露店 一
それから約一刻食卓の上で蹲った末、やっとオレ達は立ち上がれるまでに回復した。
「そろそろ行くか。今午後の2時だから後三時間程……まぁ、十分だな。【木貨】は持ってるな?」
「「持ってます!」」
象奉隊長にそう言われ、オレ達は腰に手を充て頷いた。
支給された服に余分な裾はなく、木貨は束ねられた紐を腰に吊るして持ち歩く事になっている。
金が丸出しなのに大丈夫かと言われれば、全く問題ない。
なぜならまず木貨には、必ずその割り当てられた者の名前が入っているのだ。
名前の彫られた木貨は、本人以外の者が使う事を固く禁じられていて譲渡も不可。
もし別の者がその木貨を使用したり、コレクション所持をした場合、それらの対象の者は重犯罪者として罰を受けることになっていた。
だからそんなリスクを犯してまで、木貨をスろうとする者などなく、そもそも【煌武祭】出場者に、そんな隙を見せる者などいないのだった。
オレ達は食器を返却口に返し、胸を膨らませながら露店へと向かった。
◇
「……【朱の三】の“象奉”、“豹牙”、“蒼狼”だな」
仮設家屋の集合エリアから、露店の並びに出る前にある柵の通行口で、オレ達は門番に呼び止められた。
呼び止めたのは、出入り口を警備してくれている狐系の聖獣。そしてその背後には、二人の文官が立っている。文官達は笑顔だが、何処か貼り付けたような笑顔で少し不気味だった。
引率の象奉隊長が穏やかな口調で、門番の聖獣の受け答えをしてくれる。
「はいそうです。間違いありません」
「露店には市井の者達が多く出入りしている。護衛獣は市井の者達より、遥かに強い力を持っている。その事をふまえ、節度ある行動を取ってくれ」
「はい」
象奉隊長は手を合わせ頷いた。
まあこれは露店街へ行くための通過儀礼の様なものだ。
毎年全く同じ文言を、門番達は毎回言ってくる。もうオレの中でも詠唱できるほどだ。
そしてオレ達はこう答える。
「「「市井の方々は我らの守るべき存在。守りこそすれ、傷つける事はありえません」」」
オレ達が声を揃えそう言った時……一瞬、文官達の顔がニタリと笑った気がした。
―――なんだろう?
若干引きながら首を傾げていると、今度は狐の聖獣が俺達に声を掛けられた。
「豹牙、そして蒼狼。お前達は選ばれし者。誉れある聖獣候補なのだ。護衛獣の鑑となる行動を心掛けるのだぞ」
「「はいっ!」」
拳を叩き、オレ達は頷いた。
すると文官が笑顔のまま、手に書を持ちながら象奉隊長に声を掛けてきた。
「それではどうぞ楽しんできてくださいませ。お戻りの際はお手数ですが、こちらで購入された物品については申告頂くことになってます。なに、後に木貨を回収した時の併せ処理に必要なだけで御座います。どうぞご協力の程を」
木貨自体が上帝様からの賜り物だ。拒否する理由など無く、オレ達は頷き柵を出た。
◆
柵を越えて徒歩十分。
そこには“露店”と呼ばれる、巨大な市場が広がっていた。
食べ物や飲み物、布や装飾品、雑貨や肥料、なんだって揃っている。
市場の通路には、色とりどりの布や芍薬の華が描かれた帝国旗が吊るされ飾り付けられていた。
そしてその下には、ところ狭しと選手や街の人達がごった返し、店の人々は元気に商品を売りさばいている。
更に客寄せの為か、彼方此方から笛や太鼓の音が鳴り響き、見ているだけでも胸が弾んだ。
オレは思わず象奉隊長の着物の裾を、摘んで引っ張って言った。
「象奉隊長。オレ、紺婆に刺繍糸を買いたいす。あと村のガキ共に砂糖菓子買ってやるって約束してて」
「あ、俺は姉貴に玉の髪飾りを頼まれてる。……後ガキ共にまた蜂蜜菓子頼まれた」
「……ガキ共、しっかりしてやがるなぁ。ま、気になる店があれば言え。ただし逸れるなよ」
「「はい!」」
オレ達はそう言って、人混みの市場へと駆け込んでいった。
「―――あ、あったあった。あれだ蜂蜜飴。オヤジさん! また来たぜ。大箱で五つ貰えるか?」
「あいよ! ……と、豹坊じゃねぇか! 今年も出んのか?」
「はっ、出なきゃ買いに来れないだろ」
「それもそうか。流石だな! 頑張れよ、豹坊!」
豹牙は毎年ここでガキ共に配る飴を買っている。店にもよるが、毎年出ていればこうして顔を覚えられる事もあるのだった。
そしてオレも、別の店で色とりどりの菓子を見つめている。
「―――何を悩んでるんだ? 蒼狼」
「あぁ、隊長。金平糖にするか落雁にするか……」
「そうか、なる程な。悩みどころだな。―――早くしろ。先行ってるからな」
「はい。……よし、両方にしよう。オレ今金持ちですから。お婆さん、金平糖7箱と落雁3箱!」
「はぁい、どうもねぇ」
オレが荷物を抱えて戻ると、象奉隊長と豹牙が三軒先の露店を覗いているところだった。
そちらへ近付けば、豹牙と象奉隊長の声が響いた。
「っしゃ、これに決めた!」
「おぉ!」
「うふふふ、まいどぉ」
店に着いたオレが豹牙の手元を覗きこめば、その手には黄色い石が握り込まれていた。
それはツルンと丸い形をしていて、中には金色の光がキラキラと閉込められている。
「なんだそれ、凄くキレイだな」
オレが後ろから声を掛けると、豹牙はすごくムカつく顔でオレを見下してきた。
「は? 知らねぇの? 琥珀っつうんだよ」
物凄くイラッときて言い返そうとしたが、その時ふと豹牙の持つ石に貼られた値札が目に入り、オレは思わず驚愕に叫んだ。
「さっ、38000穀!?」
オレ達に支給されている木貨は50000穀分だ。ガキ共に土産も買ってたから、もう殆ど残らないはず……。
オレが絶句していると、艶めかしい年齢不詳の女店主が口を開いた。
「それは特価よぉ。だって、そこまでの上物はなかなかないのよぉ? 店に並べれば、十万穀は下らない逸品ねぇ」
「じ、十万!? 豹牙、お前騙されてないか?」
驚いて豹牙に声を掛ければ、女店主に睨まれた。
「あなた失礼ねぇ。騙してなんかないわぁ。それはねぇ、私の目利きに適った殿方にお売りしようと思っていた【裏商品】なのぉ。誰にでもお出しするわけではないんだからねぇ」
「め、目利き?」
オレが象奉隊長の後ろに隠れながら、しどろもどろに尋ねると、女店主は熱い視線を豹牙に送りながら言った。
「そうよぉ。豹ちゃんはきっといーぃ男になるわぁ。そう、大物にね。その時はまたこの【凱氣宝石店】を贔屓にしてもらいたいのよぉ」
うっとりと猫なで声でそういった女店主に、流石の豹牙も困惑気味だ。
オレはそんな豹牙に尋ねた。……だっていくらキレイとは言え、たかが小石に馬鹿げている。
「い、いいのか? 豹牙」
豹牙はまた一度ムカつく顔でオレを見下げると、女店主に木貨の束を渡しながら言った。
「いんだよ。姉貴に頼まれた。それに姉貴は来月結婚するしな」
「あらぁ、お姉様に御祝儀なの? 優しいわねぇ」
「別に……俺達男は戦争に行くからな。女には形あるものを残しといてやらないと」
「……」
「……」
何でもなさそうに、ポツリと答えた豹牙の言葉は重かった。
オレの父も、豹牙の父も戦死している。毎年十を超える戦争が何処かで勃発するこの国で、五度の出陣で七割の者が削られる世界。
安泰など無い。それが、オレ達護衛獣なのだった。




