第二話
「エマ、クイニーの具合どう?」
数日間クイニーが休んだある日、エマは教室で呼び止められた。クイニーのパーティ仲間、メリッサだ。
どこまで話していいものか──とエマが考え込んでいると、メリッサは遠慮がちに言葉をつづけた。
「連絡しても出ないし、返信もなくてさ。……なんか聞いてる? エマ、同じ部屋でしょ?」
「ちょっとだけ聞いたけど、私が話していいことかわからないから……」
エマが正直に伝えると、メリッサは自分の癖毛に指を絡ませながら、表情を曇らせた。
「本科に進学できないって話?」
「知ってたの?」
「本人からはそれだけ。……噂になってるよ。クイニー、いてもいなくても目立つから」
ため息をつきながらそう言うメリッサに、エマは目を伏せた。クイニーは、その場にいれば元気のよさで目立つ。いなければいないで、場が妙に静かで、不在が目立つ。存在感があるのだ。
「心配してるって、クイニーに伝えといて」
「わかった」
メリッサはパーティ仲間たちの元に去っていく。あの陽気なパーティ仲間たちも、今はどこか元気がないようにエマには見えた。
次の授業は狙撃訓練だ。エマがタブレットを持って更衣室に向かっていると、隣にナイラが並んだ。
「クイニーは元気?」
ナイラは表情を変えずに、ぽつりとそう言った。話しかけられるとは思いもしなかったエマは、ほんの少し飛び上がった。
「具合が悪いみたいです」
「そう……。イカロスの翼ね」
「イカロスの翼?」
「そう。飛びたいけれど、飛べないの。……お大事に」
ナイラはそれだけ言うと、さっさと更衣室に行ってしまった。外廊下に取り残されたエマは足を止めて、ナイラの言葉を反芻する。
「イカロスの、翼……」
イカロスの翼の話なら、エマも聞いたことがある。翼を持たない人間・イカロスが、蝋で固めた羽を使って空を飛ぶ。けれども高く飛びすぎて、蝋が太陽の熱で溶け、墜落してしまうというギリシャ神話だ。
──それとクイニーに、どんな関係が?
エマは首を傾げるが、ナイラのことだから、おそらく何かに気付いているのだろう。胸のざわつきをおさえるように、エマはぎゅっと自分の手を握りしめた。
「狙撃訓練、次は負けないって言ってたのに」
風が吹いて、ぽつりとつぶやくエマの金色の髪が揺れた。
***
狙撃訓練の内容は前回と変わらないはずなのに、いつもよりずっと静かだった。エマはスコープの向こうに、ごそごそと動くクイニーを無意識に探している自分に気付いた。
悔しそうに「次の狙撃訓練では、ぜってー負けねーから!」と笑っていたクイニーの姿が頭をよぎる。
──私だって、狙撃訓練ならクイニーには負けないよ。
凍えながら息をひそめていると、クイニーがいないことがやけに胸に迫ってくる。寂しさをまぎらわすように、エマは光の反射と白い呼吸をたどって、狙撃銃の引き金を何度も引いた。
発射した模擬戦用のペイント弾がことごとく当たる。エマの腕時計型端末に、次々と狙撃した同級生たちの名前が表示されていく。エマはそれに見向きもせず、スコープで次の敵を探す。
──あれは鳥だ。こっちは風で葉っぱが揺れてるだけ。……じゃあ、あれは?
エマが引き金を引いた直後、甲高い音がした。敵のスコープか銃身に当たったのだろう。位置を微調整して撃ち直す。腕時計型端末に、相手の名前が表示された。
やがてピピッと音がして、敵を狙撃し尽くしたことが知らされる。教官が笛を吹いて模擬戦終了の合図をした。エマはギリースーツをごそごそとさせながら狙撃銃を抱えて、教官の元に走った。
「本日の模擬戦の、成績優秀者を発表します。……エマ・リーデル!」
どうせナイラだろうと予想していた同級生たちはざわめいた。エマも狙撃訓練の成績はいいが、まさかナイラより先に名前が呼ばれるとは、エマ本人でさえ考えてもみなかった。
「それから、ナイラ・サイード! ……らしくないな。不調か?」
ナイラは特に表情を変えず、「いえ」とだけ応えた。教官さえも、エマの狙撃訓練の結果に驚いているようだった。
狙撃訓練の授業はいつもより早く終わった。ギリースーツや狙撃銃の片付けをしながら、エマは学生寮の部屋にいるクイニーのことを考えた。
クイニーが王立魔法士官学校本科に進めないことが、どうしても納得できなかった。




