華饅頭 ◇白藤視点◇
《白藤視点》
―――ふと、なんとも言い難い空腹を感じ、俺は目を醒ました。
一瞬女官達が起こしに来るのをを待とうかと思案したが、どうにも腹が減っていて、待たずに起きる事にした。
昼寝の為に掛けておいたぶ厚いカーテンを引くと、外の陽射しは和らぎ、どこかもの寂しい夕暮れが迫って来ている。
賑やかなそうな出店を一度見下ろし、俺は食い物を求めて寝室を後にした。
ふらふらと廊下を進み、俺が大部屋に足を踏み入れると、何か良い香りが鼻を突いた。
視線を巡らせれば、部屋の片隅で円慶が茶の準備を進めている。
円慶も俺に気づいて、作業の手を止め挨拶をしてきた。
「ああ、お目覚めになられましたか白藤様」
俺の姿に気付いた円慶に声を掛けられ、俺はニッコリと微笑み頷く。
「はい。間もなく煌武祭が始まると思えば、胸が弾んでしまいました」
……嘘です。腹が減って目が醒めました。何か食べる物を下さい。
そんな内心はおくびにも出さず、そっと辺りを探れば、円慶が準備を進める台の隣の高机に、木の皮を折り曲げ組まれた梅の華の様な形をした小箱が置かれてあった。
おそらく先程感じた、匂いの出処はアレだな。
俺はさりげない素振りを装い、円慶に尋ねた。
「あら、あれは何かしら? 可愛らしい小箱」
「はい、これは先程梅鈴と花梨が出店に降りた時に買ってきた物です。市井の露店など……と思っておりましたが、中々に良い味をしておりましたので、良ければ茶請けにと思いまして」
……あぁ、そういや女官達に菓子を差し入れようかと提案したら、菓子より露店に行ってみたいと言われたんだった。
煌武祭の間はこの白藤宮は帰って食って寝る以外に殆ど使わない。
だからぶっちゃけ彼女等もいつもより逆に暇なのだ。
だから宮に一人は残ってもらい、今日から三日間は交代で出店に行ってきていいと言って、臨時手当を渡したんだ。
そして今日は梅鈴と花梨の日だった。
俺はテーブルに腰掛けると、願ったり叶ったりと手を打って微笑んだ。
「まぁ、お土産と言う事? 嬉しいわ、早速いただきましょう」
パカリと蓋を開ければ、中からは6色のカラフルな小さな饅頭が詰められている。
その饅頭の出来の良さに、俺は結構真面目に感心しつつ、お茶を椀に注ぐ円慶に声を掛けた。
「市井では近頃、このような可愛らしい物も売られているのですね。円慶も一緒に食べましょう?」
「ありがとうございます。しかし私は先程、味見と毒味用にと同じ物を頂いてしまいました」
「そうなの……」
俺が少し寂しげにそう言うと、円慶は困ったように笑って饅頭の説明をしてくれた。
「どうぞお好きな物を召し上がってください。青は魚肉、赤は豚肉、黄色が鶏肉で、桃色が牛蒡人参。そして紫が芋餡、白が胡麻餡でした。何れもなかなかに美味しゅうございましたよ」
「そうなの」
俺は頷き、箱に手を伸ばした。腹が減っているのでガッツリ肉系から行きたいところだが、それではあまり可愛くない。俺は敢えて紫の芋餡に手を伸ばし、パクリと食べた。
……うん。予想してたよりも美味い。露店で買ったという話だったが、有名スイーツ店並みの美味さはある。
そこでふと俺は思いついた。
「円母、唱は来てますね。呼んでください」
「え……はい。しかし唱様が来ていると……お休みでいらっしゃった筈なのに、何故ご存知で?」
「……」
―――何故と聞かれれば“何となく”なんだけど……確かにそうだよな。上帝様の犬の癖になんでここにいるんだ? 早く巣に帰れよ。
内心でそう突っ込みつつ、俺は円慶の問に答えることなく言った。
「直ぐここに呼んで」
「はい」
◆
「お呼びでございましょうか? 白藤様」
一分とかからずやってきた鉄面皮。
こいつは俺をどんだけ監視したいのだと呆れつつも、俺は俺の目的の為に唱を利用する。
俺は内心クククと笑いながら、俺の言葉を待つ唱に言ってやった。
「良く来ましたね、唱。立っていないで隣にお掛けなさい。――そして、美味しいお茶請けがあるで一緒に頂きましょう」
「は?」
「一人では食べ切れなさそうなの。半分こ致しましょう。ね?」
くくく、そうなのだ。俺が思いついたのはこの饅頭を、上帝様に差し入れてみてはどうかと思ったのだ。
あの人はああ見えて結構な“可愛いもの好き”だ。
だからこの可愛い饅頭の味がある程度適えば、露店で買ったと言う庶民性も魅せて俺の“可愛い株”が上がるだろうという寸法だ。
だが、6個全てを一人で食べきるのは、日々お粥と茹で卵生活を送っている俺には無理だろう。
かと言って、俺は食い物を粗末にすることは好きでは無い。
だから一通りの味見をした残りを、唱に食わそうと思ったのだ。
突然の名指しの呼び出しに困惑している唱。
「さぁ、頂きましょう」
「は、はい……それでは」
そう言って箱に手を伸ばした唱だが、俺はその手をペチリと叩いた。
「いけませんよ、唱。妾も全部食べたいのですから一人で一個はいけません」
「え……? そ、それでは一体……」
全く……頭の悪いやつだな。
俺は手に持った紫の餡饅をパクリと半分に割り、口を付けていない方を唱に差し出した。
「こういう事ですよ。はい、半分こ」
俺はそう言って得意げに笑いかけたのだが、その瞬間何故か唱と円慶がビシリと固まった。
俺は首を傾げ、身を乗り出す。
「何をしているのです? ほら唱、あーん」
「―――っ……あ……、あー……」
唱がやっと口を開け、饅頭に噛りつこうとしたその時だった。
ッカーン! と高い音を響かせ、円慶が唱の目の前に茶碗を置いたのだ。
茶碗は割れんばかりの音を響かせたが、中の茶は一滴も溢れてはいない。……流石は円慶だ。
俺は手を止め、円慶に尋ねた。
「ど、どうかされましたか、円母?」
「……お皿をお持ち致しますので、そのようなはしたない戯れはおやめください」
……あぁ、なる程。行儀が悪いと。
相変わらず融通の効かない堅物だなぁ。
俺が渋々手を引っ込めると、円慶は何故か鬼の形相で唱を睨みつけ、言い放った。
「そして唱様。―――分を弁えて下さいませ」
「……はい……」
「……」
よく分からんが円慶がめちゃくちゃ怖いっ。
あの唱がタジタジになってる! ……ごめん唱、俺が面倒臭がってお行儀の悪い事をしたから、同罪とばかりに怒られてるんだよなぁ。
お前は何も悪くないのに、ごめんなぁ!
そして俺達は、円慶にナイフで切り分けられた饅頭を素敵なお皿に乗せ、お上品に無言で食べたのだった。
―――そして箱の中が空になった時、俺は茶を啜りながら唱に言った。
「じゃあ唱。ちょっと今からこの饅頭10箱買ってきて。夜の部の摘みにするから」
「えぇ!? 今からですか!? 煌武祭が始まってしまいますが……」
焦りを浮かべる唱に、円慶が笑顔で頷いた。
「その通りでございますね、唱様。―――ならば今すぐ、一秒も無駄にせず大急ぎで行けばよいのでは?」
円慶の『とっとと出ていけ』とでも言わんばかりのその冷たい声に、唱は無言で頭を下げ、すごすごと部屋を出ていった。
俺は円慶と二人きりの部屋でまた茶を啜る。
「……」
「何か?」
「いいえ、美味しいお茶ですね」
「それは宜しゅうございました」
「……ふぅ」
……最近、皆の怒りの壺が読めないんだよなぁ。




