露店 ニ
オレ達が沈黙する中、女店主が感心げにポンと手を打った。
「あらぁーん♡ 豹ちゃんたら今でもいーぃ男なのねぇ。んふ、これ以上値下げは出来ないけどぉ、おまけを付けてあげるわぁ」
木貨を受け取った女主人は、嬉しそうにそう言って身をくねらせると、豹牙に琥珀の入った小箱と、藤の華の陰影が彫刻された金の細長いリングを手渡した。
「何だこりゃ?」
「尻尾飾りよぉ。まぁ金メッキなんだけどねぇ。知らない? 去年から神獣・獅王が好んで付けている装飾品でぇ、尻尾に嵌めるのよぉ」
「へぇ、獅王様が。……てかこれこそ蒼狼、お前が着けとけよ。そんでそのうっとおしい尻尾を捕まえろ」
「狼さん用もあるわよぉ。あなたなら銀飾が良いかしらぁ。まぁやっぱり銀メッキだけどねぇ」
そう言って女店主が手際よく出してきたのは、豹牙の物より一回り大きい銀のリングで、やはり外側に藤の華の影が刻まれていた。
「おお、格好良い」
「んふふ、そうでしょう? 今年は姫君の祝祭だからねぇ。藤の華の記念品が多いのよぉ。あ、2500穀ね」
「……」
……本来到底手の出る物では無い筈なのだが、豹牙の買い物を見た後のせいか、妙に安く感じた。
◆
「―――……で、結局またお前らお揃いかよ……」
前を歩く象奉隊長が、チラリとオレ達を見て溜息を吐いた。
「揃いとかじゃないす! 今の流行り物なんすよ。柄は兎も角、色もサイズも違うすから!!」
「オレは流行りとかも興味ないすけどね? ちょっとこの自由な尻尾の矯正をしようと……」
「はいはいはい」
オレ達の主張に、象奉隊長は話は終わりとばかりに、面倒臭そうに手を振る。
オレが若干口を尖らせ周りの露店に目を向ければ、ふと一つの紙花で飾られた店に目が止まった。
ごった返す人並みの中で、不思議と一人の客も入っていない店だった。
「象奉隊長、あそこ見てっていいすか?」
「あぁ。いいぞ……って、饅頭屋……? まだ食うのか?」
オレは頷き、客のいない饅頭屋に向かって歩み寄った。
◆
「はっ!? い、いらっしゃいませ! “華饅頭”です! 美味しいですよっ、如何でしょうか!!?」
オレが店の前に立つと、眼鏡をかけた店主らしい女の人が素人臭い声を上げた。年は俺より少し上……十五歳くらいか。
「あ、こ、煌武祭の選手の御方ですか!? はうー、今日初めてのお客さんっっ!」
拳を握り締め、嬉しそうに胸の前で手を組む若い女店主。
店のカウンターには、子供の拳ほどの割りかし小さな蒸し饅頭が並んでいた。
オレの眼を惹いたのはその色。……つやつやとした外皮が、赤、青、黄色、桃色、紫、白と、色とりどりに着色されていたんだ。それを縦にではなく円形に並べているものだから、まるでそれが花弁の様に見える。
そのセンスは最早饅頭屋の域を超え、お洒落な雑貨店や花屋の様ですらあった。
―――そう。あまりの可愛さに、思わず足が向いてしまっのだったのだが、その金額を見てオレの足はピタリと止まった。
「……一個750穀? この小さいもの一個で?」
ポツリとそういった瞬間、若い女店主の目からはらりと涙がこぼれ落ち、そのまましくしくと泣き出した。
「っそう……そうなのっ。味にこだわり過ぎるあまり、原価が高騰しちゃってこんなになってしまったのよぉおぉ……。もおぉ、よく考えれば煌武祭よ? 血の気の多い猛者達の来る祭りよ? ちっちゃくて可愛いなんて、誰も求めてなかったのよおぉぉっ! 気付けよ私! 絶対お父っちゃんに『ほら見ろバカ娘』ってどやされるうぅ……」
「……」
そう言って、客そっちのけで泣く女店主にオレはなんと声をかけて良いものかと逡巡した。
まぁなんせ直ぐ3軒隣では、大人の両掌サイズのデカイ蒸し饅頭が、一個120穀で売られているのだ。
いくら三食保証してもらっている護衛獣と言えど、流石にこっちを買おうとは思わない。
「しかも蒸し饅頭なんて日持ちもしないから土産にもならない……もはや絶望的よ。あぁもう……お父っちゃんにあんな事言うんじゃなかったあぁ……」
オレは勇気を振り絞って、泣く女店主に声を掛けた。
「ま、まぁ……うん。あ、あんな事って、何を言ったの?」
すると若い女店主はハタと顔を上げ、オレを見た。
そしてその表情は、間違いなく『あれ? まだ居たの?』という顔だった。―――声を掛けずに去るのが正解だった様だが、もう遅い。
女店主は涙を拭い、オレに話し始めた。
「あぁ、私の家はね、代々蒸し饅頭屋をしてたの。煌武祭にも毎年出店してて、去年まではあっちにあるような、大きいばかりの饅頭を売ってたの。だけど私からしてみれば、皮はバサバサだし、肉だって固い。たからもっと美味しい商品を出したかったのよ」
「そ、……そうなんだ」
思わずとはいえこっちから尋ねた手前、逃げる事はできない。
まずい、象奉隊長達を待たせているのに……。
「お父っちゃんにそれを言ったら『味なんか誰も気にしねえ。祭りたぁ雰囲気を楽しむもんなんだよ』って返してきたの。そのお客さんをバカにしたような物言いに腹が立って、私も『考えが古すぎる! この超古代文明石頭』って言い返しちゃって喧嘩になったのよ……。そして怒ったお父っちゃんは私にこう言い放ったわ。『そんじゃあお前の思う通りにしてみろよ! 絶対うまく行かねぇからな』って…それで私……それで……」
「それで見事に上手く行かなかったって訳か……」
「うぅ……ふえぇぇーんっ!」
ひと目も憚らず、また声を上げて泣き始めた女店主。
こんなんでオレが泣かしたと勘違いされたら、本当に洒落にならない。
オレは肩を落とし、苦渋の決断として木貨に手を掛けた。
「……じ、じゃあオレが一個で買うよ。だから泣くのは……」
「え!? 買ってくれるの!? 毎度ですぅ!」
「変り身早っ!?」
一瞬で手を広げ商売始めた女店主に、オレは溜息を吐いた。
「えーっとねぇ、色毎に味が違うんだよ。青は魚肉、赤は豚肉、黄色が鶏肉で、桃色が牛蒡人参で紫が芋餡、白が胡麻餡なの。6個並べると可愛いお花みたいに見えるの。専用の箱付きならセットで4500穀だよ!」
「いや一個でいい。……牛蒡人参以外でお薦めは?」
「どれもおすすめだけど、うーん。魚肉とかは珍しいかも」
「じゃそれで」
「はぁーい! ありがとうございます!」
すっかりほくほくと笑顔になった女店主。
オレは紐から抜くため木貨を引っ張ると、その拍子に木貨の一枚が路上に転がって行ってしまった。
「あっ、」
慌てて目で追うと、木貨はコロコロと人混みの方へ転がっていく。
だけど雑踏に踏みつけられる前に、それは小さな手に拾われた。
オレの木貨を拾い上げてくれたのは、オレと同じくらいの年の子供。兎の耳を持つ護衛獣の子供だった。
白い髪を一本のお下げに編んで、黒く長い耳をピンと立てた、少女と見紛うばかりに可愛らしい小柄な少年。
だけどオレと同じくらい白い支給服を着ているから、選手の一人なんだろう。
兎少年は拾い上げた木貨をじっと見つめた後、顔を上げて真っ赤な瞳でオレを見る。
そして可愛らしく首を傾げながら口を開いた。
「これ、君の?」
「そう。すまん、助かった。失くしたら大事になるとこだった」
兎少年は不思議そうにオレを見つめたまま、ピンと耳をこちらに向けている。
「どうした?」
「―――おかしいな。君、音がしないね?」
「音? 何の?」
オレも首を傾げ一歩兎少年に近づくと、兎少年はハッとしたように、手を振ってオレに木貨を差し出してきた。
「……あっ、ううん。いいの、気にしないで蒼ちゃん。はいどおぞ」
「ありがとう……て、あれ? お前オレの名前……」
「あ、慣れ慣れしかった? 木貨に刻まれてた名前が見えちゃったんだよ。“蒼狼”っていうんでしょ?」
「あぁ、なる程な。いいよ別に」
オレが木貨を受け取ったその時、店から声が掛けられた。




