第11話 【挿絵あり】問題児セニーナ
セニーナ・ヴァルハート。
ベルハリア城を守護する護衛騎士の女性。
整った目鼻立ちに加え、腰まで伸びたツヤのあるポニーテールが美麗さを更に引き上げる。
一見真面目でソツのない優等生の印象がある彼女だが、
一部からは――『問題児』とされていた。
「そのクッキー!セニーナ、わかる?……もちろんわかるわよね、『セニーナなら』っ!」
「(てぃ、ティアネさん……やっぱり、本当に……)」
「(お菓子で釣るつもりなんですか~~~~っ!?)」
セニーナの手指部分だけ露出された手袋に載せられたクッキー。
もう片方の手を添え、少しの間黙り込むセニーナ。
黙り込む、というよりかは――
「(お、怒りませんか……?さすがに……)」
アルスティは怯えるように両手を胸の前で握りしめ、ティアネと交互に見つめる。
「(ティアネさんは、あたしよりもずっとセニーナさんのことを知ってるっぽいけど……ムリなお願いをした後で、こうやってお菓子で~、なんて……まるで子ども扱い、してるみたいじゃ……)」
細く白く、すらっと伸びる長い指でゆっくりとクッキーをつまむ。
鑑定士のように眼前に持っていき、刺すような視線を浴びせてから――
「すぅぅうーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………………」
「(すっごいニオイ嗅いでるーーーーーーーーーーーーっ!!!)」
目をつむり、神へ祈りを捧げるかのような美しいポーズからとてつもない呼吸音のギャップ。
なぜか『狂気』を感じ取ってしまったアルスティは、可愛らしく縮こまりティアネの影に隠れる。
「どうかしましたか?アルスティさん」
「いやいやっ!よだれ!よだれでてますよっすっごい!セニーナさんっ!」
艷やかで小さな唇から濁流のように流れる唾液。
明らかに『異常』としか思えない様子の自覚がなく、ティアネたちは会話を行う。
「どうっ?♪どうかしらっ♪」
無邪気な子どものように歯を見せて笑いつつ、セニーナへ投げかけるティアネ。
「はい。こちらはモマロン・クッキー。我がベルハリア王国城下町の名物のひとつであり…しかも、この形状は『煌王祭限定仕様』……もう販売を開始していたのですね……」
神妙な雰囲気で解説を始める。そのまま分析へ移ると思いきや――
「私の大好物ですんむぱくんぐんぐ」
「(すっごい食べてるーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!)」
腕と唇、顎以外はほぼ静止したまま、機会的な動作でセニーナの口に放り込まれ……いや、『飲み込まれて』いくモマロン・クッキー。
「ふふんっ♪セニーナはね、昔から甘い物にほんと~~~~~に目がないのっ!大大大、大の甘党っ!♪」
アルスティの方を向き、ティアネは人差し指をくるくると回しながら熱弁する。弾む胸の動きから、上機嫌具合が伺える。
「しかもこの前なん「ごちそうさまですありがとうございましたまだ在庫は残っていますか?」」
「もう食べ終わってる!!!!!」
ティアネの解説を遮るつもりはなく、片手にあふれていたクッキーを『ぺろり』と平らげ、丁寧にお礼を述べてくる護衛騎士。
しめた、という顔でセニーナの前に立つティアネ。
「ふっふっふ……ふふふ~ん……♪セニーナぁ~……美味しかった?」
「はい。それはも、う――」
感想を述べる前に、「はっ」と小さく眉を動かし中断する。
「私ぃ~……見てって言っただけでぇ……食べていいなんて言ってないわよねえ~~~……?♪絶対にぃ~~……確定でぇ~~~……♪♪」
勝ち気なティアネが大きく歯を見せ、にんまりと笑みを見せながら詰め寄る。
「………………はい……」
返す言葉もない、とばかりに目を閉じるセニーナ。
傍目にも『しゅん……』といった様子が伝わるようで、いたたまれなかった。
「……姫様。確かに、モマロン・クッキーは私の口内を通過し、胃袋にて圧縮され、美味なる食感をもたらしました。ですが……『その流れ』から、私を連れ出そうというのは……」
「あ~~~~あっ!アルスティが旅の疲れを癒すために買ったっていう、とぉ~~~~~っておきのモマロン・クッキーだったのに~~~~っ!」
ここぞとばかりに詰め寄り、まるで子どもが珍しく大人の失敗を見つけたかのようにはしゃぐお姫様。
「ごめんね、アルスティ!煌王祭の時に、絶対買い直してあげるからっ♪」
首だけを傾けアルスティにウインクしつつ、“わざとらしく”伝える。
そのウインクに込められた意図を、アルスティは感じ取るが……
「あ、い、いえ……あたしは……」
「(ううん、違うわアルスティ!言ったじゃないっ、そこはねっ……♪)」
ぐいっとアルスティの肩を寄せ、ぼそぼそと囁く。
「……ぅ、あ……はい。……う、ぅう……すっごく、楽しみに……してたん、ですけ……ど……!」
「…………っ……」
ものすごくバツの悪そうなセニーナと、色んな意味で『申し訳なさそうに』悲しむアルスティ。
「あ~~~あっ♪アルスティ泣いちゃうわよ~っ?♪どーしてくれるのかしら~っ♪誇り高いベルハリア王国の護衛騎士がこんなコトしてい~の~~??♪」
その声に怒りはまったくなく、可憐ないたずらっ子のようにセニーナの周囲をすたすたと歩く。
「(……ふふ……いつもこうやって、セニーナさんにイタズラしてたのかな……)」
うつむき、悲しむフリをしつつ……アルスティはどこか和やかな気持ちを取り戻せた。
「限定仕様ですものねえ~♪今頃はきっと売り切れてるだろうし、次はもう煌王祭当日ぐらいにしかお店に並ばないわよねぇ~……♪」
「しかも~、当日はセニーナって、いっつもお城の警備を任されてるのよねえ?お祭り、行けないわよね~♪」
時折深く目を閉じ、バツが悪そうなまま額から汗を流すセニーナ。
初対面の冷たいイメージにすっかり『食いしん坊の甘党女性』が付与され、相殺されることで親しみやすくなり――アルスティも次第に会話へ参加するように。
「あ、あの……セニーナさん。あたしからも……お願い、していいでしょうか。1日だけ……1日だけで構いません。ティアネさんがお城を出ることを……」
「『見逃す』だけではなく……『同意の上』で、『脱走』の『協力』をしろ、と?」
高圧的な雰囲気もなく、『折衷案』を捜すような声色でたずねる。
「そうっ♪セニーナが仲間になってくれたら、千人力……いえっ、万人力よっ!♪」
セニーナは小さくため息をつき。
「……姫様……」
焦りは見せず、綺麗な立ち姿勢のまま言葉を続けた。




