第14話 ベルハリア城の『防衛システム』
ベルハリア城――
王妃リーヴェ・エレンディルが、エレンディル家に婿入りした夫――ヴェルヒング(ティアネの父)と共に一代で築いた巨大な城。
堅牢な城壁はひとつも錆びることなく、数多くの使用人が住み込みで働き……幾重にも張り巡らされた厳重な扉の数々が、外敵の侵入を拒み続ける。
賊からモンスターまで、ただの一度も侵入させたことがない難攻不落の城――だが、それを裏付ける理由は、単なる素材や屈強な護衛兵の存在だけではなかった。
「生きているって……どういうこと?」
護衛騎士として勤める女騎士のセニーナ曰く、そのベルハリア城が……生きている、というのだ。
高層階に自室を持つ一人娘のティアネは、当然の疑問を投げかける。
「言葉通りの意味です。……厳密には、有機物や生命体といった括りではありませんが」
アルスティも無言のまま、興味深そうに前髪の間から目を細めた。
「とあるお方の膨大な魔力を介して、この城全体が……ひとつの『システム』として、機能している……と言い換えましょうか」
「魔力が通ってるってこと?私が言うのもなんだけど、すっごく大きい城なのよ?小さい頃、何回も迷ったし、端から端まで歩こうとしたらすっごい時間がかかるし……!」
セニーナは静かに2、3歩ほど移動し、近くの太い柱へ寄った。
綺麗に磨かれた表面を、指先でそっとなぞる。
「はい。この柱も。その壁も。あちらの扉も……向こうの床も。すべてが『とあるお方』の魔力を……様々な意思のもとで、込めております」
「ごめんなさい、さっぱり話が見えないわ!それが何を意味するの?……誰がやってるの?」
「もちろん、お答えします」
「貴方の母である――リーヴェ様です」
「えええぇっ!?お母様がっ!?どうして?」
「詳しく説明する前に、一度場所を変えましょうか。長くなりますので、腰を落ち着けられるところを」
「あ、じゃあ……ここからなら、あたしの『見習いメイド部屋』が近いかも……」
「では、そちらへ。……アルスティさんが先ほど開けたこの扉は……ミルキスの部屋ですから」
「え、そうだったの!?私の記憶だと、もっと違ったような……」
新たな人物の名が耳に入り、聞き役に徹するアルスティ。
「先週もまた問題行動を起こし、護衛騎士たちの区画から離されてしまいまして」
「えぇぇっ!また!?すごいわね!」
「あ、あの、スミマセンっ!開けちゃったらマズい感じでしたか?カギはしっかりかけ直しておきましたんでっ!」
「大丈夫よ♪気にしないで♪また今度説明してあげる!」
『壁の大剣』もしっかりと元の場所へ戻しつつ、セニーナが誘導する。
「特に私が彼女に見つかってしまうと、非常にとても真剣に、圧縮できないほど面倒なことになります。早々に退散しましょう」
―
「では、改めまして……」
仲良くベッドに腰掛けたティアネとアルスティに対し、何故かベッドではなく近くのカーペットへ綺麗に正座するセニーナ。
「セニーナ、どうして床に座っているの!こっちに来て♪」
「いえ、護衛騎士である私が同じ目線……それも、ティアネ様のベッドへ触れる訳には」
「むっ!いっつもそうよね!じゃあ……アルスティ!私たちも!」
アルスティに目配せし、同じように床に座り込む2人。
少し驚くセニーナをたっぷりの笑みで見つめるティアネ。
「今のセニーナは私を守るだけの騎士じゃなくて、これから一緒に『夢を叶える』仲間なんだから!立場とかそういうのはやめて!♪」
アルスティも追従するようにぎこちない笑顔を向ける。
「……しかし……」
「そーれーに!私が何回言ったって『友達』になってくれないもんねっ?♪」
「それは……護衛騎士という立場である以上、」
「はい出たっいつもの!じゃあ私の方から『こーする』までよっ!」
ゴミや埃の類など一切見つからない綺麗なカーペットへ、『無邪気に子どもっぽく座り直す』ティアネ。
セニーナは少しバツが悪そうに軽く咳き込みつつ、雰囲気を整える。
「……話を戻しましょうか。貴方の母であるリーヴェ様がなぜ、どういった理由でこの城に魔力を込めていて……それが、何をもたらすのか」
「多忙で城を空けることが多いリーヴェ様ご夫妻は、ご自分が不在の間、脅威が迫らぬよう……この城の様々な物質を『防衛システム』として設計、構築しました」
「防衛システム……それって……」
「お気づきですか。先ほど、私がお見せした『飛翔する大剣』も……その一環です」
廊下に飾られていた『壁の大剣』が突如飛翔し、襲いかかってきた理由――それはリーヴェが込めた『防衛魔法』のひとつであると語る。
「で、でも……さっきは突然飛んできたわよね?私、ずっとこの城にいるけど初めて見たわよ?あんな風に動くの」
「はい。それには明確な『条件』や『理由』がありますから」
セニーナは自身の胸の前で指を折り、数えるように進める。
「私はまず、あの剣に向け『敵意』を込めました。それも明確な『破壊行動』の意思を込めた敵意を、です。それに反応することで、『壁の大剣』も迎撃すべくシステムが起動したのでしょう」
「敵意……じゃあ、普段は……そういうのを向けない限りは……」
アルスティの質問を肯定するように頷くセニーナ。
「これまでティアネ様がこの事象を見たことがない理由も明白です。あの剣に触れることなく過ごし、明確な敵意も持たず……」
「……もしかして……他にも、『そういうの』って、いっぱい……ある?」
次第に恐怖を覚え、冷や汗を垂らしつつ返してしまうティアネ。
「はい。例えば、この空き部屋……そこに小さな花瓶や……おそらく、その棚も」
「棚も!?あ、今は起こさなくていいからねっ!めちゃくちゃになっちゃうかもしれないし!」
こくこく、と首を縦に振り慌てるアルスティにも視線を経由しつつ、セニーナは「もちろんです」と返す。
「あ~~~!じゃあ廊下に時々置いてあるおっきな盾とか、よくわかんない装飾品とか……んにににに……昔から、『何これ』としか思ってなかったけど……!」
「すべて、不遜な輩がこの城を内部から破壊せぬよう組み込まれた防御の手段という事ですね。そして……ティアネ様。貴方が以前体験された、とある事象も……それに付随します」
「体験……あっ!なんかいつの間にか戻ってた廊下!」
「ええ。きっとそれも、その応用で……」
「それもお母様の魔法ってこと!?んにににに……さすがにやりすぎじゃないっ?!そこまでする必要ある~~~っ!?」
セニーナの言葉を遮り、「ねえ~!」とアルスティの肩を揺らすティアネ。
無自覚ながら凄まじい勢いで揺らされたアルスティの髪がふわりと舞い続ける。
「……それについても理由がおありでしょう。数々の苦難を乗り越えた果てに築城されたと伺っています。深く語る前に……申し訳ありません。一度、宿舎の方へ戻ってもよろしいでしょうか」
セニーナが部屋の時計に目を向けると、時刻はすでに正午を回っていた。
「午後から護衛騎士としての任務がありまして。すでに一度他の騎士に掛け合い、煌王祭まではティアネ様の居住区画周辺の警護へ変更していただきましたが……」
「そ、そうですよね。ずっとティアネさんと一緒にいても不自然ですし……あたしも、メイド業務の研修がありまして……なかなか言い出せなくてスミマセン……」
ティアネも“超箱入り教育”こそあれど、厳格なノルマさえ乗り越えてしまえばあとは実質的な自由時間が約束されている。
自身とは違う任務を持つ2人へ、すぐねぎらいの笑顔を向けてから大きな声で宣言した。
「そう……残念だけど、わかったわ!♪作戦はちゃんと練らないと、だもんね!じゃあ、またあとで集まりましょうっ♪」
ティアネが自室へ戻る廊下の途中、例の『飛翔する大剣』がもうひとつ目に入った。
「(ここにもあったのね……興味がなくて、まったく目に入らなかったわ……)」
「(『飛んでくる武器』……『たくさんのガーディアンゴーレム』……『同じ景色をぐるぐるする廊下』……突破しないといけない問題が山積みね……)」
「でも、燃えてきたわ!これはいわゆるお母様からの『試練』ってことでしょう?なら……負けたくないもの!抜け出してやるわっ!絶対に、確定で!♪」
決意の拳を振り上げつつ、声高らかに宣言するティアネであった。




