




