第1話 【挿絵あり】脱走決意!
「んも~~~~~っ!」
ティアネ・エレンディルは、自分の部屋の中央で大きく声を上げた。
大げさに頭を揺らし、丁寧に手入れされた淡めのブロンドヘアがきらめきを帯びつつなびく。
天蓋付きの大きなベッド。
磨き上げられた希少鉱石のテーブル。
壁際に置かれた高価な花瓶。
どれも彼女がこれまで『当たり前』だと思ってきたものだ。
でも今は、それが全部腹ただしかった。
「絶対に……確定で!家出してやるわっ!」
ティアネは拳をぎゅっと握りしめて宣言した。
誰かに向けて言い放つかのような声量だが、部屋の中には彼女しかいない。
彼女は自室の中をすたすたと歩き回りながら、頭の中で今やりたいことを一つずつ挙げていく。
「全部、自分の目で見たいのよ!東の方にある広い海!西の方にある大きな山!」
「ていうかそもそも、自分の国の街のこともよくわかってないし!」
超がつくほどの『箱入り教育』をうけてきたティアネは、人目を気にせず自らの考えを口に出す癖があった。
「もう我慢ならないわ……お母様は過保護すぎるのよ!読み書きのお勉強、健康的な運動…音楽会に芸術鑑賞にテーブルマナーにっ…んにににに…!同じ事の繰り返し!」
この国で成人の扱いを受け、自由に動ける年齢になるまでもうあと数年。
あと数年もすれば、様々な制約はあれど一応は自由になれる……だが、ティアネの好奇心は今まさに限界を迎えていた。
「んも~~っ!メイドのみんなも取り合ってくれないし!城中の護衛騎士もみ~んなお母様の味方ばっかりしてっ!」
一通り感情を発露させたティアネはベッドに腰を下ろし、膝を抱えた。
続いて、少し寂しそうな表情を浮かべる。
「……小さい頃は、ここにはなんでもあるって思ってたのに……」
平和な大国のお姫様として生まれ、何不自由ない暮らしで育ってきた。
でも、歴史の授業と残りの自由時間で調べる『広い世界』。
ティアネにはそれがたまらなく魅力的に、刺激的に感じられた。
天蓋付きの大きなベッドも。
磨き上げられた希少鉱石のテーブルも。
壁際に置かれた高価な花瓶も。
綺麗に整えられた空間では、ティアネの心を動かさない。
「もう待てないの。このまま大人になるまで城の中に閉じ込められてたら……私……本当にどうなっちゃうかわからないわ」
「……って、何回も言ってるのに……んににに……!どうして自由に外を歩かせてくれないのよ、お母様……!思い出したらまた腹が立ってきたわ……!」
親の心、子知らず。
まだまだ幼いティアネの感情は、さまざまな方向へ跳ねてゆく。
「しかも、煌王祭までもうあとちょっとよ!?今を逃したら、次は3年……いえ、4年後だったかしら……」
「あんな大きくて楽しそうなお祭りがあるのに、部屋の窓から眺めるだけで終わりだなんて……絶対にイヤ!」
ティアネは再び立ち上がり、窓の外を見つめた。
賑やかな城下町の喧騒。
さほど離れていない距離だが、今のティアネにとってはひどく彼方の景色に見える。
――少しの間、無言のティアネ。
腰まで伸びた髪が夕焼けの光を含む。
健康的で白い肌が、より一層みずみずしく映える。
憂いを帯びた表情で窓から顔を覗かせるその姿は、まさしく可憐な姫そのものであった。
だが、その絵画のような芸術的空間は一瞬にして崩れ去る。
「んもう決めた!即断よ!明日の朝、決行するわ!」
「自分の家から『脱走』してみせる!絶対に、確定で!」
さまざまな脱走計画を夢想し、時には口から漏れ出たりしつつも…
彼女は夕食前の宿題にお行儀よく取り掛かっていった。




