強者
その頃。
アンリと琉海は逃げる準備をしていた。
「これとこれ、鞄に入れて」
アンリに言われ、琉海は手を動かす。
「アンリのさっき言ってた『奴ら』って何者なんだ?」
「『奴ら』はこの村を潰そうとしている国の手下たちのこと」
「この村、国に狙われてるのかよ!?」
「ええ、この村が原因で自然は枯れたとかいう噂がその国には流れているみたいで……」
「でも、今までは平気だったんだろ?」
「ええ、社の結界でこの村も守られていたから、この村に近づける人間は限られていたのよ」
アンリの言う社の結界とは、琉海とエアリスで破壊したあの結界のことだろう。
そして、同時に村に入ったとき、琉海も警戒されていたことを思い出した。
琉海がその国の人間だと思われたのだろう。
「あ……ッ!」
そういえば、村に入ったとき、『道に迷って』とか言って誤魔化したのを思い出した。
「どうかした?」
琉海の声にアンリが反応した。
「ああ、いや何でもない」
そもそも結界があったのならば、道に迷うどころか、入ることさえできないはずだったのだ。
琉海はそこまで思い至ると、村に住むことができたのは、かなり幸運だったのかもしれない。
そんな思考をしつつも、アンリの指示で手を動かしていると――
ガシャンッ!
玄関のほうから何かを壊す音が聞こえた。
琉海とアンリはその音に肩をびくっとさせる。
二人は動きを一旦とめ、姿勢を低くし、玄関の物音を探るのに集中した。
すると、何かの破片を踏む音が聞こえてくる。
足音だ。
そして――
「誰かいないか? 返事はなしか。まあ、何か――いや、誰かがいるのはわかっている。早く出て来い。面倒なのは嫌いだ」
琉海は出まかせだろと一蹴し、静寂を貫く。
アンリも動こうとはしなかった。
「はあ、簡単には出てこないか。そうか、なら仕方ない」
男の声が聞こえなくなった瞬間――
バヂッ! という音が聞こえ――
琉海たちの頭上を真横に切り裂く光が見えた。
そして、壁が燃え出した。
「キャッ!」
突然の発火にアンリは声を出す。
(やばい、今の声で見つかったかもしれない)
琉海はアンリの腕を掴み、走り出す。
玄関は得体の知れない男に塞がれている。
庭からも逃げられるが、玄関側からは丸見えだ。
逃げるなら、玄関から遠く、姿を見られないほうがいい。
そこまで考え、琉海は裏口から逃げようと走る。
家屋が燃え、煙で視界を塞がれるが、間取りはわかる。
裏口に着くと、琉海は慎重にドアを開け、微かに開けた隙間から外の様子を探る。
「どう?」
「大丈夫そう」
琉海は頷いて扉を開けて飛び出した。
誰もいないのを確認し、すぐに村を出ようと最短ルートを駆け出そうとしたとき――
「やっと、出てきたか」
頭上から声がした。
琉海とアンリは上を見た。
そこには、屋根の上に立つ男の姿があった。
髪は短い金髪。頬に傷があり、眼光は鋭い。
そして、太陽の光を反射する銀の鎧。
「魔力が高い人間は見つけやすくて助かる」
鎧の男はそう言って、屋根から大きく跳躍し、琉海たちの逃げ場を塞ぐように立った。
琉海はアンリを庇うように男の前に立ち塞がる。
「ほう、君が俺と戦うのか? 抵抗するのなら大歓迎だ。逃げる相手をただ潰すのはもう飽きた」
鎧の男が話しているのを聞き流し、琉海はこの状況を打破する秘策を考える。
あの声からして、玄関を破壊し、家を燃やす何かをやったのは十中八九この鎧の男だろう。
何をされたかわからないが、あのバヂッという音は聞き馴染みがあった。
それは電気。
魔法が存在するのだから、電気を操るやつがいてもおかしくはない。
火も高圧電流によって引火したのだろう。
だが、それがわかったところで、打開策にはならない――
いや、打開策ならあるかもしれない。
(エアリス、起きているか? 今、やばい状況で手を貸してほしい)
琉海はエアリスに呼びかける。
すると、光の粒子が琉海の体から抜け出し、形を成していく。
そして、エアリスが姿を現した。
「確かに、この状況はまずそうね」
エアリスはそう言って、鎧の男の周りをうろうろと歩く。
男にはエアリスが見えていないので何もしない。
一通り見て戻ってくるエアリス。
「それで私に手を貸してほしいってことだったけど、何をするの?」
(ああ、結界を破壊したときの剣を作ってほしいんだけど……)
琉海は結界を破壊したあの武器なら、この男を退けることができるだろうと、考えていた。
だが――
「無理ね。あの武器はあそこにいる他の微精霊たちにも手を借りてできたものだから、今の私たちには無理よ」
エアリスの言葉は琉海の希望を打ち砕いた。
そして、鎧の男も焦れてきたのか、イライラを隠さずに言ってくる。
「抵抗する気がないなら、さっさと殺すぞ?」
男は腰に差している剣を引き抜き、琉海に剣先を向ける。
このとき、琉海は恐怖を感じた。
男から発する圧力とも言える雰囲気。
プレッシャーに恐怖を感じてしまった。
命のやり取り。
話しているときは、そこまでの恐怖はなかった。
だが、剣を抜いた瞬間に豹変する。
自分を殺そうと本当に思っている相手。
日本では縁のない殺気。
初めて殺されると自覚し、恐怖で琉海の体が震えだす。
「はぁ……」
鎧の男は琉海の挙動にため息を吐く。
「戦う男気もなしか……」
琉海は反応を返すことができなかった。
完全に空気に飲まれていた。
「俺の目的はその女だ。お前には用はない」
鎧の男は「そうだな」と考える素振りをして――
「女を渡すならお前は逃がしてやろう」
いい案だろ。というかのように鎧の男は琉海を見る。
そんなわかりやすい罠に嵌まるほど、馬鹿ではない。
だが、ここを逃げる算段もない。
屋根の上からの跳躍を見ただけで、運動能力の違いがわかる。
逃げても簡単に捕まるだろう。
この状況は、あの男の気まぐれで成り立っているということだ。
「はあ、だんまりか。なら――」
男は飽きたのか、落胆したのか、つまらないものでも見るかのような表情をした。
瞬間、琉海の視界から消え――
「死ね」
グサッと胸部に異物が突き刺さる感触と共に吐血した。
「がはッ!?」
何をされたのかわからない。
気づいたら血を吐いていた。
アンリの悲鳴も後ろから聞こえていたが、何もできない。
血を吐きながら、支えになっていた男の剣が引き抜かれて地面に倒れる。
「ルイ!?」
「喚くな。うるせえ」
鎧の男がアンリに何かしたのか、それ以降アンリの声は聞こえなかった。
「はあ、全く。魔力の高い女って聞いてたから、もっと楽しく戦えるのかと思ったんだが、蓋を開けてみれば、ただの何もできないガキ二人じゃねえか。もっとおもしれぇ任務をやらせてほしいもんだな」
男はそう呟き、何かを担いだのか、「よっと」と声が聞こえた。
おそらく、アンリを担いだのだろう。
アンリは生け捕りにするつもりだったのだろうか。
琉海は自分の弱さに気づかされた。
この世界は武力がものを言う世界。
自分にはそれがなかった。
死を直感しながら、琉海は意識を手放した。




