第15話 城に込められた魔力
ベルハリア王国のお姫様、ティアネ・エレンディルの現在の目標……
5日後に迎えた城下町の大きなお祭り、煌王祭に向け、自身が住む城を“こっそり”抜け出し、友達と一緒に精一杯楽しむこと!
そのティアネが朝、目を覚ます少し前――視点はベルハリア城を支える使用人たちへ移る。
「(わあ……自動で火の大きさが変わってる……!)」
厨房の隅でおそるおそる調理器具を見つめる商人の少女、アルスティ。
ティアネの脱走計画に協力するべく……また自身も、ベルハリア王国での商売許可証を1日でも早く手に入れるため、一時的に『見習いメイド』として業務に勤しもうとしていた。
「(きっとあの窯も……あのオーブンも、もしかして……)」
昨夜、別れ際にセニーナに言われた『この城はリーヴェの魔力の恩恵を受け、生きるように動いている』という情報。
「どうかしましたかぁ?♪アルスティさん」
「わひゃあっ!す、スミマセンっ!荷物、ココで大丈夫でしたよねっ!」
新人研修ということで当然身を包んだメイド服のエプロンが、動揺でわずかに乱れてしまう。
「ありがとうございます♪すぅ~っごく助かりましたぁ~♪キッチン周りは人手不足になりがちで……」
騒々しいはずの空間なのに、使用人たちの動きには優雅さが保たれていた。
鍋をかき混ぜる所作、皿を並べる手つき……無駄がなく、美しさすら感じられる。
使用人をまとめる立場にあるベテランメイドのイルゥニは、長い髪をアップにしつつ優雅な歩幅でアルスティに感謝を述べ続けた。
「あの……少し、質問……いいですか?」
「はい♪どうぞ♪」
新人の研修も担当する幅広い業務量に「(この人って実は1人じゃないんじゃあ……)」と突飛な感想を持ちつつも、アルスティはイルゥニに尋ねる。
「その……あの大きな冷蔵庫とか、あっちのオーブンとかも……すべて、リーヴェ様の魔力で動いているって伺ったんですけど……」
「あら……♪はい、そうですよぉ♪ふふ。初日の研修ではこの敷地のおおまかな区画を説明することと、お仕事内容の説明だけで終わってしまいましたからね~♪そのあたりも、後々お教えする予定でした♪」
一部の器具は薄緑色の光を優しく放ちつつ、自動で動作を続けている。
使用人たちの表情には笑顔があり、互いに声を掛け合いながら、慌てず優雅に振る舞っている。
「……すぅ~っごく、優しい光でしょう?♪リーヴェ様はいつも、私たちを助けてくれるんです。そんな私たちも、あの人に報いるように……ふふ♪」
「(リーヴェ様……直接お会いしたことはないけれど、なんだか……この景色を見ているだけで……)」
その光景には文字通りの『平和な光景』があった。
「あっ!え、っと……次は、向こうの倉庫でしたよね。私は」
「はい♪お恥ずかしながら私もすぅ~っごく長い間、整理ができておらず……お願いします♪」
―
「ちょっと迷っちゃったけど……や、やっと着いた……」
城の一角にある収納庫の整理を任されたアルスティ。
「んっと……あ、開いた」
大量に束ねられた鍵のひとつから鍵穴に合うものを探し、ゆっくりと扉を開ける。
「失礼しま~、す……。って、誰もいないよね……タブン……」
おそるおそる頭だけを覗かせてから、順にそっと足を踏み入れる。
「えっと、明かりは……このあたり、だっけ……指を、かざして……」
イルゥニに教えられたとおり、扉付近に手をかざす。すると“ぼう”と静かに、自動的に穏やかな火が灯り、室内が見渡せるようになった。
「わ、すごい……本当に、勝手についた……」
明かりがともったものの、まだ薄暗さを感じる室内を見渡す。
古い棚には薄く埃が積もり、大小様々な資材がやや散らかったまま放置されてしまっている。
「(なんだろう……散らかっているというより、何か……)」
違和感を覚えつつも、腰に巻いたエプロンを軽く直し、手近な木箱から確認を始める。
「(えっと……劣化した生活用品は、この袋にまとめて……っと)」
イルゥニから手渡されたメモを片手に、少しずつ丁寧に進める。
手元に見えるものに特段おかしいアイテムは無く、どれもアルスティが商人として旅をする中で扱っていたものばかりだ。
見慣れた素材ばかりなこともあり、序盤は素早く手を動かすことができた。
「(うん……これは、こう持てば綺麗に磨けるし……こっちは……)」
埃を払い、まとめ、時には小袋にへと回収し、時には綺麗に並び替え……だが、部屋の奥へ移動するにつれ、様子が変わってきた。
「(わひゃぁ……ここ、すごい……)」
端に追いやられた見慣れない装飾品。骨董品。古い武具。
精巧な彫刻が施された燭台……用途が思い浮かばない金属製の円盤……そして、壁際に立てかけられた……大きな盾。
「(こういうのは、まだ触らない方がいいよね……)」
陽が当たらない密室なので冷えているかと思っていたが、理由はわからないものの適切な室温に保たれている。
アルスティは額の汗を拭いつつ、さらに奥へ進んでみた。
「(あれ……また、小物がたくさん。この本とか……すごく古そうだけど……)」
ある程度劣化はしているものの、見るからに歴史を感じさせる小さな本を手にとってみる。
「……え?これって…… あれ……?」
ところどころ掠れており、走り書きされた文字のほとんどは読み取れないが……一部の絵には、見覚えがあった。
「これ……地図、かな……もしかして…… このお城の……?」
――いや。
「(……地図、というより……設計図……みたい)」
まだこの城に来て日が浅いアルスティだが、この小さな本が何かしらの『設計図』のようなものと判断した。
理由としては、特定のルート……特定の区画に、赤い線で矢印が引いてあったりすること。
部屋と部屋を組み合わせて、別の形状にするような『想像図』が描かれてたこと。
おそらくは、この城のどこかを指して……?あるいは、誰かと共有するために……?
「(……この線……裏門っぽい感じの絵までなぞられてる。……こっちは、表門……。もしかして、この通りに歩いていけば……)」
いくつか予想していた『点』が、それぞれつながり『線』として思考を紡いでいく。
以前アルスティとティアネが遭遇した『ループする廊下』も、おそらくは『城を無断で抜け出す意思』によって反応したものでは?
だが、リーヴェが居ない時に何らかの『エラー』が生じた際の対応策……または、『リセット』するための手段が、どこかにあるのではないか?
そしてそれが、誰でも実行しやすいよう……たとえば、『特定のルート』をたどり、『特定の扉』を開けて……迷路のようなベルハリア城を『踏破』すれば……!
「……伝えなきゃ……ティアネさんたちに……!」
誰も居ない密室だが、きょろきょろとあたりを見回し……「スミマセンっ」とつぶやき、ポケットに本を『拝借』する。
見回す途中、微妙に継ぎ目のおかしい壁が目に入る。石造りの壁だが、どこか雰囲気が違っていて……。
「あっ……い、いま……何時だっけ。一旦荷物を持って、イルゥニさんに報告を……」
慌ただしくも、城の備品を壊さぬよう慎重に歩き入口へ戻ろうとする――が。
アルスティの視界の外……部屋の隅に鎮座していた『甲冑姿の兵士』に、静かに、薄緑色の光が灯りはじめた。




