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イカロスの翼では届かない【2章完結】  作者: 網笠せい
第二章 さよなら、クイニー
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第一話

 冬の狙撃訓練は、寒さとの戦いだ。エマは白くくもる息を隠しながら、擬態用のギリースーツの中で指先に息を吹きかけた。体温を維持するために魔法を使うが、長時間はもたない。そんなことをすればあっという間に魔力が足りなくなってしまう。エマは固定した狙撃銃の前に寝そべって、スコープをのぞいた。


 模擬戦用のペイント弾とはいえ、無駄撃ちはできない。乱射すれば自分の位置を敵──模擬戦だから、今は同級生ではあるのだけれど……に居所を知らせるようなものだ。


 スコープの中で、何かがきらりと光った。おそらく敵の銃口かスコープのガラスの反射だろう。エマはスコープをのぞいたまま、自分の狙撃銃のふたをそっとはずして、狙いを定めた。


 安全装置を解除して、引き金を引く。射撃の反動のあと、腕時計型端末がピピッと音をたてた。模擬戦終了──なんとか最後の敵兵に当たったらしい。


 あちこちに隠れていた同級生たちが一斉に立ち上がり、狙撃銃を抱えて教官の元へと走る。エマも毛むくじゃらのギリースーツに足をとられながら、駆け寄った。


「お疲れ様」

「寒かったねー!」


 模擬戦で敵味方に分かれていた同級生が教官の前に集まる。双眼鏡を胸元にぶら下げた教官は、手元のタブレット端末を見ながら声を張り上げた。


「本日の模擬戦の、成績優秀者を発表します! ナイラ・サイード!」


 同級生たちが拍手する。ざわめきはない。この二年間で、ナイラの優秀さを嫌というほど思い知らされている。発表される前から、ナイラだろうな……という空気が漂っている。


「それから、エマ・リーデル!」


 同級生たちがざわめきながら、拍手をする。エマの狙撃訓練の成績は、意外といい。狙撃はじっと待ち構えている時間が長いから、エマには向いているらしかった。


 クイニーはというと、「エマにまで負けた!?」と悔しそうにしている。クイニーのパーティ仲間が「クイニーはすぐ動くからだよ!」とからかう声がつづいた。狙撃訓練では、動きが大きいと居場所が敵に伝わりやすいのだ。


「クイニー・グレイは、制服に着替えたら私のところに来るように」

「はーい」


 授業が終わって更衣室に向かう間、クイニーに話しかけられた。


「次の狙撃訓練では、ぜってー負けねーから!」


 クイニーは悔しそうだが、笑っている。


***


 その日の授業が終わって、エマは学生寮の自室に帰った。クイニーはまだ帰ってこない。


 エマがタブレット端末で今日の狙撃訓練について書き記してしばらく経った頃、ようやくクイニーが帰ってきた。顔色が悪い。


「……ただいま」


 クイニーはすぐさまベッドに飛び込んで、布団をかぶった。見るからに落ち込んでいる。


 動きこそ大きかったけれど、個人的に呼び出されて叱られるようなことはしてないはずなのにと、エマは首を傾げた。


「クイニー、晩ご飯食べた?」

「……今日は要らない」


 布団を頭からかぶって、クイニーはぎゅっと小さく身を縮める。今は話したくないんだろうなと、エマはそれ以上追求しなかった。


「おやすみ」


 いつも元気なクイニーが落ち込んでいると、部屋がしんとしていて落ち着かない。


 ベッドの上で、携帯型端末のランプが光ったまま、放置されている。クイニーに通話かメールの着信があったのだろう。


 気温差でほんのりと曇った窓の外には、雪が降っている。エマは指先で結露を拭いて、外の様子をうかがう。人が行き来したあとなのだろう、雪と泥の混じった足跡が点々とついている。


 明日の朝、積もるかなぁと、エマは少し早い時間に目覚ましアラームをセットした。


 翌朝、クイニーは布団から起きてこなかった。彼女の携帯端末のランプはついたままだ。


「ねぇ、クイニー、朝だよ」

「……今日は授業休む」


 クイニーが授業を休むなんて、よっぽどのことだ。熱があっても授業に出ようとするから、必死で止めた日のことをエマは思い出した。


「……何があったの?」


 おずおずと切り出すと、クイニーは布団を跳ね除けて、ベッドの上に座った。目の縁が赤くて、うっすら腫れている。泣いていたのかと、エマは少し言葉に詰まった。


「来月にはあたしたち、本科に進学するじゃん?」

「うん。そうだね」

「……あたしは、本科に進めないんだって」

「なんで!?」


 クイニーの成績は、エマよりもいい。クイニーは狙撃訓練こそ苦手だけれど、発進訓練や戦闘訓練、拠点作成訓練、座学も見事にこなしていた。成績が原因ではないだろう。


 じゃあ他に何が──とエマは思案するが、思い当たる節が特にない。教官への態度はあまり真面目だとは言えないけれど、それが理由なら、他の同級生たちだって本科に進学できないだろう。


 エマの疑問に、クイニーはただ黙って首を横に振り、再び布団を頭からかぶってしまった。


 登校時間を知らせるアラームが鳴る。後ろ髪を引かれるようにエマが部屋を出ても、クイニーは布団から出てこなかった。

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