第二話
午前中の授業が終わって、エマは一度学生寮の食堂に昼食を摂りに戻った。食堂内の壁にかかったモニターに、敵性生物の襲撃現場の映像が流れている。今朝のニュース映像のようだ。
「今日はやたらと多いみたいね」
一年生たちの話し声が聞こえてくる。エマは胸をざわつかせて少し画面をながめたあと、トレイを持って料理の前に並んだ。
──敵性生物が、各地を一斉襲撃してるってこと?
各地には魔法士官の駐屯地がある。魔法士官はすぐに出撃して敵性生物を撃退していくだろうが、人員数にも装備にも限りがある。各地で一斉に襲撃があったとなれば、他の駐屯地からの応援も難しいだろう。
エマはトレイを持つ手に力をこめた。あと一ヶ月で卒業するエマたち二年生にも、魔法士官から応援要請が来るかもしれない。食い入るように画面を見つめていたエマの目の前が、突然赤く染まった。緊急事態を知らせる赤いランプが点滅している。不安をかき立てるようなアラート音が鳴り響き、食堂内の喧騒がかき消された。
「なに?」
「緊急放送。未確認飛行物体が本校に接近中。現在調査中です。学生の皆さんは、その場で耐衝撃姿勢をとって、待機してください」
エマは放送を聞くや否や、手にしていたトレイを戻して駆け出した。耐衝撃姿勢をとっていた他の学生たちが「危ないから、指示に従って!」と声を上げるのを振り切って、カタパルトへと向かう。学生寮を飛び出して運動場の前を通ったとき、放送が聞こえてきた。
「未確認飛行物体が男子部敷地内に落下。敵性生物と判明しました。本学の一年生は、すみやかにホールへの避難をお願いします。二年生は各科の実習棟へ。戦闘科の二年生は、すぐにカタパルト前に集合してください」
息を切らせてカタパルト前に到着したエマに、教官が「すぐに戦闘準備に入れ」と指示を出す。生徒たちが次々とやってきて、更衣室に滑り込んだ。
エマが手早くパイロットスーツに着替えていると、隣にナイラがやってきた。ロッカーを開けるナイラの手が小刻みに震えている。心なしか呼吸も乱れているような気がした。
──前回敵性生物と戦ったとき、あんなことになったから。
ナイラはエマの視線に気付くと、強張った笑みを頬に浮かべた。
「情けないわよね。……頭ではわかってるの。今はこう動けばいいんだって。でも身体が動かない。怖いって気持ちで頭がいっぱいになる」
ナイラの伏せたまつ毛が震えている。エマはナイラの手をぎゅっと握りしめた。エマの手も、かすかに震えて白くなっている。
「ごめん、力、入れすぎちゃったかも」
「エマ、あなたも怖いのね」
「……うん。だけどやらなきゃ、大事な人が傷つけられちゃうかもしれないから。……そのために、たくさん訓練してきたんだし」
「憧れの人みたいに?」
「そう。……そうだよね」
エマは手を離して強化パーツを装着する。そうして、できるだけナイラの不安を取り除けるよう、にっこりと笑いかけた。
***
待合室は、強化パーツを装着した同級生たちで混雑していた。教官が学内の地図を表示して、敵性生物の位置を示す。
「標的は男子部のフィールドに落下した。軍には報告と出撃要請をしたが、到着は未定。各地を襲撃している敵性生物の対応に追われていて、ここに来られるかはわからない」
教官の声に生徒たちがざわついた。エマは先ほど食堂で見たニュース映像を思い出す。いくら魔法士官たちが強いといっても、各地に点在している敵性生物を立て続けに撃破していくのは難しい。移動時間や補給を考えても、何度も連戦するのは無理がある。
エマは隣にいるナイラの様子をうかがうが、唇の血色が悪い。こわごわと息を吐き出す様子が伝わってきて、エマはナイラの手を握った。
「極力学内で対応して欲しいとのことだ。現在戦術科が作戦立案中だが、おそらく前回のような威嚇射撃による戦闘ではないだろう」
教官の言葉に、戦闘科の二年生たちがうなずく。彼女たちの表情は一様に険しい。
「先生、男子部の戦闘科は?」
「先行して威力偵察を行っている。今、映像を出す」
映像が切り替わって、アルマジロのような硬い殻に覆われた敵性生物が表示された。敵性生物の吸収能力を低下させる化学兵器が、戦車の砲塔から発射される。遠くから放たれた砲弾が弾かれる様子が見えた。
「ご覧の通り、敵性生物に化学兵器さえ弾かれている状態だ。つまり吸収能力を抑えられていない。こちらの攻撃も微々たるダメージしか与えられていない。敵性生物はときおり丸まって転がってくる。すでに男子部の数名が負傷している。くれぐれも、無理はするな。……それでは、散会! 各自出撃準備に入れ!」
「はい!」
教官の言葉を聞いて、戦闘科の二年生たちは次々とカタパルトに上っていく。先に発進する生徒たちのジェット音を聞きながら、エマはナイラと階段を駆け上がった。




