第10話 護衛騎士セニーナ
順調に扉を開き、長い廊下を何度も抜けていたはずだった。
このまま正門近くまで移動できるかと思っていたところ。
「アルスティ!?まだ動ける!?」
気づけばスタート地点であるティアネの部屋前の廊下まで戻されていたのだ。
解錠スキルに特化した頼れる仲間、アルスティの膝は震え――疲労を訴えている。
「ご、ごめんなさい……体力は、まあまあある方だと思ってたんですけど……」
この疲れ具合は単なる体力切れではなさそうだ。
それに……気づけば『最初の廊下』に戻されてしまっていたことも並行して疑問が残る。
必死に進む内に、進行方向が狂った?
このまま続けても、無事に脱出できる?
「(――それにっ……『また』、いるわね……)」
ティアネの前方には、普段見ない位置に鎮座するガーディアンゴーレムの姿。
いつもは私の部屋の前を歩くことなんてないのに。
もし、今起動してしまったら。それも、一体だけじゃなく――
「……はぁ……ぅ…… ティアネ、様……あたしは、大丈夫ですから……」
――答えは最初から、決まっていたようなものだった。
「作戦は中断よ!絶対に、確定で!……掴まって!」
つらそうに前かがみになっていたアルスティがきょとんと顔を向ける。
「えっ!?わひゃああっ!」
1人の少女が1人の少女を、おんぶの体勢で持ち上げた。
それも、1拍のリズムで『ひょい』、と軽く。
凄まじく機敏な動きでアルスティを『持ち上げ』、自室へと逃げ込むことに成功した。
「大丈夫っ?頭、まだ痛い?」
アルスティをソファに静かに座らせ、膝をつき、同じ目線で様子を伺うティアネ。
「スミマセン……えっと、ちょっとはマシになってきたんですけど……。……タブン……『使いすぎ』、とかでしょうか……」
自身の手のひらを見つつ、うなだれる。
「一気に連続して使うと、すごく辛くなっちゃう……ってコトかしら」
「はい、タブン……。……スミマセン。こんなに連続で使う機会がなかったので……」
「いいの!気にしないで!頑張ってくれてありがとっ!」
アルスティの手をしっかりと握り、力強く続ける。
「別の方法を考えましょう!大丈夫!遠回りすればいいだけだから!」
「ティアネ様……あ、ティアネさん……スミマセン……」
「もう!『様』も『さん』もいらないってば!♪」
意気揚々と次の策を提案するような会話へ舵を切るティアネ。
その声に不平不満などなく、純粋で尊いトライアンドエラーの精神に満ちていた。
「(……ああ……あたたかいなあ……ティアネ様……)」
「遠回りをするとなると、なおさら地図をもらう必要があるわね……。ふふ。自分の家なのに、地図が必要だなんて」
「……?ティアネ様……?」
アルスティに背を向け、腰に手を当てながら上機嫌な声……だった。
「地図が、必要だなんて……んにににに……!考えたらムカついてきたわっ……!」
地鳴りが聞こえてきそうなほど、ぷるぷると震え始めるティアネ。
「なぁああんでゴーレムがあそこにいるのっ!どうして道を間違えたのっ!?信じらんないっ!あ~~んも~~っ!!」
両手で拳を作り、胸の前でぐぐっと溜めつつ叫ぶ。
頼れるアルスティを仲間にしたものの、いまだ前途多難を極める脱出劇であった。
「……決めた。これはもう……もっと仲間が必要だわ」
「なか……ま?ですか」
「そうっ!今の私たちには、まだまだ足りないものが多すぎるのっ!」
アルスティの方へ激しく振り向き、腰から伸びたスカートがふわり、ゆらりとはためく。
「でも、たくさん仲間を作ってるヒマもないし、すぐにバレちゃうから……!『スペシャリスト』が必要なのっ!1人で色々できちゃうヒトっ!絶対に!確定で!」
「この城の構造に詳しくて……ゴーレムを足止めできて……私たちよりも頭が良くて!」
「いろいろ提案してくれて、冷静で……強くて……協力してくれそうな人……!」
アルスティの顔色はすっかり元に戻りつつも、きょとんとした顔で上目遣いを続ける。
「……そんな都合の良い人、いたとしても……脱走はダメなんじゃ……」
「いえっ!心当たりがあるわ……♪」
「ベルハリア城、護衛騎士……セニーナよっ!」
「えええぇぇぇっっ!?」
今朝会話した、澄んだ水のように冷たい空気感を持つあの女性を思い出す。
「しかも、また私に考えがあるわっ!♪『手土産』をさがしましょう!」
「手土産、ですか?」
ふふん、と腰に手をあてたまま。
「ちょうどここには、アルスティみたいな『外から来た人』もいるしねっ♪」
─
「申し訳ありません。私の立場からでは、お請けできません」
「(門前払いって言葉がこれ以上ないほど……!!)」
思い立ったがすぐ行動!――そして、その日の夜。
2人は東門の方に向かおうとしていたところ、偶然セニーナの方から現れてくれたため『真っ向勝負』を挑むことができた。
「まず、私の立場は姫様……あなたを守ることです。国外へ出ることを見逃す訳には」
「んににに……じゃ、じゃあ、1日だけっ!煌王祭が終わったら戻るから!」
涼やかな目つきのまま、背筋の伸びた立ち姿勢でセニーナは言葉を返す。
「それも難しいお願いです。煌王祭のような大きな祭の時こそ、不純な動機を持った輩が出てきかねません。私はそのリスクを少しでも『圧縮』し、平和を保つ必要があります」
「ま、まあまあティアネ、さん……やっぱりほら、騎士の方というか……お城とティアネさんを守るのが役目の人は……」
会話が堂々巡りになっていることに気づいたアルスティは額に汗を浮かべつつ、弱々しい笑顔で話しかける。
ティアネは一旦ぐっとこらえ、セニーナに背を向けアルスティと肩を組み小声で話す。
「いえ……セニーナは昔から、私にはとっても甘いの。あの否定の仕方も、アプローチというか、考え方を変えれば……よし……」
「とりあえず、例の『手土産』を使うわ!」
ふたたびセニーナへ振り向き、アルスティにもたせていた小包みを握りしめる。
「セニーナ、いいものを手に入れたのっ!みてみてっ!♪」
言われるがままに受け取り、小包みを開く。
受け取った瞬間、セニーナの冷たい表情がわずかに歪んだように見えた。
「――これは……」
セニーナの手のひらにあふれたのは、
とても甘い木の実の香りがする……クッキーだった。




