とある饅頭屋の煌武祭㊤ ◇飽明視点◇
感想に励まされ、予定外投稿です(*´ェ`*)
《飽明視点》
私の名は飽明。しがない饅頭屋の娘だ。
普段は本通りから外れた寂れたエリアで、父の店で蒸し饅頭を売って暮らしている。
だけど今私は煌武祭と呼ばれる屈強な武人達の為の祭りの露店で、女子力アップの為のちょいカワ高級饅頭を売っている。
うん。この時点でもうおかしいね。だけどあの時の私はこれこそが唯一の成功の鍵だと信じていた。
国最大級の祭りイベントと言えど、周りは不味い饅頭ばかり。客は大勢居るのだから、誰か買ってくれるだろう。そしてきっと一口食べて貰えれば、この饅頭は飛ぶように売れるはず!! ―――と、夢を見て商品開発に勤しんでいた日々が懐かしい。
そしてもしタイムマシンが有るならば、戻ってあの時の私を殴ってやりたい……。
私は溜息を吐いて行き交う人々の波を見つめていた。
日はとっくに暮れ、露店には各々に色とりどりの明かりが灯り始めている。
煌武祭のメインイベントである“夜の部の演武”の開幕が残すところ一時間を切り、客足はめっきり疎らになった。
……とはいえ、疎らだろうが混んでいようが、私の店に客は来ない。
昼間に一度だけプチフィーバーが来たけど、それ以降はまたサッパリだ。
私は店先に並ぶ青い饅頭をじっと見つめ、溜息を吐いた。
……そう。この店の初めてのお客さん。……確か蒼狼君とか言っていたっけ。
彼がこの店を覗き(多分同情で)購入してくれてから、一瞬だけ饅頭が飛ぶように売れたのだ。
蒼狼君が一個、そのお知り合いの兎さんが三個、兎さんが裾引きしてくれたお姉様方が8箱……。
ありがとう、蒼狼君。君のおかげで売上ゼロだけは免れたよ。
いいよ、うん。赤字の分はお父っちゃんの店で、馬車馬の如く手当無しで働くから……ふふ、あははは……。
私がもはや取り返しのつかない失敗に、自暴自棄になって笑っていると、突然カウンターの前にぬっと人影が現れた。
「ひぇ!?」
私は思わず悲鳴を上げて後退る。
だってその人は頭巾と覆面で顔を隠し、この上なく怪しかったのだから。
しかも細身だがかなりの高身長で、威圧感が半端ない。
私が恐怖に固まっていると、覆面の男は低い声でボソリと言った。
「……っ見つけたぞ―――……ここは6色の饅頭屋か?」
「……あ、は、はい。“華饅頭”です、いらっしゃいませ……」
ん? お客さん?
私はドキドキしつつも、カウンターに歩み寄り声を掛けた。
だがその途端、何故か覆面のお客さんが突然その場に崩れ落ち、膝を突いた。
「っく!」
「ほわぁ!? どど、ど、どうなさいましたか!?」
よく見れば、覆面のお客さんは荒い息をぜぇぜぇと吐きながら、チラリと除く覆面の目元にはダラダラと滝のように汗が流れている。
……まぁ宵の口とはいえ、夏にその格好は暑いでしょうね……じゃなくて!
私は慌てふためきながらも、その人を介抱しようとカウンターから身を乗り出した。
「あ、あのっ大丈夫ですか!? 今お水を……っ」
だけど覆面のお客さんはふるふると首を振り、自力で立ち上がろうとしながら、何やら小さな声で言った。
「……っ、……いっ……」
覆面のせいで余計聞き取りづらい。私は眉を寄せながら聞き直した。
「え? 何ですか? すみません聞き取れなくて、もう一度……」
「水はいいっ、―――饅頭を……今すぐ饅頭を!!」
「ふぇ?」
鬼気迫る勢いで、饅頭を所望して下さる覆面のお客さん。
いや、今饅頭以上にさ……生命維持の為に必要としてるものがあるでしょう……?
私が混乱してなんと返して良いものかとたじたじしていると、覆面のお客さんが吼えた。
「10箱だっ!!!」
「は、はいぃぃぃーっ!!」
私は勢いと恐怖に駆られ、震える手で饅頭を箱に詰めた。
そして5箱ずつ紐でまとめ、やっと出来上がった品を恐る恐る差し出し、震えながら言う。
「あ、あの……よ、45000穀になります……けど……」
自分で言ってて馬鹿高い金額だ。饅頭如きに45000穀て……。
だが次の瞬間、覆面のお客さんが突然カウンターをバシンと叩いた。
「ひいぃ!?」
やっぱり高すぎた!? 饅頭はあげますのでどうか命ばかりはあぁぁ!
私は死を覚悟して饅頭を突き出したのだが、覆面のお客さんは思いの外優しい手付きで饅頭を受け取ってくれた。
そう。例えるなら、何処ぞの高価な宝玉でも扱うかの様に……。
そして覆面のお客さんは饅頭を両手に持ち、くるりと踵を返した。
「確かに。それではこれにて失礼する」
そう言って去っていく覆面のお客さんを、呆然と見送りながらふと気付く。
覆面のお客さんが先程鬼の形相で叩いたカウンターの上に、ちょこんと50000穀分の銭が置かれていたのだ。
私はハッと我を取り戻し、お客さんの背を呼び止める。
「お客さぁーん!! おつりおつり! ちょっと待ってくださぁーい!」
お客さんは足を止めコチラを振り返ったが、その顔は先程より恐ろしい鬼の形相……。思わず喉から引き攣った声が漏れた。
「ヒッ……」
「―――そんな釣銭如きくれてやる。いいか? ここで私を足止めするという事、それ即ち一千万穀の損失に値すると心得よっ!!!」
「ヒイィィッ!?」
い、意味が分からない!
そう言うのって普通『とっときな。釣りはいらねえぜ(キラーン☆)』て台詞じゃないの? こんなの脅し以外の何でもない!!
私はカウンターの裏側に潜り込み、覆面のお客さんが去って行くまで隠れていた。だって、まるで蛇にでも睨まれているような……いや、蛇すら喰らい尽くす化け物に睨まれているような気分だったのだ。
そしてそれから約3時間、私の全身から震えが消えることはなかった。
―――もう怖いよぉー……煌武祭怖いよぉ。
これだけ怖い思いをして、売上は18箱と4個か……。
最低ノルマは200箱を想定していたから、これだけじゃ場所代や仕入れ金を賄える程では到底ない。
うん。もういいや。明日の午前中にはお父っちゃんが冷やかしがてら、私の様子を見にくるって言ってたから、素直に土下座しよう。
そして言うんだ。『調子に乗ってすみませんでした。私がクソでした』と。今なら素直に言える気がする。
私はそっと灯りを落とし、露天商達の為の仮眠天蓋へと引き揚げていった。
◇◇◇
次の日、日の出と共に私はションボリとしながら、また露店へと向かった。
何故しょんぼりか? そんなの今日も惨敗の晒しあげ日和だからだ。
どうせこんな早朝から仕込んだって、売れるはずがないのは分かっていたけど、体を動かさないとやってられなかった。
「はうぅー……」
それでも、私に割り当てられた露店の前に辿り着くと、私は思わず大きな溜息を吐いてしまった。
とその時、ふと後ろから声が掛けられた。
「もし、すみません。一つお尋ねしたいのですが」
「はい?」
私は顔を上げ振り返った。
そこに居たのは5人もの黒服を従えた、身なりのいい妙齢の男だった。




