とある饅頭屋の煌武祭㊦
こんないいところのお坊っちゃんが、まだ露店も疎らにしか空いていないこの時間に、何だろう……?
私はそんな事を考えつつも、まぁどうせ道を聞かれるのか探し人だろうと高を括っていた。
だけど坊っちゃんさんの口から出たのは予想外の言葉だった。
「【華饅頭】を販売してるのは、もしや貴女ですか?」
「ふぇ?」
……探し人がまさかの私? 昨日の怪しい覆面のお客さんの件もあり、私は思いっきり身構えた。
「は、はい。私が華饅頭屋の店主ですが……」
すると坊っちゃんさんは、嬉しそうに手をポンと打った。
「やはりですか! では飽明殿に間違いありませんね。私は周候と申す者。この度貴女と商談を交わしたく、失礼を承知でこんな明朝に訪れた次第で」
……商談? 私と? いや、冗談でしょう? ……それか新手の詐欺?
私は引き気味に答える。
「あ、すみません……。私そう言うの興味ありませんので。というか、なぜ私の名をご存知で?」
「なに、出店名簿を調べさせて頂きました」
ニコニコと笑いながら即答した坊っちゃんさん。
私は更に引く。―――え、なに? 怖……気持ち悪……。
ドン引く私に、お坊っちゃんさんは両手を広げ、ウェルカムポーズを取ってくる。
「この商談は飽明殿にとって莫大な富をもたらしますよ。我が商会の傘下に、是非加入頂きたい」
「あっ、あの! 私本当にそんなつもりありませんから! これ以上妙な事いわれるようでしたら、お、おっ、追い返しますよぉ! え、えぇっ、え営業妨害ですよ!!」
私は懸命に凄んでみせた。
だがあまり効かなかったようで、坊っちゃんさんは「はて?」と首を傾げただけ。
……やっぱり煌武祭は怖い。知らない人に絡まれる事もあるんだ……。
私がジリっと後退ったその時、背後からどなたかの助け舟の声が掛かった。
「おいおいおい〜、早速周候がたかりに来てんのかよ〜」
振り返れば、そこにはチャラそうなお兄さん。―――誰?
「む、失敬な。今回は私自ら出向いて、ちゃんとした交渉に伺ったのですよ」
“今回は”や、“ちゃんとした”を滅茶苦茶強調してくるお坊っちゃんさん。……駄目だ。やっぱこの人詐欺師だ。
「なぁーにがちゃんとしただよ? 店主ちゃんは嫌がってるじゃないか。なぁー?」
チャラいお兄さんに同意を求められ、私はコクリと大きく頷いた。
するとチャラいお兄さんは愉快そうに声を上げて笑う。
「カッカッカ! こりゃ傑作だ。商談をここまで嫌がられるとは、天下の御用達【煌麒栄商会】も地に落ちたなぁー!! あ、店主ちゃん。店開けんなら50箱くれ」
……私の思考がフリーズした。
え? 煌麒栄商会……? 商売するにあたってその名を聞いたことのない者はいないが、私等のような者には手の届かない程の大商会……。いや、待って。確かその当主様の名前……は……周候様……? いやいやいやっ!
それにチャラいお兄さん、サラってなんて言った?
「ご、ごじゅ……て、えぇ!? 【煌麒栄商会】て皇帝様から【煌】の字を看板に授かった大商会……っですか!?」
「はい。当主、周候で御座います。我が商会の専売契約を……」
「だぁーから、迷惑だって言われたんだろうがよ! それよか、親父よりきいたぞ? 姫君推奨の饅頭がここにあるんだろう? 俺の女達に買ってきてやるって言っちまったんだ。50箱だ。早くしてくれ」
……姫君推奨の? 何を仰ってるんだろう?
「ちょ、は、はい只今っ! しかしこれから蒸しますので、ちょっとお待ち下さい」
私が慌てて店を開けようとすると、今度は坊っちゃんさん……じゃなくて、周候様がニヤリと笑った。
「ほぅ、これは滑稽な。あの唯我独尊を突き進む、呉克大名の放蕩息子殿が『ちょっとお待ちください』と。露店様々の風景ですなぁ?」
「あぁ? おい饅頭屋、すぐ出せよ。饅頭屋なんだろ?」
む、無理です!! て言うか貴方様はまさか噂に聞く、南部を取りまとめる大名呉克様の長男、大うつけ者の“呉玲様”!!!? 嘘でしょう!? 何故このような所にいぃぃぃ!!!??
私は呼吸困難に陥りそうな程戦慄しつつも、蒸し器に火を起こし、饅頭の成形に掛かった。
「ももも、申し訳ごじゃいましぇん! しかし50箱ともなれば1時間半程お時間を頂かねばならずぅ……」
「まじか、鈍臭えな。午前の部が始まっちまうじゃねぇかよ。なんとかしろ」
「ひいっ!?」
……お、……お父っちゃん。私の命、正午前まで保たなさそうです。
私がカタカタと震えながら、涙目で生地に餡を包んでいると、あろう事か周候様がカウンターに為替手形を置いて私に言った。
「お待ちなさい。私の方が先に声を掛けていた筈です。私も得意先に配らねばなりません。170箱、準備していただけますかな?」
「ふあぁぁ!?」
「ふざけんな。俺のが先注文を入れたろ」
「私の方が先に声をかけましたし、今お代もお支払いました。割り込んだのは貴方ですよ」
ってか、材料が足りません!! この高貴なる方達は、たかが露店にそんな在庫があると思っているの!? もはやこれ、死刑宣告ぅぅぅ!!
内心絶叫しつつ蒸し器に饅頭を放り込んでいる間にも、天上人の方々は言い争いを続けられてらっしゃる。
「喧嘩売ろうってのか? お?」
「喧嘩を売ってこられたのはそちらでしょう? 43番目の側妻に私の商売敵の【華梗楼商会】の娘を迎え入れ、支援という名の邪魔をなさっていますよね?」
「女の実家の支援なんぞ当たり前だろ。」
「治政もままならない貴男が、商家に余計なくびを突っ込まないで頂きたいっ!!」
―――私いつの間に異世界に迷い込んだんだろ?
手だけは必死に動かし饅頭の餡を包みながら、私は目の前で繰り広げられるこの帝国のトップ達の牽制しあう姿を、涙目で見ていた。
「あ、そうだ店主ちゃん。今後それは【華梗楼商会】のシマで売れよ。当主の陽明女史に口聞いてやるぜ」
「いけませんよ。搾り取られるだけです」
「お前が言うなよ」
……誰か聴いてください。―――私はただのしがない饅頭屋の娘なんです!
その時、ふと懐かしい声が聞こえた。
「あ! 飽明ちゃん! もうお店開けてるの? 早いねぇ、しかもお客さん入ってるじゃない!」
それは私の幼馴染の紡娘ちゃん。布地や雑貨を取り扱う店子の娘さんだった。
応援でもするようにガッツポーズを決めてくれてる紡娘ちゃんを見た瞬間、私の目からはらりと涙が溢れた。
「ちょ、え!? どうしたの!? 泣いてるの飽明ちゃん!?」
私は手を動かしつつも、震えながら紡娘ちゃんに縋った。
「紡娘ちゃん……わた、私ね、……もう一人じゃ無理……お願い、お父っちゃんと、おっ母ちゃんを呼んできてほしいのっ、お願い……」
「え!? う、うん! いいよ、すぐ行ってくる!」
深くは何も聞かず、紡娘ちゃんは駆け去っていった。
うん。持つべきものは幼馴染だ。
「口動かしてないで早くしろよ」
「手は動かしてるじゃないですか。応援を呼んだんでしょう、そんな事もわからない御子息とは、呉克様の苦労も覗い知れるというもの……ねえ? 飽明殿」
なんで私に話を振るんですかあぁぁ!!!?
私はえぐえぐと泣きながら、お父っちゃん達が来てくれるまで、ひたすら饅頭を包み続けた。
そして昼を超える頃には、600箱の売上と約200箱の予約を取付けたのだった。ちなみにそれ以上はキャパオーバーの為、予約を断らせて頂いた。
私はその日、必死に饅頭を包みながら、ふとなぜこんな事になったのかを考えた。
おそらく蒼狼君が兎さんを引っ張って、兎さんがお姉様を引っ張って、お姉様が怪しい覆面を引っ張って、うんとこしょどっこいしょをしてくれたんだろうなぁ。




