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露店 四

 

 赤兎はこ首を傾げる様に隊長を見上げると、花の咲いたような笑顔を浮かべた。


「あ! 象奉隊長さんだ! ご無沙汰してます、以前の交流訓練以来ですね!」


 オレと豹牙は首を傾げた。


「以前て……? あんな奴居ましたっけ?」


 ヒソヒソと尋ねる豹牙に、象奉隊長は引き攣った笑みを浮かべながら頷いた。


「居たぞ。ほんの3ヶ月前だ。―――ただ“成人組”の方だけどな。そん時赤兎は、切り込み部隊の中堅を担ってやがったか」

「せ、成人? もはや実戦クラスのあれにすか?」

「ああ」

「こんなチビが? それに“赤兎”って……どっからどう見ても白兎じゃねぇか」


 象奉隊長の話に、信じられないと赤兎を見る豹牙に、赤兎は両頬に指を充てるポーズを取ると弾む声で言った。


「ううん、ほらよく見て。赤目が可愛い赤兎クンだよぉ! 君は“豹牙君”でしょ?」

「あ? なんで俺を……」

「そりゃあ知ってるよ。蒼ちゃんと毎年煌武祭に出てる青少年組の常連。神獣を狙う身としては、耳に入れた事くらいあるのは当然でしょ?」

「っ!?」


 赤兎の言葉に、一瞬オレの身体が強張った。

 こんな……畏れ多いとも思わず、当たり前に【神獣】を目指す奴がいることが、信じられなかった。

 赤兎は指を立てて、まるで提案するような素振りでオレに言う。


「ほらぁ、白藤様って箱入りでしょ? 戦場は勿論、訓練だってよくよく御視察に来られない様なお姫様。側に置く神獣に、然程強さを求めてる訳じゃないんじゃないかと思って可愛い路線に走ってみましたぁ♪ ―――ま、いずれにせよ、目に留めていただかなければ話にならないってね」


 そう言って赤兎はくるりとターンして、可愛くぴょこんと跳ねた。

 だがその言葉に一つの疑問が浮かぶ。


 ―――……戦場は兎も角、白藤様は訓練をよく高台から御視察なされてた筈。……こいつ気付いてないのか?


 オレが困惑と疑問に首を傾げていると、赤兎はふと、可愛らしい笑顔を歪め、こちらを馬鹿にでもするように口笛を吹いた。


「あっれぇ? 僕はそういう戦略のつもりだったけど、もしかして二人は【神獣】を狙ってた訳じゃないの?」

「え……」


 思わず言葉を詰まらせると、赤兎はひらひらと手を振った。


「そっかそっか。まぁでも煌武祭には出場するだけでも、こうして泡銭ももらえるしね? 有り難いもんね!」

「お前っ、賜っておいて泡銭とはなんだ!?」


 あまりに不敬なその物言いに、オレは堪らず強い口調で赤兎に言い返した。


「あ、ごめん。気に触った? 犬系の護衛獣は無駄に忠誠心が高かったのを忘れてた」

「おい、いい加減……」


 流石に頭にきてオレが拳を握りしめた瞬間、オレはヒョイと象奉隊長に摘みあげられた。


「落ち着け、蒼狼。こんなとこで問題を起こすな」


 オレがブランと宙に吊り下げられながら赤兎を睨んでいると、人混みの中から少し間延びした声が上がった。



「おぉーい、赤兎ぉー! 何処行ったぁ? そろそろ居に戻るぞぉー」



 途端赤兎は踵を返し、手を大きく振って声を張り上げた。


「あ、ハイハーイ! ここです羊江隊長!」


 するとすぐに人混みを掻き分け、立派な羊の角を頭に生やした細目の優男が出てきて、ホッとしたような声を上げた。


「まったくどこまで行ってるんだよ。初めてだからってはしゃぎ過ぎだろう? 演武で優勝しても、素行で落とされたら洒落にならんぞ」

「えへへー、ごめんなさい」

「全く……」


 ふと赤兎の前にズドンと立つ象奉隊長に気付いたのか、羊江隊長がこっちを見上げて来た。


「……と、あぁこれはこれは象奉殿。ご無沙汰しております」

「ええ、羊江殿もお変わりなく。今年はまた有望な者が参加されておりますな」

「ええ、黒の郡でも久しく見ぬ逸材なんです。そちらこそ、今年もまた一段と逞しくなったように見えますね。いつもお二人の演武、参考にさせて頂いておりますよ」


 それから象奉隊長はオレを宙吊りにしたまま、当たり障りのない会話を二三交わしていた。


「―――いやー、赤兎は薄明薄暮性なので昼夜どちらの部でも出場可能だったのですが、どうしてもそのお二人のいる部で演武を行いたいと言い張りまして、夜を選択したのですよ。それがまさかこんな所で会えるとは……なぁ、赤兎」


 話を振られた赤兎は、あどけない笑顔を浮かべながら頷く。


「うん、いい友達になれそう!」

「そうか、よかったな」


 ニコニコと笑う人の良さそうな羊江隊長。 

 赤兎はそんな羊江隊長に見えない様に俯くと、口の端を釣り上げて小さな声でボソリと言った。


「うん。―――ほぉんと、好敵手(ライバル)じゃなくて良かったぁ」

「グルルルルッッ」


 暗に『眼中になし』だと言われ、オレは青筋を浮かべ喉を唸らした。


「はいはい落ち着け蒼狼。いちいち反応するなって」


 羊江隊長と違い、耳の良い象奉隊長が呆れ声でそう言った時、ふと女の人から声が掛けられた。


「あら? ご一緒しようと思っていたのに、もう行ってしまわれるの?」


 振り向けば、華の形を模った木皮の箱を手に持った、先程の少食の女の人達がこっちを見ていた。

 赤兎が進み出てしゅんと耳を畳みながら、その二人に言う。


「ごめんなさい、お姉様達。僕もう行かなきゃ行けなくなっちゃった。これから演舞の準備なんです」

「あら、そうなの? じゃあこのひと箱をうさちゃんにあげましょう。頑張ってね」

「いいの!? ありがとうございます!! 僕、赤兎! 応援してくださいね!」

「勿論よ、可愛い兎さん」 


 そう言って、まんまと高級饅頭の箱に手を伸ばした赤兎。

 ……凄えなアイツ!


 オレが怒りも忘れその手腕を眺めていると、もう一人の女の人が、オレの前に進み出て来た。


「?」


 首を傾げていると象奉隊長はやっとオレを地面に下ろしてくれた。

 同時にその女の人は、手に持った箱を今度はオレに差し出してくる。

 象奉隊長の後ろに隠れることもできず、オレはしどろもどろに尋ねた。


「……え? な、何ですか? これ」

「差し入れよ。それからこれは豹牙君にね。蒼狼君がいるなら、君も近く居ると思ってたの」

「え! お、俺にもですか!? あ、ありがとうございます」


 困惑する豹牙。オレもどうしたらいいのかと箱と女の人とを交互にあたふたと見ていると、象奉隊長に小突かれた。


「ちゃんと礼を言え」

「はっ、あっ、ありがとうございましたぁっ!!」


 言われるがまま箱を受け取り、大きく腰を折って礼を言えば、女の人はくすくすと笑って優雅に手を振ってくれた。


「ふふ、いいのよ。演武頑張ってね。また何処かで会ったらお茶しましょうね」

「はっ、はい!」


 そして去って行った女の人達を見送り、ふと横を見れば、何故か赤兎がふるふると悔しげに震えていた。


「―――そんなの……っ、そんなのっ、唯の有名税なんだからっ! 僕の方が可愛いんだからねえぇぇっ!!」

「あ、だから赤兎待てって! 勝手な行動は取るなよぉー」


 そう言って赤兎と羊江隊長もまた、人込みの向こうへと去って行った。



 何だったんだろう……あいつは。

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