第12話 幕開け
「――申し訳ありません。やはり……できません」
「ええええっ!今、聞いてくれそうな流れだったじゃないっ!」
ベルハリア王国護衛騎士の立場から発されるセニーナの言葉に、愕然とするティアネ。
「いえ。大事なティアネ様の『脱走』を、見過ごすことができない……という意味です」
「さっきと同じじゃないっ!ねえ!お祭りが終わったらすぐ帰ってくるからぁ~~っ!」
セニーナの手をぎゅっと握り、曇りなき瞳で嘆願するティアネ。
「『お目付け役』としてなら……いかがでしょうか」
「?…………それって……」
セニーナもまた優しく握り返し、新たな決意を口にし始める。
「お祭りを堪能するまでは、『直属の近衛兵』として……最も近い位置で……」
ゆっくり膝をつきながら、ティアネの手の甲をゆっくりと額へ持っていく。
「この身を盾とした上で……貴方に近寄る危険因子……不足の事態が起こる可能性すべてを――『圧縮』させていただきます」
「お護りすることを――誓いましょう」
「……!セニーナっ♪ありがとうっ!!」
がばっ、と音が聴こえる勢いでセニーナに飛びつくティアネ。
「セニーナさん……!ありがとうございますっ……!」
すくめた肩をおろし、安堵の吐息を漏らすアルスティ。
膝をついた姿勢のまま、相変わらず硬い表情でティアネとともに立ち上がるセニーナ。
表情こそ変わらぬものの、どこか優しく、穏やかな雰囲気が感じられた。
「では早速、リーヴェ様が戻り次第外出手続きを」
「えええっ!待って待ってそれはダメよ何言ってるのっ!お母様が許可してくれるワケないでしょ絶対に確定でっ!相変わらず天然ねっ!?」
「(ティアネさんに天然って言われちゃってる……!)」
「冗談です。内密に進めてまいりましょう」
『仲間入り』から早々、突飛な行動に悩まされつつも雰囲気はやわらいでいく。
「絶対に言わないでねっ!アルスティ、『もう一個』っ!」
「は、はいっ!どうぞっ!」
ふたたびアルスティの腰にさげられた革袋から、もうひとつ小包が取り出される。
「……――っ……この香りは」
袋から出された時点で既に表情にわずかな変化を起こすセニーナ。
「そうっ!ベルハリア王国城下町、超有名スイーツブランド店『ノワード・ベィル』の…マドレーヌよっ!」
モマロン・クッキーと同じ流れでセニーナの手に置かれた『それ』は――たっぷりのバターと最高級の全卵で構成された、ふんわりと軽い食感の焼き菓子。
「ふふふんっ♪」
高級マドレーヌは発光するかのように輝きをたたえており、セニーナの瞳に映り込みつつ、さらに倍の煌めきをもって返す。
「あのセニーナさん、またよだれっ!すす、すっごい喜んでるのが伝わってきますけど、よだれっ!!」
アルスティの声は微塵も届かず、まるで、食材と会話をしているかのように見つめ合うセニーナ。
「仰るとおりこちらは我がベルハリア王国城下町に展開する超絶最強有名スイーツブランド『ノワード・ベィル』のマドレーヌですね我が国の平和な環境と豊饒の大地でストレスなく育った動物達によりもたらされる数々の素材をふんだんに使用しそれらを活かす職人達の芸術的とも言える技術の数々で紡ぎ出されたであろう工程により」
「わひゃあああ落ち着いてください!!」
「んふふっ♪『待て』をされてる犬みたいでしょう?」
無心で胃袋に放り込んでしまった一度目の失態をなぞらぬよう、すべてを抑え込みながら早口で解説を続ける。
「セニーナ♪私が城を出られるまで、ちゃんと協力してくれるご褒美として――食べてい「いただきますんむんくんむんむ」」
「速っ!!!??手が見えませんでしたよ今っ!!」
セニーナが一部から『問題児』と言われる所以が少しずつ、暴かれようとしていた。
―
「では……改めて自己紹介を。セニーナ・ヴァルハート。ベルハリア城を守る護衛騎士です」
「好きな食べ物は何っ?♪」
「マドレーヌやフィナンシェ、マカロンといった焼き菓子全般から、カヌレ、ガレット、ラングドシャといった焼き菓子まで、他にはビスコッティ、スコーン、バウムクーヘ――」
「全部焼き菓子っ!?」
「だけじゃないわよね、ふふっ♪このままだと全部のお菓子の名前を挙げちゃいそうだし!大の甘い物好きってことで!」
アルスティが寝泊まりする小部屋へ場所を移した3人。
「じゃあ……夢はっ?」
「この城に勤める皆様の平和と安らかな未来です」
目を閉じ、手を胸の前に添えるように構えつつ。
「カッコいい……」
「いつもありがと!でも……あるでしょ?『他にも』♪」
「……姫様……」
既に聞いたことがあるような面持ちで語りかけるティアネ。
「今すぐに叶えることは難しいですが……強いて言えば……『美食の旅』、でしょうか」
「美食の旅……」
先ほど見たばかりの『食い意地』から、すぐに合点がいくアルスティ。
「はい。世界中の美味なる食事を巡り、渡り歩くこと……ですがそれは、この城を護ることに比べればささやかなものです」
「セニーナさん……」
諦め、という感情よりは――
ティアネの母、リーヴェの信念である『守り抜くこと』を受け継いだ上での意思のようだった。
「叶えちゃいましょうよっ!その夢、今すぐ!」
「……?」
「煌王祭、ずっと前から……参加したかったんでしょ?その時期はいつも私の『家』を守ってくれていたしっ!」
不敵に、自信たっぷりの表情で続けるティアネ。
「数日間に渡って開催されるお祭りよっ?イルゥニから聞いたし、本で見たこともあるの!美味しいご飯とか、デザートの屋台もたくさん出るって!」
「それも……世界中から!『ノワード・ベィル』みたいな、スゴいブランドのスイーツ店もっ!」
「そうなんですね……すごい……!」
すでに準備で賑わっていた城下町を思い出し、つられて高揚感を覚えるアルスティ。
「私と一緒に、こっそり抜け出して……それで、もしバレちゃったら……一緒に謝ってっ♪」
イタズラ少女の笑みのまま、ピースサインを突き出す。
「……ふ……相変わらず、恐れる心を圧縮するかのような……」
今に始まったことではないような……同様にわずかな笑みをもって返す。
きっとこれまでにも、小さなお願いと小さなイタズラを繰り返すような事があっての『今』なのだろう。
「あの……あたしも、一緒に……怒られます、から。えへへ」
「? アルスティのことは絶対にかばって見せるから、安心してっ!悪いのは全部、私と――」
「い、いえ。……怒られ、たいん……です。どれぐらい怒られるかは、わかりませんけど……」
「??」
胸の内で反芻するのは、『友達』という言葉。
「ティアネさんは……友達、ですから……!あたしの……!」
「……アルスティ……♪」
「で、でも……牢屋暮らしとかは、確定ですよね……タブン……」
「させないわっそんなこと!絶対に、確定でっ!だって……見つからなかったらいいだけじゃないっ♪」
すぐ近くの城下町のお祭りを見て、朝にこっそり帰るだけ。
一国のお姫様の「小さくて大きな夢」を叶えるべく……
気弱な女商人と護衛の女騎士を含めた3人の脱走計画が、本格的に幕を開けようとしていた。




