第四話
「ナイラの評価はSだったんだってさー」
学生寮の自室に戻ると、クイニーがベッドにどさりと倒れ込みながらつぶやいた。
エマは自分のタブレット端末をそっと視界の隅に置きながら、クイニーにたずねた。
「クイニーは?」
「あたしはA。くっそー。まだ遠い」
──クイニーが遠いなら、私はもっと遠い。
エマはそっと目を伏せて、発進訓練の評価が届いたタブレット端末を片付けた。クイニーに自分の評価を聞かれないことが、ほんの少しだけ胸に刺さる。エマの成績には興味がないのだろう。
「あー。どうやってんだろ、これ」
クイニーが放り出した脚をじたばたさせる。ナイラの発進訓練の映像を見ているらしい。
相部屋のチャイムが鳴った。エマが出ようと腰を浮かせたところで、「あたしが出るー」とクイニーが跳ね起きる。
訪問者はクイニーの友達だった。鋼鉄製の扉が横に開いて、奇抜な色に染めた髪が、玄関の向こうに見えた。
「クイニー、遊ぼー」
「おっけー! ……エマ、一緒に来る?」
ニヤリと笑ったクイニーが、どうせ断るんでしょ、と言っているようで、エマはほんの少しムッとした。今は、タブレット端末を開いて勉強したくない。
「……行く」
「え? 来るの?」
エマはタブレット端末をつっこんだカバンを肩に提げて、淡い緑色の目を丸くするクイニーの横に並んだ。たまには遊びに行くのも悪くない。
本当は、もう少しうまく発進できるつもりだったのだ。睡眠不足で訓練中に戻してしまって、むしゃくしゃしていた。それをクイニーに八つ当たりしそうな自分も、嫌だった。
エマとクイニーたちは街にくり出して、食料品店で飲み物とお菓子を買った。そのままどこかに出かけるのかとエマがたずねると、クイニーは首を横に振った。
「今日はちがーう。買い物に出かけることもあるけどね」
一行は学生寮に戻ると、小さめのリクリエーションルームを借りた。エマは首をすくめて、初めて入室するリクリエーションルームにおそるおそる入る。大きなソファとテーブル、モニターがあって、一昔前に流行ったカラオケボックスのような雰囲気だ。
自動で電気がつくと、クイニーの友人たちは慣れた様子でどっかりとソファに座った。
「映像、モニターに映せるー?」
「あいよー」
「空調ききすぎー! もうちょい温度上げてー」
「エマ、何か飲む?」
誰も指示していないのに、めいめいが何かの準備をしている。エマはうろたえながら自分も手伝おうとしたが、勝手がわからない。
ひとしきり準備を終えたあと、クイニーの友人がモニター横のマイクを握った。
「そーれではー! 本日のパーティーをはじめまぁーす!」
「いえーい!」
何がはじまるのかと困惑しているエマの前に、次々と飲み物やお菓子が並ぶ。ポテトチップス、チョコレート、クッキー、グミ、マシュマロ……一度にこんなたくさんの種類のお菓子が並んでいるのを見たことがない。
「エマ、好きに食べていいからねー」
反りかえったポテトチップスを唇にくわえて、クイニーがアヒルの真似をしている。エマは思わず吹き出して、笑い声をあげた。クイニーは満足そうだ。
「映像流しまーす」
大きなモニターに、タブレット端末から転送された映像が映し出される。ナイラの発進訓練だった。
なんで、と目を見開くエマをよそに、クイニーたちはめいめいに口を開く。
「これさー、前傾姿勢が深いんだよ。その分、空気抵抗が少ないんじゃね?」
「射出時に全身を伸ばしてるじゃん? 今日私も試してみたけど、こんなにタイミング合わないって。ナイラ、なんでこんなにジャストなタイミングで飛べるの?」
お菓子を頬張り、ジュースを飲みながら、好き勝手に気付いた点を話し合っている。クイニーはいつの間にかブーツと靴下を脱いで、ソファの上であぐらをかいていた。
「パーティ……なんじゃないの?」
「パーティだよ?」
エマの疑問にクイニーたちは笑うと、ソファの上に寝転んで脚をばたばたさせたり、マイクで「打倒! ナイラ!」と絶叫したり、脱いだ靴下をぶんぶんと振り回したり、タンバリンを鳴らしたりした。
エマの肩から、どっと力が抜けた。こんな勉強方法があるなんて、考えてもみなかった。一人では気付けないことも、互いに共有して知識に落とし込んでいる。今日のクイニーの発進訓練を思い出してみれば、その成果は明白だ。
モニターの中で、ナイラが宙吊りにならずに落下していく。落下速度がコントロールされていて、着地がゆっくりと優雅だ。
画面に見入っていたクイニーが、興奮して唇を尖らせた。
「ここ! ここだよ! ナイラって、落下するときに魔法使うじゃん? あれ、どうやってんのかな?」
「そーこなんだよ! 発進時に重力制御の魔法使うと、次の展開、間に合わないんだよね」
「まさか、二つ同時に魔法使ってるわけ?」
射出時に身体強化や重力制御の魔法を使うと、どうしても発進後の落下に、次の魔法が間に合わない。
先ほどまでにぎやかだったのに、クッキーを食べる音がボリボリと部屋に響いている。クイニーたちはお手上げのようだった。
「さっぱりわからん。ここ、ほんと想像つかない」
「クイニー、いつもみたいに『私にもできるもん』って言わないの?」
「言えない! ったくさー、名前負けもいいところだよね。クイニーってクイーンみたいなのにさ!」
クイニーがふてくされる横で、エマは手を止める。
──もしかして。
「あの」
エマは小さく挙手して、こわごわと声を上げた。




