第32話 氷の夜明け
「お前は本当に不器用だな、セニーナ」
かつて何度も言われた言葉を不意に思い出す。
自分が要領良く動けないことは、幼い頃からわかっていた。
体を動かすことよりも、何かを観察したり、学んだり……誰かをサポートすることの方が得意だった。
「まーたアタシの勝ちだ!やっぱ鍛え方が足んねえなァ!」
かつて何度も言われた言葉を唐突に思い出す。
様々な人間から『足りていないもの』を指摘される度、自己嫌悪に陥ることも多かった。
それでも騎士の道を選んだのは、平和な環境で生まれ育ったこの国に恩返しがしたかったから。
さらに王国の護衛騎士なら、もっとわかりやすく役に立つことができる。
不器用な中で、ひとつだけ磨いたのは……守りの技術。
誰かを守り、平和を守り――自分を守るため。
鍛え上げられた技術は、ついに【スキル】として昇華される。
その【スキル】は、いかなる攻撃も防ぎ、立ちはだかる障害を排除する。
その【スキル】は、守るべき国や人のため、氷の結界として具現化される。
美しい形状を為した上で、まさに大盾のように対象を拒絶する。
――その【スキル】の名は……
―
「なんだァ!?」
突如足元のバランスを狂わされ、ミルキスのパワーも分散する。
「――【ルナシエ・クリスタ】っ!!」
ここぞとばかりに、さらにもう一度【スキル】を詠唱するセニーナ。
鉄壁の防御、【ルナシエ・クリスタ】の重ねがけ――さらに圧力を増したセニーナの突進は、ついにミルキスの抵抗を突破した。
「あッぐ!!」
激しい落下音。不揃いになった石畳の崩壊も含め、砂塵が舞う。
「――私たちの勝ちです。ミルキス」
ミルキスに馬乗りになり、両手を震える足で抑えつけ……セニーナは宣言した。
「…………ッ……!」
ぎり、と歯噛みし様々な思いを巡らせるミルキス。
意外にも早く抵抗をやめ、脱力し……豪快に笑った。
「……くは、あっはっは……すげー……!ムカつくけど、やるじゃねーか……お前らよォ……!」
セニーナに抑えつけられるため、首から上だけをアルスティに向けて叫ぶ。
「新人女ァ!お前の【スキル】だよなァ!?今の!!」
「……は、いっ……!」
煌王祭直前のベルハリア城は、更に魔力を張り巡らせ、警戒が強まっているはず。
通常よりも、さらに――城内だけではなく……正門付近の石床や、果ては草木に至るまで。
地下にまで魔力の『根』が張られていることを確認したセニーナは、事前にアルスティたちへ様々な連携を提案していた。
「……あ、あたしの……【スキル】は……いろんな魔力の動きを、変えて……あ、あと……どんなカギでも、開けられるんですっ!」
慣れない大声を張り上げ、強い意思を示す。
「……カギ……?……ぷっ、あっはっは!そーかそーか!」
すっかり牙を抜かれたのか、次いでティアネに目を向ける。
「姫様もすげーなー。まああのやべえ女にずっとつきっきりで色々教えられてちゃあ……そうもなるわな……」
「……イルゥニのこと?」
「そーだよ。……降参だ、降参!どいてくれセニーナ、もう暴れたりしねーから。つーか相変わらず軽いなーお前」
「……ミルキスが重いだけでしょう」
「あァ?!?さっさとどけっつってんだスイーツバカ!!」
「いえ……そうしたいのは、山々ですが……」
がくがくがくがく……
「力を込めすぎて、逆にもう1ミリも足を動かせません」
「はァ!?!?なんなんだよお前、よッ……」
あっという間に形勢が入れ替わり、何事もなかったかのようにセニーナを押しのけ立ち上がるミルキス。
「おら!」とお尻を叩かれてピンと立つセニーナの姿をみて、ティアネたちの緊張感が徐々にゆるむ。
「よ、っと…… はー……あの時見かけて、まさかとは思ったけどよー……」
「あの時……?」
アルスティが疑問を投げる。
「警備ルートの入れ替えがあってな。この前、夜に姫様の部屋のあたりを歩いてた時だ。お前らの足音が聞こえたんだよ。フツーに挨拶かまそうと思ったが、なーんかコソコソしてて様子がおかしくてな」
「……足音、って……あ……!4人分聞こえた、あの時の……!」
「面白そうだったから泳がせてみたらコレだ。んーで、あれだろ?お前ら、城壁側の武器庫でもめちゃくちゃやったんだろ?違和感があったからこの前直接見に行ったら……お前がいたんだよ、新人女」
「えっ?あの武器庫って、再現された空間じゃなくて……?」
横からのティアネの疑問にも軽快に応じる。
「リーヴェ様の魔法で再現された空間ってのは合ってるな。でもまあ、実際にあの武器庫に備わってた魔力を使ってる、ってのもあるらしい。現実の武器庫はまあ静かなもんだったと思うぜ」
「じゃ、じゃあっ……」
これまで抱いた質問にも、イメージにそぐわない理知的な回答をくれるミルキス。
リーヴェが駆使する転移魔法、創造魔法は……現実のベルハリア城に貯蔵された魔力を媒介として『再現』するような概念らしい。
そのため、転移先のトラップを撃退、突破することで、現実世界のベルハリア城にも影響が出ることがあるらしい。
「えと……ちょっと待ってください。じゃあ……タブン、どころじゃなくて……」
「けっこう……バレ、てる……?私たち……」
ミルキスは腕を組みながら「くっくっく」と笑う。
「大丈夫だって、さすがにそこまではリーヴェ様だって全部把握しきれてねえハズだ。てか、イミわかんねえだろ?こんなでけえ城の全部の出来事を感知できたら人間じゃねえって」
そーいうのを確認するためにアタシら護衛騎士がいるんだ、と続け……ティアネに向けた目を細める。
「それより……早く行ったほうがいいぜ。もう場所によっては夜明けからなんか催し物はじめるぐらい、ガマンできねえ連中がいるんだ。煌王祭は」
「えっ?行っ……て、いいの?」
返事変わりに小さな鍵を取り出し、ティアネに渡す。
「おらよ。通用口のカギだ。さすがにこの時間に堂々と門をあけるワケにはいかねーしな」
ミルキスは体を横に向け、親指で正門の方角を指しながら伝える。
「じゃーな。リーヴェ様とかイルゥニとか、他のヤツらにも色々言っといてやるから安心しろ」
「……ミルキス……!ありがとうっ!大好きっ!」
「うおっ!いや軽いな姫様もっ!!」
飛び上がるように抱きつかれても、全く体幹がブレることなく片腕で受け止める。
「まーでも、どうせすぐに連れ戻されると思うぜ?セニーナも何言われるかわかんねーだろ。だから時間もったいねーし、さっさと行けって」
こちらの立場も慮りつつ、気持ちの良い言葉をくれる。
「……うんっ!じゃあ、行きましょっ!みんな!」
ぺこりと小さく頭を下げたアルスティは、ティアネに続いて小走りで駆け出す。
同様に続くセニーナだが、ふと足を止めてミルキスを見る。
「……ミルキス、貴方は……」
「あーだから時間もったいねーつっただろ?お前も食いたいつってたじゃねーか、アレとか」
少しうんざりした表情で返される。真意を読み取り、受け取る。
「…………ありがとうございます。では」
ミルキスも背を向け、手を軽く上げた。
―
城門から少し歩いただけで、すでに別世界だった。
まだ夜明け前の薄明るい空の下、ベルハリア王国城下町はすでに活気づき、賑わいを見せている。
「…………う、わ……ぁ……!」
露店の飾り付けをする商人たち……豪華な模様が掘られたランタンをつるす職人……きらびやかな装飾具を床に広げる行商人……占い師だろうか。
微笑みをたたえ、花飾りを結ぶ少女。赤子の朗らかな笑い声。これから始まる祭への期待感を示す、平和な空気。
初めて足を踏み入れる、自身の国の城下町。
あれだけ遠く映った景色の中に、今――自分が居る。
「……すごいっ…… すごい、すごいっ……!」
「ぇへへ……あたしが来た時より、もっとすごくなってますね……」
「はい。私が見聞きしていた情景よりも、はるかに――」
「わひゃああっセニーナさんっよだれよだれ!!」
大瀑布を思わせる勢いで唾液を漏らすセニーナにも無理がなかった。
「ねえっ、あっちの方、すっっっごくいい匂いがするわっ!」
香辛料の刺激的な匂いや、新鮮な魚が蒸される香り……パンを焼き上げる芳ばしい空気。
「あっちも……あっちも、あっちの方もっ!」
次々に目移りする中で、ティアネは確認するようにアルスティたちに声をかける。
「私……本当に、参加できるのねっ!煌王祭にっ!」
「……ええ」
「……はいっ!」
ついにティアネ姫は、ベルハリア城からの『脱走』を――成し遂げた!




