オレを見ろ
露店街から戻ったオレは、直ぐ様夜の演武に向けて準備を進めた。
入念に戦化粧を施し、髪も整える。当然より良く魅せる為だ。
オレなんかが……いや、オレが白藤様の目に止まる瞬間なんて、瞬きの間程しかないかも知れない。
だがその一瞬の為に、オレは全てを賭けるのだ。
オレがたっぷりと時間をかけて準備している間、住居区に留まっていた豹牙はとっくに支度を済ませて、象奉隊長土産のおにぎりを食べて過ごしていた。
……あんな強烈な臭いのものを、食べようとするだけでも信じられないのに、豹牙は思いの外、気に入ってしまったようだった。まぁ……毒じゃないなら、他人の好みにとやかく言う気はないが……。
「何見てんだよ」
「いや別に。よくそんなもん食えるなと思って」
「……他人の好みにとやかく言うんじゃねぇよ」
「あぁ、……うん、そうだな」
豹牙の睨みを受け流しながら、オレはまた支度に戻った。
オレはそれ以降、黙って支度に集中していたのだが、何故か豹牙の視線はオレの背後から離れることがなかった。
◆◆◆◆◆
―――夜の演武が始まる一時間前。
オレ達は会場へ入場を果たし、整列をしてその時を待っていた。
隣にはマスクを着けた豹牙が立っていて、相変わらずオレをじっと睨んできている。
オレはいい加減その視線が鬱陶しくて、豹牙を睨み返しながら小声で尋ねた。
「何だよ?」
すると豹牙もマスクの下から、小声で返してきた。
「―――何でここにいる?」
「は?」
豹牙から返された言葉に、オレは思わず眉をしかめた。
……何を言ってるんだコイツは。アレか? 訓練場から隊列を組んで進んでた時みたいな冗談を言ってきてるのか?
流石にこんな場所で、冗談を言う事などあるのだろうかと思いつつ、一応ヒソヒソと小声で返す。
「何言ってる? オレの場所はここで合ってるぞ?」
「そういう意味じゃない。早く“棄権しろ”ってことだ」
なんの冗談も交えず返されたその言葉は、冗談より馬鹿馬鹿しい内容だった。
「……何?」
信じられず聞返せば、豹牙はマスクの奥で更に声を潜めて言う。
「普段のお前なら兎も角、こっから先の試合であんなフザケた演武をすれば、間違いなく潰されるぞ。今年の奴ら本気で容赦ねえ」
オレは一瞬目をぱちくりとさせ、そしてヘッと笑って返した。
「心配のつもりか? 薄気味悪いからやめろ」
「……このバカが。察せよ」
「?」
いまいち要領の掴めない物言いにオレが首を傾げると、豹牙は辛うじて聞こえるくらいの小声で説明を始めた。
それは、オレの予想もしなかった言葉だった。
「昼間、象奉隊長の様子がおかしかったろ? だからお前らが露店街に出てる間、居住区内を探ってみた」
「さぐ……? 何を言ってる?」
思わず顔を上げ豹牙を見上げれば、いつものまるで蔑むような視線でオレを見下ろしている。
だがその声は何時もと違い、何処か焦っている様な、切羽詰まった響きを持っていた。
「こっち見るなって。―――この煌武祭……なんかおかしい。お前の言った通り象奉隊長は俺らを聖獣にさせないように動いてる。だが表立ってそうは言わない……いや、あの様子じゃ言えないだな。あの時も、まるで監視の目から逃げるように、お前の言動を誤魔化そうとしてたし」
待て。豹牙は何を言ってる?
オレは視線を前に戻しつつ尋ねた。
「逃げる? 一体誰から?」
「だからそれを探ったんだよ。その為に居住区に張り巡らされた“柵”の近くの人気のない所を歩き回ってみた。所謂“不審な動き”ってやつをして、視線を集めてやったのさ。―――そしたら……信じられるか? 他郡の隊長格全員が俺を見てきた。……つまり、象奉隊長含む【聖獣】全員が、俺等を見張ってたんだ」
いや……だから何だって言うんだよ。オレ達が無礼を働かないよう、隊長達が見張るのは当たり前だろ……。
だけど豹牙の言葉は、オレの心を不安にさせた。
「そんなのオレ達が宮内で粗相をしない為……だろ?」
「いや、違う。お前にこうやって声をかける隙も、“引率”と離れて会場入りするまでなかったんた。―――何かおかしい。おかしいだろ? 俺もこの試合は適当に負けて退場するつもりだった」
「……」
それは、プライドの塊の様な奴だった豹牙が、ポツリと呟いた見栄も外聞も憚らない告白。
「蒼狼、俺はお前が気に食わない。だがな、気に食わなくても切り捨てる程じゃない。いいか? お前もこの試合、棄権もしくは退場しろ」
……なんだよ、オレだってお前が気に食わない。
「分かったな」
「……」
……なんだよ。一歳しか違わないくせに兄貴面しやがって。
そうだよ。いつもそうだ。
聖獣とか興味ないくせに、何をするにもオレより一歩前に出てないと気が済まない。そんな奴なんだ。
―――そして、悔しいけど大概豹牙の読みはオレより正しいことが多い。ホント、気に食わない。
「悪いな豹牙。退場するなら一人で勝手にやれ。オレは全力でやる」
オレが小さく鼻を鳴らしてそう言えば、一拍の沈黙の後、豹牙から激しい怒気が飛んできた。
「はぁ!? テメ……こっちが珍しく、最初で最後の親切心で忠告してやってんのにっ」
「いらねんだよ、そんなもん。オレはもう決めた。誰がなんと言おうと、オレは神獣を目指す。聖獣ですら今は生ぬるい。―――オレは神獣になって、白藤様をお護りする。白藤様のお力になるんだ」
「……この駄犬……話聞いてたのか!? 誰にでも尻尾振ってんじゃねえよ!」
「誰にでも振るわけ無いだろ。少なくともお前にはこれまでもこの先も絶対にないな」
「っんの……」
もう、互いに話すことはなかった。
オレは豹牙の言葉に耳を傾けるつもりは無いし、豹牙だってきっとオレのこの思いは理解出来ない。
「豹牙には分かんないだろうな。あの御方はオレにとって特別な存在。―――無くした半身……オレの理想そのものなんだよ」
案の定、オレの言葉に豹牙はブチ切れた。
口元の面をずらし下ろすと、牙を剥いてオレに言う。
「……こんのっ、クソバカ犬がっ! そうかよ、分かった。なら俺も最終幕まで出てやるよ。そこでお前を完膚無きまでに潰してやるっ。なんとしてでも舞台から引きずり下ろしてやるからなっ!!」
「はっ、やってみろよ。返り討ちにしてやる」
オレはそう言い放って、目指すべき高みに目をやった。
それはここから数百メートルも離れた観客席。上帝様と姫君のおわす正面席。
姫君は煌めく黄金の着物に身を包み、小さな双眼鏡のようなもので、こちらを見渡していらっしゃった。
“―――畏れ多いからジロジロ見るな”
以前のオレなら自分をそう叱咤し、目を逸らしただろう。
だけど今、オレは視線を逸らすことなく、真っ直ぐ顔を向けて笑いかけた。




