第三話
エマが夕食後にナイラの練習に付き合うようになって、しばらく経った。夜が近づいてくると、運動場に木刀のぶつかる音がよく響く。
「お、今日もやってるー。見てたよー」
近くを通りがかったメリッサが足を止めてひらひらと手を振るのが、木刀を構えるエマの目に入った。
「雨じゃない日はいつも練習してんね」
「勉強になってるよ」
「そっか」
エマとナイラが近接戦闘の自主練習に励む横で、メリッサがぼんやりとしている。しばらくながめていたようだが、飽きたのか、音楽を流しはじめた。アップテンポのロックだ。
「いえーい」
ポーズまでとってうさぎのように小刻みに跳ねはじめたメリッサに、エマは渋い顔をした。
「ねぇ、メリッサ……」
音楽を止めてもらおうとエマが声を出したとき、ナイラが打ち込んできた。あわてて後方に飛び退いて、エマは体勢を立て直す。そうこうするうちにも、ナイラが間合いを詰めてくる。
「ちょっと待ってって!」
「よそ見しない」
ナイラが木刀を横薙ぎに払う。ひゅっという空気を切る音のあとで、エマの木刀に重い衝撃がある。刃を寝かせて受け、押し返す。
ナイラは後方に下がると、構えを解いてまじまじと自分の手を見つめた。
「……できた」
「さっきの?」
「そう。……どうして?」
エマとナイラの視線が、メリッサに向く。メリッサは癖毛を指に巻き付ける仕草を忘れて、音楽に合わせてエアギターを披露している。斜めに構えた木刀の上で、かき鳴らすように手を動かしていた。
エマとナイラの視線を受けて、メリッサの動きが止まる。高々と掲げていた手が、だんだんと萎れていく。
「……え、私? 何かした?」
「メリッサ、もう一回さっきの曲、流して!」
身を乗り出したナイラに、メリッサはうれしそうな顔でニヤリと笑った。
「お、ナイラもこのよさがわかるー? ここのギターソロ、めっちゃかっこいいよね。私、この曲クイニーに教わってさぁ、ヘビロテしてんの」
「誰の、なんていう曲!?」
***
夕食後の自主訓練はつづいていた。ナイラはメリッサから教わった音楽をイヤホンで流しながら、木刀を振るう。受け止めるエマも、次第に上達しつつあった。
──こんなことって、あるんだな。
エマは奇跡の目撃者になったような気さえする。音に合わせて動くナイラの身体からは、余計な力が抜けているようだ。
昔から、戦闘集団に音楽隊がいる理由がわかったような気がする。おそらく、ナイラとエマのように考え込んでしまう人や、恐怖にとらわれてしまう人の意識を逸らすのに、音楽は一役買っていたのだろう。人の心を支える、ほんの少し背中を押すという点で、音楽は有効だ。
「きっと、音楽に合わせて呼吸や間の取り方が変わるのね」
ナイラは元々近接戦闘も得意だったが、音楽に合わせて打ち込みの緩急が変わり、太刀筋を読みにくくなった。
「違う曲だと、どうなるのかしら」
調子を取り戻しつつあるナイラは、興味津々といった様子で色々な楽曲を試しているようだった。エマも聴かせてもらったが、ジャンルはさまざまだった。
「でも、通信や戦場の音が聞こえにくくなるんじゃ……困らない?」
ためらいがちに止めるエマに、ナイラは意味ありげな笑みを浮かべた。桜色の唇に、うっすら苦味が乗っている。
そういえばナイラは、元々そういった通信をあまり聞いていなかった。話しかけても、返事がないことが多々あった。
「……強化パーツのジェット噴射と空気を切る音で、あまり聞こえないのよ」
──さすがに、そんなことはないでしょ。
言い訳めいて語尾を濁したナイラに、エマは金色の髪をかいて、同じように苦笑いをした。
おそらくナイラは集中しているのだろう。けれどもそれを止める側の身にもなって欲しいと、エマはため息をついた。




