第30話 大きな障壁
ベルハリア王国、正門。
分厚い石壁や門扉は魔力でさらに補強されており、月明かりの下で鈍く輝くそれらは、昼に見る姿よりさらに堅牢な雰囲気を醸し出す。
左右に高くそびえる側防塔も拍車をかけ、矢狭間や大砲が設置された隙間が、正門からの侵入など計画すらさせない万全の体勢をとっていた。
「おぉおらァッッ!!!!」
「ぐっ……!」
ドン、と鈍い音が響き、セニーナの体が『くの字』に曲がる。
押し出すようなミルキスの右拳は強烈な勢いを伴い、セニーナを弾き飛ばした。
「なんだなんだアタシとやろうってのかァおい!模擬戦じゃ勝てたことねえクセによ!!」
威圧的に大声を張り上げるミルキス。
その目は爛々と輝き、激しく燃え上がっていた。
「……確かにっ、そうですが……今は、それを逃げる理由にはできませんっ……!」
暴風雨とも言えるような拳の乱撃を、剣の柄で防ぎ続ける。
大ぶりかつ、素早いミルキスの攻撃はまるで投石機から射出される石のように凄まじい重さをもたらしていた。
「セニーナっ!が、頑張ってっ!」
近くの茂みから声をかけることしかできないティアネたち。
だが、すぐにセニーナの腕に限界が来てしまい――脇腹や腕に数発の『石』が突き刺さる。
「ぐっ、ぅうっ!」
「使えよ『いつものヤツ』をよッ!おらァッ!!」
促されるように弾き飛ばされ、体勢を立て直したセニーナはいつもの動作で剣を振る。
「――っ!【ルナシエ・クリスタ】っ!」
氷の壁が結界を成し、暴風雨を止め、制圧――するかに思えた。
「待ってた――ぜェッ!!」
右手に魔力をため、大きく振りかぶるミルキス。
その手は赤く輝き、燃え上がるような視覚的錯覚を経て――
“バキィィイイイインッ!!!”
「ええっ!?う、嘘っ!?」
最も驚愕の声をあげたのは、アルスティだった。
あの巨大ゴーレムの攻撃ですら、割られることなく耐え抜いたセニーナの強靭な護りの【スキル】。
「なっ……!」
その鉄壁を……剣を使わず、拳ひとつで突破してみせたのだ。
「おォらァッ!!」
その勢いのまま、左足をぶんと振り、まっすぐにセニーナの腹部を貫く。
「ぐぅ、あっ!」
数メートルは飛ばされ、床を転げ回る。
「セニーナっ!」「セニーナさんっ!!」
「いっちょあがりィッ!前より堅くなってるじゃねーか!だがよ……やっぱ相性わりぃみたいだなぁ?アタシたちはよ!♪」
手から出る煙をぱんぱんと叩くように払い、大きく歯を見せ嬉しそうにミルキスは言う。
「セニーナ、大丈夫っ!?」
側まで吹き飛ばされたティアネがすぐに介抱する。
「……大、丈夫……です……う、っぐ……」
続行の意思を見せる本人とは対照的に、戦闘は難しそうだった。
【ルナシエ・クリスタ】の代償によるダメージも蓄積され、足が踏ん張りをきかず震えている。
「ん、で……やるか?新人女」
「わひゃっ!あ、あわわわ……」
ミルキスはセニーナから視線を外し、アルスティを値踏みするように睨む。
「へっ……だよな。安心しな、ムリヤリ殴り倒したりなんかしねーよ」
上機嫌に鼻を鳴らす。
「じゃ、これにて……ってコトでいーよな?姫様?」
最後はティアネに体を向け、野性的な雰囲気が徐々に落ち着いていく。
困惑しつつも、観念はしたくない苦しげな表情のティアネ。
言葉を投げかけるも、阻むようにミルキスが続ける。
「あー大丈夫だ。ちょっとは楽しませてくれた礼に黙っててやるから。今日もなーんにも起きず、平和で平和で……タイクツ極まりない一日でしたって、報告しといてやる」
やれやれ、と言ったように肩をすくめる。
「……そ、それって……」
「そいつら連れて『おうち』に帰んなってこと♪じゃ、『また』な~♪」
―
「……大変、申し訳ありませんでした。お役に立てず……」
「いいの!セニーナは頑張ったわよ!気にしないで!」
「す……すっごくコワかったし、強かったですね……ミルキスさん……」
セニーナを欠いた状態ではどうすることもできず、ミルキスの言う通り一時撤退を選んだティアネたち。
「あと1日……明日が最後だというのに、難敵が現れてしまいました」
「う、裏門とか、別のルートも難しい……んですよね。警備も増えちゃってるし……い、今更ですけど、トラップが発動しにくいお昼に行くとかは……」
「日中はお母様やイルゥニが目を光らせているから、難しいわね……。特にイルゥニは、この城のどこにでもすぐに現れるぐらいだし……。代わりに夜はしっかり眠ってるみたいだけど」
ティアネの部屋の前で、重苦しい空気に包まれた。
「これまで多数のルートを試しましたが、アルスティさんが見つけてくれた『継ぎ目の入口』からなら、ゴーレムやトラップの数も最小限となります。最後にミルキスと対峙しなければならない以上、今の選択肢が最善でしょう」
「じゃ、じゃあ……明日、最後の日に……あの人を、どうにか……しないと、いけない……」
それぞれが意気消沈する中、晴れやかな声が響く。
「…………違うわっ!逆よっ!」
ティアネが振り払うように笑顔で拳を振り上げる。
「逆よ!『あともう少し』じゃない!ミルキスをなんとかすれば、私たちに待っているのは……最高のお祭り、煌王祭よっ!」
「……ティアネさん……」
「次は通してもらいましょっ!あんなおっきなゴーレムも突破できた私たちなんだから、絶対にやれるわっ!絶対に、確定でっ!」
「……はい。次こそは、必ず」
「ぇへへ……作戦会議、ですね!」
「明日、みんなでゴールしましょっ!そのためにも……しっかり休みましょっ!」
明るく振る舞い、解散し――衣服を整え、いつものようにベッドに飛び込む。
「(……でも、本当に明日……間に合わなかったら……)」
「(ううん、考えるのはやめましょ……絶対に……みん、なで――)」




