第六話
更衣室ではすでにパイロットスーツを着た生徒が何人もうろうろしている。エマの班は、今日の訓練の順番が遅い。所持品を自分のロッカーに入れて、多少手こずりながらパイロットスーツに着替えた。
モニターの映像に、同級生たちの発進訓練が映し出されている。ナイラがモニターにじっと見入っていた。
「あ、あの」
同級生たちはカタパルトや待機室に行っているから、更衣室に残っている生徒は少ない。エマはナイラに話しかけた。
「雨の日の発進訓練って、何か気をつけることはありますか?」
ナイラは黒目がちの瞳をほんのわずかに見開いて、エマを見た。ナイラの手が、胸の前にぶら下がっていたエマのゴーグルを指差した。
「視界。雨粒で見えにくくなるから。あとは足場。滑りやすいみたい」
「なるほど! ……でも、どうしてわかるんですか? 雨の日の発進訓練は初めてですよね?」
ナイラが黙ってモニターを指差す。同級生が空に射出される様子が映っている。足が滑って、脚を伸ばすタイミングが若干ずれたように見えた。
「あの子、前回も前々回も、踏み切りがうまかったから」
エマはじっとモニターに見入る。これまでも他の同級生の発進訓練を見てきたが、お手本になるようなうまい人にばかり注目していた。ナイラの助言に目から鱗が落ちるようで、エマは「ありがとうございます!」と声を上げる。
いつの間にか待機室に向かっていたナイラが、小さく手を振った。
***
「次! エマ・リーデル」
「はい! 王立魔法士官学校予科2年、エマ・リーデルです」
「カタパルト発進準備に入れ」
これまでの訓練を思い出しながら、エマは発進準備を進める。頭の中で手順を思い描きながら、命綱を装着し、確認し、ブーツのかかとを所定の位置に定めた。
「準備ができ次第、スイッチを押すように」
「はい! エマ・リーデル、発進します!」
スイッチを押すと、滑走路の入り口の赤いランプが緑色に変わった。パーティで教わったように、すぐに前傾姿勢を深くとる。風がエマの頬に当たって、金色の髪がばたばたとはためいた。
まだ重力制御の魔法は使わない。いつでも発動できるように準備だけして、射出の速度や重力をこらえる。睡眠不足だった前回ほどではないが、吐き気がこみあげてくるのを必死で飲み下した。
小雨だというのに、ぱたぱたという小さな刺激がある。雨粒はゴーグルに当たって、視界をくもらせた。オレンジ色の誘導灯がぼやけて見える。
空へと伸びたカタパルトの端が見えた瞬間、エマは前傾姿勢から一気に伸び上がる。全身を伸ばして、宙へと躍り出た。
しばしの滞空のあと、落下に合わせて温存していた重力制御の魔法を使う。エマが逆さまになる前に展開された魔法は、彼女の体勢をキープした。ゆっくりと着地して行くエマに、訓練補助の上級生たちが拍手しながら駆け寄ってくる。
「うまいうまい」
「お見事」
上級生たちが命綱をはずしたとき、エマはよろけてステップを踏んだ。雨粒のついたゴーグルを外して上級生たちに一礼する。エマは更衣室に小走りで向かうと、「クイニー!」と喜びの叫びをあげた。何人かの生徒が振り返る。クイニーではない。こみあげていたはずの吐き気は、いつの間にか消えていた。
更衣室の扉が開くのを待つ時間ももどかしい。すき間に身体をねじこむようにして入ると、入り口でクイニーたちが待ち構えていた。
「いえーい!」
「やったじゃん!」
「ありがとう!」
出迎えにきてくれた勉強会の面々と次々にハイタッチする。クイニーがエマの頭をわしゃわしゃとなでまわして「すげぇじゃん!」と興奮した口ぶりで言った。
「クイニー、めっちゃモニター見てたんだよ」
勉強会の仲間の一人の言葉に、エマは顔を上げてクイニーを見た。クイニーは気恥ずかしそうに視線をそらして、「だー、ばらすなよ! だって雨降ってんだもん」とむくれた。
雨については、ナイラの助言が大きかった。少し離れた場所にナイラの姿を見つけて、エマはおずおずと近付いた。
「あの、ありがとうございました」
「いい発進だったわ」
ナイラはそれだけ言うと、モニターに見入る。すでに制服に着替えている。エマについてきたクイニーが不思議そうに首を傾げた。
「エマ、ナイラとなんか話したの?」
「ちょっとね。……あとで話す」
エマは自分のロッカーから飲みかけのペットボトルを取り出して、口に含んだ。タオルを頭に乗せて、雨粒と汗をぬぐう。横に置いていたタブレット端末に、先ほどの発進訓練の結果が届いていた。A+評価。
エマは喜びを噛み締めながら、ゆっくりと制服に着替えた。ときどき同級生たちの発進訓練が映し出されたモニターをながめるのも忘れない。皆、雨の降る中での発進訓練に四苦八苦していた。
授業を終えて自室に戻ると、エマはクイニーにナイラの助言を伝えた。雨が降るとゴーグル越しの視界がせまくなること、カタパルトから飛ぶ際に滑りやすくなること……その話を聞いて、クイニーは唇をとがらせる。
「へー。あのナイラがねぇ」
「パーティのみんなにも伝えて!」
「……また来ればいいじゃん」
何気なくそう言ったクイニーに、エマは目を丸くすると、「うん!」と満面の笑みを浮かべて答えた。




