第3話 作戦その1、メイドに変装
夜明け――現在のタイムリミットでもある煌王祭まで、8日。
脱走決意当日の朝!いつもより早く目が覚めたティアネ。
だが不自然な行動を起こすことはなく、気取られないよういつも通りの時間に……いつも通りの朝食をとっていた。
「ティアネ♪おはよう♡」
急に扉が開き、ティアネの眼前に現れた女性。
美しく落ち着いた雰囲気で、愛情をもった微笑みを向けてくる。
「んむぐっ!?ぇほ、えほっ……!お、お母様っ!?」
「あらあら、大丈夫?」
美味しいフルーツサンドを頬張っていたところに、予想外の事象。
朝食を共にする機会もめっきり減ってしまい、顔を合わせる機会も1日の中でごくわずか。
「お、おはよ……お仕事は?」
久しぶりに見た母の姿に驚きを隠せない。
「久しぶりに余裕ができたの。しばらくは城で過ごせるから、貴方とたくさんお話ができるわね♡」
優しく語りかけるリーヴェ。
本来であれば嬉しい報告であるはずだが、今のティアネにとっては…
「(んににに……ま、まずいわ……よりにもよって、どうして今日からなの……!)」
母であるリーヴェは圧倒的な政治力、統制力を誇る分、長期間城をあけることも多かった。
だからこそ、親の目を盗んで――と思っていたのに。
娘にとって『最大の壁』ともいえる母リーヴェが、最悪のタイミングで我が家に帰ってきてしまったのだ。
「お……お母様!あのね」
「認めません。ダメよ。ティア」
「まだ何も言ってないでしょ!」
声色こそは優しいものの、強い意思で拒否を示すリーヴェ。
「わかるわよ。母ですもの♡家を出たいのでしょう?でも……私の意志は明確よ?今日で71回目のお願いだけど…認めることはできないわ、絶対に」
張り詰める空気。
交渉の技術など持ち合わせていないティアネは、愚直に感情をぶつけることしかできない。
「お母様のわからず屋!嫌いになっちゃうわよ!」
「まあそれは大変。でも私は大好きよ、ティア♡ずぅっと、ずぅっとね♡」
「んも~~~~!」
「ほら、せっかく淹れてくれたミルクティーが冷めてしまうわ、ティア」
むっ!とした顔で素早く、でも静かにミルクティーを手に取る愛娘。
「ゆっくり飲みながらでいいから聞いて。まず、自由時間はちゃんと与えているでしょう?」
「お城の中でだけ、ねっ!んぐ、んむ……!」
「もちろん私も過保護であることは自覚しているわ♪母である私がここまで貴方に対して……」
「んぐっごくんっ!はあっごちそうさまっ!じゃあね!お母様、きらいっ!」
「まあそれは大変♡でも私は」
「そればっかり!」
肩で風を切るようにずん、ずんと歩き、母を横切るティアネ。
大きく怒りのまま扉を閉めようとしたが、叩き込まれたマナーがそれを許さず、いつもの優雅な所作で『かちゃん』程度で済んだ。
「くす…ごめんね、ティアネ……。私のことは、どれだけ嫌いになってもいいから……」
愛娘が出ていった扉の方を向き、自嘲気味に笑みを見せるリーヴェ。
美しい顔立ちに、わずかながら影が落ちていた。
─
「わからず屋のお母様と喋ったら、より一層決意が固まったわ!」
「もう私は守られるだけの子どもじゃないの……!自由に街を行き来して、友達も作って……!」
自室ではなく『ある部屋』へと向かいながら、いつもの心情吐露を続けるティアネ。
「というか、逆に……こんな厳しい監視がある中で……うまく脱走して、お母様を出し抜けたら……」
「私のこと、見直すかも…!子どもじゃないって思って、真面目に話を聞いてくれるようになるかも……!」
とある部屋にたどり着き、とある『衣装』をこっそり、かつ素早く拝借する。
「認めさせてやるんだから……!お母様に!この脱走計画を経て!絶対に、確定で!」
自室へと戻り、手に持ったとある衣装へ着替え始めるティアネ。
上機嫌な笑みのまま、軽快な動きで着衣を進める…が。
「……こうかしらっ?……確か、長さはこれぐらいで……」
ティアネが身を包んでいるのは、城のメイドたちと同じ制服。
脱走計画その①は『メイドに変装し、行けるとこまで行く!』であった。
「ちょっと……いえ、けっこう胸のあたりがキツいけど……いい感じかも♪」
おずおずと鏡を見る。肩にかかるフリルにズレがあるものの……傍目には新人のメイド……として見ても違和感が大きくて……百歩譲っても『王家の者がお遊びで着てみたという印象でしかない』少女がそこに。
だが……本人としては。
「よ~し、こうすれば……カンペキ!ふふふんっ♪けっこう可愛いじゃない、私♪」
軽く小躍りしながら自室の扉に手をかける。
スカートがふわりとなびき、きめ細やかな肌色を包む黒いニーソックスが見えた。
「まずは午前の自由時間の内に、正門か裏門の様子を見に行くわ!」
「お嬢様♪どちらへお出かけでしょうか?」
見に行けなかった。
「いいぃいいいルニゥニイニ!?どうして!?」
「ふふ……♪わたし達と同じ装いで、いかが致しました?もしや……」
お遊びでメイド服を着ただけにしか見えない可憐な少女は喉を詰まらせまくりつつ、ゆっくり後ずさって答える。
「たっ!体験!みんなの仕事をっ体験したくて!」
「そうですかぁ…♪すぅ~っごくいい傾向ですね♪いずれ正式な雇い主となるお嬢様に、我々のお仕事を知っていただくよい機会かと~…♪」
「そ!そうよね!じゃ、じゃあね!わ、私、他の人に言っ……」
「大丈夫です♪新人の教育も基本的にはわたしが行っておりますから~♪」
不格好にかたよったティアネの腰紐に優しく手を添えるイルゥニ。
「ね、ねえイルゥニ?その…………」
「ふふ♪ご安心ください。リーヴェ様にはナイショにしておきます」
イルゥニの優しい瞳は、『ただ単にイタズラ心で服を拝借しただけ』以上の何かを見抜いているようだった。
「何か『イタズラ』を考えているのかもしれませんが、わたしたちへの変装はオススメできません」
「ど……どうして?」
「お嬢様……くすっ。自覚されておられないご様子」
ティアネの前に人差し指を立て、「まず…」と続ける。
「所作、です。我々使用人の振る舞いとは違う、エレンディル王家らしい優雅な振る舞いが隠せておりませんでした」
「えっ……?」
イルゥニはしっかり肯定的に、諭すように。
甘やかす声色とも違う、穏やかな声色で続けた。
「日頃の『努力とも思わない努力』が…すぅ~っごく、実を結んでいますよ♪」
「それってどういう……。……あっ!い、今、何時?」
「?……9時23分ですね」
「えええっ!もう!?じゃ、じゃあねイルゥニ!あ、服はあとで返すから!」
どたばたと慌ただしく、ズレたフリルが騒々しく舞い……それでもお行儀良くスカートに手を抑え、小走りで姿を消すティアネ。
それを姉のように慈愛に満ちた瞳で見送るイルゥニだった。
「初めに見つかったのがイルゥニだったのがマズかったわね……」
「あと私、そんなにわかりやすく違ってたのかしら……?確認というか、協力してくれる人もいないし……」
「でも、もう気にしないわ!作戦はいっぱいあるの!片っ端から試していくわよ!」




