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イカロスの翼では届かない  作者: 網笠せい
第一章 エマ・リーデル、発進します!
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第五話

 クイニーが「ん」と、チョコレートのかかった棒型プレッツェルをエマに向ける。エマは「ありがと」とプレッツェルを受け取りながら、言葉をつづけた。


「今日私ね、睡眠不足で、発進するとき、魔法使えなかったの」

「あーあー。だからちゃんと寝ろって言っただろー?」

「うん。……でね、魔法を展開するのが遅くなっちゃって……ジャンプしてから、魔法を使ったのね」

「は!? じゃあ発進時の重力、まともに受けてたってこと!?」


 エマの言葉に、クイニーたちが信じられないといったようにざわめく。お菓子を食べる手が止まって、身を乗り出している。マイクまで向けられて、エマはくすぐったそうに身を縮めた。


「そう。……でもそれで、着地はうまくいったの。ナイラ、多分同じことしてるんだと思う」


 クイニーたちが黙り込む。次の瞬間、一同はため息をもらした。


「マジかぁ……」

「え? できる? できるのそんなの?」

「つーか、エマ、着地したあとでゲロってたじゃん」

「……それは言わないで欲しいな」

「いや、発進時に重力かかってるなら、当然だって!」


 大きなモニターには、エマの発進訓練が映し出されている。クイニーは自分の両頬をぺちりと叩いて、ソファの上に立ち上がった。


「よっしゃ! やってみようぜ!」


 テーブルの上のジュースの氷が、からんと小さく音を立てた。


 パーティという名の勉強会は夜までつづいた。集まった同級生たちの発進訓練の様子を見て、それぞれ気付いたことを伝え合う。ときにほんのり辛口の意見も出ることがあったが、建設的な意見が大半で、できたこと・できなかったことを共有している。


 クイニーが前回ナイラの発進訓練を再現できたのは、これが理由だったんだな、とエマは納得した。何人もの経験や試行錯誤、知識が合わさっているから、一人で勉強するよりも効率的だ。


 学生寮の自室に戻ってから、エマはタブレット端末を出して、今日の勉強会の内容を書き込んでいった。すっかり夜は更けている。


「まっじめー」


 シャワーを浴びてきたクイニーが小さく笑って、ベッドに寝転んだ。エマの中にあったクイニーへのわだかまりが解けて、落ち着いて勉強ができそうだった。


「クイニー、あのね。……今日、楽しかった」

「……でしょー?」


 クイニーはへへっと笑うと、ほんの少し照れたように、寝返りをうって顔をクッションにうずめた。


***


 三回目の発進訓練では、小雨が降っていた。座学の教室から更衣室に向かう間、外廊下を通ったエマは、ひんやりとした気配に首をすくめた。糸のような細かい雨が、風に乗って降り込んでいる。


「げ。雨じゃん。めんどくさ」


 あとからやってきたクイニーが顔をしかめる。クイニーの友人たちも合流するが、エマは以前のようには物怖じしない。パーティという名の勉強会のおかげで、数人とはときどき話すようになっていた。


「雨降るって言ったでしょー? 湿気であたしの髪に癖が出てるもん」

「いやー、メリッサの癖毛センサー、なめてたわ」


 エマはタブレット端末の入ったカバンが雨で濡れないように抱えて、クイニーにたずねた。


「雨のときって、何か注意することある?」

「知らなーい。今までの発進訓練、晴れてたし」


 じゃあね、とクイニーたちが横を通り過ぎて行く。笑い声が遠ざかって行く気配に、エマは眉尻を下げた。外廊下にぽつんと取り残されたような気持ちだ。


 ──以前だったら、なんてことはなかったのに。


 これまで、エマは気が合う少数の友人といるか、一人でいることが多かった。クイニーのパーティに参加してから、急に寂しがり屋になってしまったような気がする。


 エマはぶんぶんと頭を振って打ち消すと、更衣室へと向かった。

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