第六話
卒業式までの日々は、あわただしく過ぎていった。学生寮の自室の窓から、うららかな日差しが差し込んでいる。エマは洗い立ての式典用の制服に袖を通すと、慣れないネクタイを締めた。化粧をした自分の顔が、ほんの少し大人に見える。
帽子をかぶって、はみ出した髪の毛を整える。よし、と自分の頬に手を当てて、化粧をしていたことに気付いて慌てた。
「エマ、準備はできたの?」
「うん。お待たせ」
先に準備が済んでいたナイラと、学生寮の自室を出る。あと数時間で、この部屋ともお別れだ。荷物の大半は、すでに故郷に送っている。こつこつと足音を響かせながら学生寮の階段を降りていたエマは、食堂の前でふと足を止めた。
今日のメニューが表示されるサイネージを、食堂のおばさんが出している。予科を卒業するとき、クイニーが食堂のおばさんにあいさつをしていたことを、エマは思い出した。
「おはようございます」
「あら、おはよう。今日は卒業式ねぇ。おめでとう」
「二年間、美味しいご飯をありがとうございました!」
エマが敬礼すると、食堂のおばさんは何度もうなずいて、涙を堪えるようにぎゅっと目を細めた。
「元気でね。身体には気をつけて。ちゃんと食べるんだよ」
「はい!」
少し離れたところで見守っていたナイラと合流して、エマは卒業式典が開かれるホールへと向かう。やさしい風が吹くホール前には、卒業生たちが列を作りはじめていた。
「とうとう卒業だねぇ」
「予科も入れると四年間、私たち、よくがんばったよね」
「本科に来たばっかのときの発進訓練、やばかったよね」
「あんた、頭から突っ込んでたよね」
積もる話に花を咲かせていると、すぐに入場時間が来た。吹奏楽の演奏が流れる中、エマたちはホールに足を踏み入れる。拍手と演奏に迎えられながら席に向かい、「着席」の号令とともに椅子に腰を下ろす。
「皆さんは今日、この士官学校を巣立つわけですが、ここで学んだことを忘れずに、これからもそれぞれの道に邁進してください」
校長や理事長の話を背筋を伸ばして聞くうち、あっという間に卒業式典は終わった。エマは緊張する自分を落ち着かせるように大きく息を吸って、卒業証書を受け取った。卒業証書を手に、順番にホールを出た卒業生たちがふと空を見上げた。
強化パーツのジェット噴射の音が聞こえる。教官たちのお祝いなのだろう、空に「おめでとう」の文字が飛行機雲で描かれていた。
「わあ……」
「教官たちとも、お別れだものね」
「ねーねー! 卒業式恒例のアレ、やろう!」
エマとナイラが空を見上げていると、メリッサが駆け寄ってきて、帽子を手にニヤリと笑った。
近くにいた王立魔法士官学校の二年生たちは円陣を組み、帽子のつばに手を添える。
「ちょい待ち、動画撮っとこ」
円陣の中央に、いくつもの携帯型端末が置かれた。
「せーの! 卒業、おめでとうー!」
同級生たちが帽子を空に向かって投げる。エマは空から戻ってきた帽子をキャッチして笑った。隣でナイラが帽子をかぶり直して微笑んでいる。
「このあとどうする?」
「街に遊びに行く!」
同級生たちとひとしきりはしゃいだあと、エマは学生寮の自室に向かう。新たに士官学校本科にやってくる一年生のために、部屋を開けておかなくてはならない。
「この学校とも、お別れだね」
懐かしい道のりをながめながら歩いていたエマの耳に、金属製の門ががしゃんと鳴る音が聞こえた。
「エーマー!」
エマは帽子をかぶったまま、つばをほんの少し持ち上げる。門の向こうで、亜麻色の髪が揺れている。驚きでエマの空色の瞳が見開かれた。見慣れた顔があった。
「え、クイニー!? なんで!?」
「卒業式でしょー? メリッサから聞いて、お祝いに来た!」
「まあ、ありがとう」
「あとで、みんなでナッティーズ・バーガーに行こうぜ!」
「え、じゃあ急いで着替えてくる! ちょっと待ってて!」
エマとナイラは急いで自室に戻る。弾んだ足音が、階段に反響する。すぐさま私服に着替えて残っていた荷物を持つと、二人は部屋を出た。
「あ、ちょっと待って」
「……どうしたの?」
「……お世話になりました!」
本科に進学したときと同じ状態になった部屋に向かって、エマは敬礼した。横でナイラが遅れて、同じように敬礼する。
急いで階段を降りて門の外に出ると、クイニーが退屈そうに自分の爪をながめていた。
「クイニー、お待たせ。久しぶりだね」
「ほんと、久しぶりー」
「メッセージでは話してたけどね。……元気だった?」
「もちろん! 最近ねー、ネイルにハマってんの! ほら見て!」
「かわいいわね」
「でっしょぉー? 今日のはちょっと、気合い入れてみた!」
王立魔法士官学校の外で、三人は街に向かう。エマとナイラのかばんで、小さなおそろいのぬいぐるみが揺れた。
エマは足を止めて、空を見上げる。士官学校の後輩たちが、強化パーツを装着して空を飛んでいる。
──神話のイカロスは、空高く飛びすぎて、落ちちゃったけど。
もしも何人かで飛んで、手を繋いでいたら、助け合えたのかもしれない。
「ねえ、メリッサも呼ぶ?」
「いいねー!」
そんなことを考えるエマの両手を、ナイラとクイニーがそれぞれ引っ張った。
<おわり>
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今回、参考資料は各話の後書きに記載しています。
この作品は「小説家になろう」の「お題で飛び込む新しい世界・戦記」でSF小説『アウトサイダー』が受賞した際に、有山リョウ先生からいただいた講評を活かした作品をと書いたものです。
有山先生、その節はありがとうございました。
連載中に作品への率直な感想を聞かせてくれた玉菜さんも、ありがとうございました。
おかげで改稿・推敲が進み、作品のクオリティが上がったと考えています。
2026.5.13 網笠せい
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