第2話 脱走はすぅ~っごく悪いこと
約10日後にひかえた煌王祭までに、なんとしても自分の城から抜け出したい!
そのために必要なコト、必要なもの、必要な時間……
「(考えなきゃいけないことはたくさんあるわ……!)」
といっても、何から考えればいいのかすぐに思考が止まってしまうお姫様――ティアネ・エレンディル。
過保護な“超箱入り教育”により丁寧な環境を構築された弊害として、彼女からは『想像力』や『計画力』のすべてが剥ぎ取られてしまっていた。
「(まず…脱走は深夜。見回りが少なくなった時を狙って……)」
「ティアネお嬢様?聞こえておりましたか~?」
「はぇっ!?え、ええ、ええっ!バッチリよ!?」
太ももが机にがたんと当たり、動揺を隠せないティアネ。
少し上から降る、柔和な女性の声。
今は夕食後の座学の時間。
教育役として幼い頃からティアネの面倒を見ていたベテランメイドのイルゥニは、微笑みを絶やさないまま授業を続けてくれる。
当然、脱走のことで頭がいっぱいだったティアネには何も入ってこない。
「くす……これにて以上となります♪今週も、すぅ~っごく頑張りましたねぇ♪」
「え、ええ。ありがとう。えっと…まだ時間…あるわよね?」
「?どうされましたかぁ?♪」
物腰が柔らかく、温和で優しく、常に微笑みを絶やさないイルゥニはおてんばな妹を眺めるように耳を傾けてくれる。
平常心を取り戻したティアネはいくつか質問を投げかける。
「イルゥニたちのお仕事のことを、改めて教えてほしいの」
「?わたしたちの、ですか?♪」
「ええ。私が見ていない時の…。私が見えないところで、何をやっているのか……とか」
「ん~……なるほど……」
目を細め、軽く思案をし…そっと自分の胸に手を置くイルゥニ。
「いずれこの城を治める王女としての自覚が……すぅ~っごく芽生えてきた、ということでしょうか……♪」
満面の笑みでゆったりと語る姿は、相手の警戒を解きリラックスさせる空気感をもたらしている。
「承知しました♪では、わたしのモーニングルーティーンから……♪まず目が覚めてカーテンを開ける際の『日光を取り入れる量』にも気を配っていて~……♪」
「そ、それは今は大丈夫よ!?すっっっっごく長くなりそうだし!カーテンをつまむ指は人差し指と中指と親指よね!?」
常に周囲への気配りを絶やさず完璧なイルゥニの人格を形成する独特なルーティーンの数々。
「特殊な防音・遮光素材のカーテンをしっかりとスミまで、他のメイドの皆さんにもこの」
「んににに…!そうっね!もうイルゥニのことはいいの、ありがとう!えっと!次はね、そこじゃなくて!」
それよりも今はもっと聞きたい情報があるティアネは、前のめりな質問を続けてしまう。
その度に望んでいる情報からズレていくが、丁寧に受け答えしてくれてる以上、無下にもできないまま時間が過ぎてゆく。
「ん~、確かに……。食材を仕入れるために、隣国へ伺う担当の者がおります♪初めだけは様々な手続きが必要になりまして、その手続きもお時間をいただいた上で……」
「つまり、ここで働いてるみんなは、わりと普通に城下町とかを往復できているのよね?」
「そうですね~♪……くす……お嬢様……?もしやとは思いますが……」
「(っ!?あれっ……出たがってること、もうバレちゃった……!?)」
胸の前でゆっくり両手を『ぽん』とあわせ、笑顔のイルゥニ。
「他国との交渉マナーや歴史にも興味を示されたのですね?♪素晴らしいです~♪」
心の中で安堵しつつ、『勘付かれない程度の質問』を続けるティアネ。
「今挙げたような、すぅ~っごく厳しい取り決めをリーヴェ様がたぁくさん作ってくださったからこそ、この国はとぉ~っても平和でいられるんです~♪」
ティアネが生まれ育ったベルハリア王国。
母であるリーヴェ・エレンディルが仲間とともに築き上げた堅牢な国。
圧倒的な政治手腕と、夫婦揃っての武力も併せ、本人たちが抑止力となり――
今日に渡って、平和で陽気な国として在り続けていた。
「じゃあ、あと……例えばだけど……ここに住み込みで働いてる人が、無許可でお外に出たりとかしちゃってたら……」
イルゥニの穏やかな口調に絆され、安心感から油断したティアネ。質問は徐々に不自然さを抱えていき……
「住み込みの方々でしたら~……ちゃ~ぁんとした外出手続きを事前に取っておかないと……『脱走』扱いになってしまいますねぇ…♪」
調子を変えず続けるイルゥニ。
「そ……うよね」
平和な環境は、厳しい規律から生まれる。
誰よりもそれを知る母リーヴェが取り決めた『決まりごと』の数々。
「お嬢様も覚えておいでですよね?『脱走』または…『脱獄』は……」
「すぅ~っごく……すぅ~っごく……わるぅ~いこと、ですから……♪」
温和に微笑んだまま、どこか凄みを感じるイルゥニの表情。
細かい罪状や実例を語るも、ここはティアネの頭に入らない。
「(やっぱり……イルゥニ、こっちに釘を差して……)」
「ふふ♪というところで、そろそろお時間ですね~。今日もお疲れ様でした♪」
「あれっ、もうこんな時間!?」
最後まで慌て気味なティアネに微笑みながら、イルゥニは今日の話を総括するような言葉を続けた。
「……お嬢様……私たちはいつも、お嬢様の身を案じております……♪」
「イルゥニ……」
「お嬢様の身に何かがあれば、リーヴェ様が悲しむだけではなく……わたしたちも、すぅ~っごく……。……くす……では、おやすみなさい♪また明日♪」
「……ええ、ありがとう。おやすみ、イルゥニ!」
―
「とりあえず整理しましょう。まず……え~っと……」
勝手に抜け出すと、すぅ~っごく怒られる。
……以上。
しかも、娘だからとお目溢しされるはずがなく。
あの優しくも厳しいお母様のことだから…
成人の儀を終えるまで、ずっとこの部屋に軟禁してきたり……!?
それだけじゃなくて…それだけじゃ済まなくて……
「そ……それでも、見たいものは見たいの!ダメって言われると、余計にしたくなっちゃうのよ、私はっ!」
「お母様……イルゥニ……みんな、ごめんなさい……戻ったらいっぱい謝るから!」
数々のつたない『作戦』を考案しつつ、ティアネはおやすみ前のストレッチにいそしむのだった。
――煌王祭まで、あと9日。




