第一話
学生寮の窓からじわじわと染み込んでくる冬の寒さに震えながら、エマは自室で毛布をかぶった。もうすぐ就寝時間になる。部屋の明かりを消すと、ナイラの机の上にある写真立てがぼんやりと発光して、徐々に暗闇に馴染んでいった。
「ねぇ、ナイラ。ナイラはいつ、他の人から才能を供与されたの?」
暗い部屋の中で、身じろぎをする気配がある。ポッド型ベッドの光が、じんわりと明滅していた。まだベッドのフタを閉めていないのだろう。ナイラの静かな声が、ぽつりと聞こえた。
「子供の頃よ。両親は優秀な子供が欲しかったみたい」
「……そうなんだ」
「子供に最適な環境を用意する親っているでしょう? 教育熱心な親は、いつの時代にもいるわ。才能供与ってきっと、その延長線上なんでしょうね。……でも昔は、ちょっと悩んだこともあった。優秀ならっていう、条件付きの愛情なんじゃないかって」
エマはとっさに言葉が出てこなくなって、口をつぐむ。エマはナイラの両親を知らない。ナイラの写真立ての中にも、彼女の両親の姿はない。
エマは自分の両親はどうだっただろうと思い出すが、頭をよぎるのはごく普通の暮らしだ。庭には大きな木があって、父が作ったブランコがある。幼いエマはブランコに座って、よくタブレット端末で自分たちの住む街を守った女性士官の勇姿をながめた。
「大半のことは、すぐにできてしまうの。他人から供与された才能があるから。……みんな、それを褒めそやすわ。天才だ、優秀だってね。でもそういう人たちが褒めているのは、私じゃない。供与された経験や記憶なのよ。……それは、私の経験や記憶じゃない」
「……じゃあ、授業で褒められるのも、複雑だった?」
エマはベッドの上でまばたきをする。暗闇に目が慣れてきて、ナイラの輪郭がぼんやりと見えた。
「……ええ。才能を供与された人間だもの。できて当たり前よ。……エマは以前、ズルだって言ったわね。私もそう思う。でも私は、子供の頃からこの技術と生きてきた。私には選択権がなかったの、初めから」
エマは暗闇の中で目を凝らして、ナイラの様子を探る。輪郭がおぼろげに見えるだけで、ナイラの様子は見えない。ポッド型ベッドの明かりがゆるやかに灯り、だんだんと暗くなっていく。
「あのときは言いすぎたね。ごめん」
「エマがそう思うのは当然のことよ。謝るようなことじゃないわ。……ねぇ、エマはどうして士官学校に?」
エマはベッドの上に身体を横たえたまま、ぼんやりと天井を見つめた。
「子供の頃、ニュースで見たんだ。私の住んでた街に、空から敵性生物が降ってきてね。強化パーツを装着した女性士官が、魔法シールドで防いでくれた。……それを見て、かっこいいなって」
「そう。憧れがきっかけだったのね。……今はどう?」
「変わらないよ。私のより、ずっと大きな魔法シールドだった。自分で魔法シールドが発動できるようになって、ますます、あの人はすごかったんだなって」
暗闇の中で、ナイラがかすかに笑う気配がした。
「エマらしいわ」
「ナイラはどうしてこの学校に?」
「……そうしなさいって、親が。最初は、どうして? って思ったこともあったけど……供与してもらった才能を活かすのは、合理的だわ」
ナイラが一度、大きく息をついた。
「飛べなくなった人たちの夢を背負う気でいたこともある。……だけど、敵性生物に撃墜されてから……私に才能を供与してくれた人たちは、こんな気持ちだったんだって思うようになった。身体を思うように動かせないのって、苦しいのね。……そこからね、エマが言うように、他人から奪った気持ちになることもあった。……でも技術自体に、基本的に善悪はないはずだわ。自分がどう感じるか、どの立場から見るかで、変わるだけ」
ナイラがリハビリに苦戦していたことを、エマはモヤのかかりはじめた頭の中で思い出す。ナイラが苦しんでいたのは、ケガで身体がままならないことや、自分の才能が誰かに供与されるかもしれないという恐怖や、責任感なのだとばかり考えていた。
──他人から、奪ったかもしれないってことまで考えてたんだ。
暗闇の中で、ナイラがポッド型ベッドに身体を横たえる気配がした。
「エマが本気でぶつかってくれたから、違和感を持ったのよ。今まで誰も、そんなことは言わなかった。だからエマは、私にないものを持ってる。……そんなふうに考えてるわ」
「空気読めないって……クイニーには、言われたよ」
エマのまぶたがゆっくりと落ちていく。寝ぼけながら声をあげたエマに、ナイラはくすくすとささやかな笑い声をあげた。
「おやすみなさい、エマ。もう寝不足で、クマは作らないようにね」




