第二話
学生寮で夕食を摂ったあと、運動場でナイラが自主訓練をしている──エマがそれを知ったのは、数日後のことだった。夜遅くまで自室に帰って来ず、帰ってきたら汗をびっしょりとかいている。
運動場の端にある木杭に、木刀で何度も切りつけていた。エマは膝の上に頬杖をついて、その様子をぼんやりとながめた。
「自主練では、振り抜けが止まることはないのにね」
「そうね。……でもこうやって……慣れるしかない」
ナイラが木刀を振るたびに、木杭に当たって小気味いい音を立てる。エマは立ち上がって木刀をもう一本用意すると、ナイラの前に立った。
「手合わせ? ……あなた、近接戦闘は苦手でしょうに」
「私の訓練にもなるから」
「吹き飛ばされても知らないわよ」
木刀を構えたエマに、ナイラが振りかぶる。ナイラの木刀を受けた瞬間、一際いい音がして、エマの両手がしびれた。
「実際に戦闘で使うブレードは、刃の上にビームコーティングがしてあるの。だからブレードが当たれば、それだけで切れるわ」
鍔迫り合いのあと、ナイラは半歩下がってすぐに打ち込んでくる。
「だけど、ブレードの刃の向きを間違えてはダメ。全然威力が違うから」
手首をわずかにひねった状態で、ナイラがエマの木刀に打ち込みを入れる。先ほどと同じ踏み込みなのに、かつんという木刀がぶつかる音が小さく聞こえた。
「刃はまっすぐ。あまり力は入れないでいい。……エマ、あなた釣りはしたことある?」
「ないよ」
「釣糸を投げ入れるときの動きに似ているわ」
エマは木刀を上段に構えて、ふっと振り下ろす。空気を切る音が、少し変わった気がした。
「それから振り下ろすときに、握り込む手に力を入れる。台拭きをしぼるときみたいに」
「そのまま握っちゃうね」
「しぼるように力を入れる方がいいわ。……同時に、身体の重心を落とす」
ナイラの打ち込みが急に重く感じられて、エマは木刀を思わず取り落とした。
「……空中では、重心の移動は難しいけど」
付け加えたナイラに、エマは木刀を拾って構え直しながらたずねた。木刀の持ち手がざらついているような気がする。
「空ではどうしてるの?」
「ジェット噴射を1秒ほど切って、落下の重力を乗せる。重力制御魔法を使って重みを出す子もいるわね」
「それを一気にしてるの? ……目が回りそう」
悩みつつ木刀を振り下ろすエマに、ナイラは小さく笑った。
「だから近接戦闘する人は、あまり多くない。弾切れがないことは長所だけど、ブレードの当て方によっては刃こぼれしたり、コーティングの出力装置に異常が出たりするから」
「でも、誤射はしにくいよね」
「そうね。だから乱戦では強いわ」
ナイラが木刀を構えて踏み込んでくる。エマはそれを受けながら、きゅっと手元を握り込んだ。
「そう、それ。受けるときは、刃を横に寝かせて、刃の上を滑らせるイメージで」
エマは足の位置をずらして、木刀の向きをほんの少し変える。ナイラの木刀がするりと滑っていく。
「ここで気をつけるのは、手元。滑った先に手があると、当たってしまうから。……だからブレードの鍔には、対ビームコーティングがしてある。弾けるようにね。でも過信すると、スパッと行くわ。だからそうなる前に……エマ、打ち込んできてみて」
ナイラの言葉に従って、エマは木刀を振り下ろす。エマの一撃を受け止めたナイラは、刃が滑る途中で、そのまま木刀をエマの方へと押し出した。
「……こんな感じで、押し返す」
「ねぇ、すごく難しいんだけど。一瞬で判断するようなことが多すぎない?」
「慣れよ。……普段自分のしている動きを言語化して、再確認してみたの」
頭の中で一つ一つに意識を向けると、手元が止まってしまいそうになる。エマは悩みながら踏み込み、ナイラの木刀に打ち込んだ。ナイラが半歩退いてかわそうとする。かわしきれなかったナイラが木刀で受けた。
「エマ、あなた……距離感をつかむの、うまいんじゃない?」
「そう? ありがとう」
ナイラが木刀を横薙ぎに払う。エマは驚いて木刀を構える位置を変える。木刀同士がぶつかるその間際に、ナイラの手からふっと力が抜けた。先日の戦闘訓練で見たのと、似た動きだった。
「……これよ。横薙ぎのとき」
ナイラが間合いをとって、じっと手を見つめる。わずかに思案するように首をかしげたあと、すぐに構え直して、木刀を振り上げた。
しばらく互いに打ち合う。木刀同士のカツカツという音が、薄暗くなってきた運動場に響いた。運動場のライトの前を、羽虫が飛んでいる。
参考資料
うさこ様 / 岡田准一様




