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イカロスの翼では届かない  作者: 網笠せい
第七章 空も海も越えて
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第五話

 敵性生物の足元に回り込んだナイラが、ブレードの刃を上に向けて最大速力で飛ぶのが、エマには見えた。自由奔放だった軌道と連撃が、力強く一直線になった。先ほどまでの動きとは印象が違う。おそらくナイラの聴いている音楽が変わったのだろう。


 ジェット噴射の勢いで真っ二つに切れるはずの敵性生物は、硬い外殻でナイラの攻撃を弾いた。


 ナイラが息を呑む様子が、インカムを通してエマに伝わってくる。攻撃が弾かれたナイラの手には、かなりの衝撃があるはずだ。エマは迷わず引き金を引き、援護射撃で敵性生物の注意をナイラから逸らした。


 近接戦闘から離脱したナイラの真下で、敵性生物がぐっと身体を縮めて丸まった。


「転がってくる!」


 エマはナイラの手を引いて上空へと放り投げ、真下にいる敵性生物と自分たちとの間に魔法シールドを展開する。敵性生物はわずかに助走をつけると、ゴム毬のようにはずんで上空へと攻撃を仕掛けてきた。


≪敵性生物、上空への攻撃確認!≫

「うっそ! 空にまで攻撃してくんの! エマ! 早く逃げて!」


 インカムを通してメリッサの叫びが聞こえてきた。エマはぶるりと身震いしてから、前に向けて構えていた両手を伸ばした。


 ──逃げたって、追いかけてくるなら……!


 シールドの魔法陣からやわらかな光があふれ、敵性生物の攻撃を受け止める。負荷で腕全体が震える。すさまじい衝撃を魔法シールドで受け止めながら、反動を使ってエマはナイラを上空へと退避させた。


 ──初めて敵性生物と戦ったときよりは、大きなシールドが張れるようになったかな。


 エマの脳裏に、幼い頃に見た女性士官の魔法シールドが思い浮かんだ。あの女性士官が展開したような、住宅街を丸ごと覆うほどの魔法シールドではないが、敵性生物の体当たりは防ぐことができた。


 ──よかった……。


 ほっと意識を薄れさせそうになるエマの耳に、自分の名前を呼ぶ声が飛び込んできて、我に返る。


「……エマ! エマ!」


 顔を上げたエマに、ナイラがブレードを投げる。エマはそれを空中で握りしめると、強化パーツのジェット噴射を最大出力にして、敵性生物に向かって降下した。すさまじい重力がエマの身体にずっしりと乗る。バックパックの推進力で、さらに背中から押し込まれるようだ。エマは奥歯を噛み締めて耐えた。


 ──5メートル……3メートル……。


 ゴーグル越しの視界の端で、エマの金色の髪がばたばたとなびいている。空気抵抗を浴びながら、エマはブレードを構えた。


 ──腕だけで振っちゃダメ。重力もジェット噴射の推進力も乗せて!


 ゴム毬のように弾んで体当たりを仕掛けてきた敵性生物をかわす。攻撃が外れたのを悟った敵が、身体を伸ばした。エマはその瞬間を見逃さずに突き進み、敵の片目にブレードを突き立てる。


 ずぶずぶと、海の底に沈んでいくような、不気味な手応えがあった。


 ──イカロスの翼って、海に近づいても、湿気で蝋が溶けてしまうんだっけ。


 敵性生物が痛みにうめくように頭をのけぞらせて暴れ回っている。エマはブレードから手を離して、遠心力のかかるまま、宙に投げ出された。


 空にいる間、ずっと鼓膜を震わせていたジェット噴射の音が遠くに聞こえるような気がして、エマは手足から力を抜く。


 ──ダメだ。私も落ちちゃう。


 頭の隅にそんな考えが浮かぶが、身体が動かない。


「エマ!」


 跳ね飛ばされていくエマの手を、しっかりとつかむ手があった。パイロットスーツに包まれた褐色の手が、エマをくるりと旋回させる。


「届いた!」

「ナイラ……?」

「よくやったわ、エマ」


 ナイラはすぐに手榴弾のピンを抜いて、敵性生物の口にいくつも喰らわせる。エマは重い身体を引きずるように自動小銃を構えると、引き金を引いた。手榴弾を片っ端から撃ち抜いて、敵性生物が吐き出す前に口の中で爆破していく。


 爆風と衝撃波がやってくる。エマとナイラはその衝撃に逆らわずに後退し、敵との距離をとった。


 断末魔の叫びが聞こえる。


 敵性生物は一度、自分がやってきた空を見上げるような動きをして、地面に崩れ落ちた。


≪標的、沈黙。動きません! パルス確認……停止しています!≫


 管制科の通信のあと、一瞬の緊迫した沈黙が流れる。通信のうしろで、わっと騒ぐ声があがった。


 エマは呆然としながら、ナイラに支えられて小隊に戻った。極度の緊張が解けて、身体を動かすのがひどく億劫だった。


「ぎゃー! ほんとにやったじゃん! エマ!」

「エマって、近接戦闘できたんだ」

「……ナイラに教わったの」

 

 いまだに実感がわかず、呆けているエマの肩を、ナイラがそっと揺さぶる。


「……本当に、よくやったわ、エマ」


 ナイラの黒目がちの大きな瞳が、そっと細められる。


 ──ナイラが、笑ってる。


 ナイラの笑顔に戸惑いながら、エマは自分の手を握りしめた。この手で魔法シールドを展開して味方を守り、敵性生物を倒したことが不思議だった。


「エーマー!」


 次々と寄ってきた同級生たちが、エマの握りしめた手に軽くタッチしていく。メリッサが泣きながらエマの髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回して、ゴーグルがずれた。


「でかした! えらいぞ、エマ!」

「もう、犬じゃないんだから」


 健闘を讃える輪の中心にいたエマは、ようやくわずかに実感がわいてきて、ぎこちなく頬をほころばせた。

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