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イカロスの翼では届かない  作者: 網笠せい
第五章 おそろいじゃないけど
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第二話

 授業を終えると、エマは急いでナイラの病室へと向かう。医務室にいる医療班の生徒たちとも、すっかり顔見知りになった。医務室前の廊下ですれ違った医療班の生徒に話しかけられて、エマは足を止めた。


「ナイラさん、治療魔法の効きもいいんですよ。臓器の傷もふさがって、もうちょっとで動けそうです!」

「どれくらいで復帰できそうですか?」

「あと一ヶ月くらいかな」


 ナイラがケガをしたときに救護に来てくれた生徒が、うれしそうに笑った。回復魔法がなければ、ナイラの復帰まで半年ほどかかっただろうと医療班の学生から聞いたことがある。エマは医務室詰めの医師や医療班の生徒たちにお礼を言った。


「ナイラのこと、本当にありがとうございました」

「とんでもないです! あたしたちはできることをしただけで」


 医務室前の廊下に夕日が差し込んで、金属製の床に影が落ちている。医療班の生徒が窓から学内を見渡して、エマに笑いかけた。


「敵性生物が攻めてきたとき、学校が破壊されたらどうしようって話してたんですよ。戦闘科の人たちががんばってくれたから、あまり被害も出なかった、ありがたいねって話してて」

「そんな、私たちも自分にできることをしただけだから」


 エマがあわててぶんぶんと両手を振ると、床に落ちた影も一緒に動く。医療班の生徒はくすくすと笑いながら、付け加えた。


「……でもナイラさん、すぐリハビリしようとするから、みんな必死で止めてるんですよ。まだ早いって。エマさんも見かけたら、止めてくださいね」


 医療班の生徒の言葉に、エマは苦笑いしながらうなずいた。その光景が目に浮かぶようだ。いかにもナイラらしい。


「……ナイラさんって、戦闘科の首席なんでしょう? サイン、もらっておこうかな」


 医療班の生徒が笑いながら会釈して帰っていくのを見送って、エマは医務室のセンサーボタンを押した。横開きの扉が開いて、消毒薬の匂いが辺りに漂う。


 エマは白いカーテンを開けて、ナイラのベッドに近付いた。換気のために開けた窓から、やさしい風が吹き込んだ。


「ナイラ、具合はどう?」

「変わらないわ。リハビリしたいのだけど、止められてしまって退屈よ。すぐにでも復帰したいのに」

「看護してくれてる医療班の人が、まだリハビリには早いって言ってたよ」

「……もどかしいわね」


 ナイラが病室の窓から外をながめている。授業を終えた生徒たちが、楽しそうに話しながら学生寮に向かっていく様子が見えた。ナイラはじっとその様子を見つめて、ベッドの上できゅっと手を握りしめた。


 ──ああ、きっと、私と同じだ。


 エマは、ナイラがもどかしいという感情を抱いていることが少しうれしくなった。予科での飛行訓練を思い出す。


 スキージャンプの選手のように、初回から美しい発進をしたナイラの姿が、まるで昨日のことのように頭に浮かんだ。


 ナイラはずっと優秀だった。できないことに対するもどかしさなど無縁なのではないか、そもそも出来が違うのだと、エマは不安に駆られたこともあった。


「動けるようになったら、リハビリしようね」

「早くリハビリできるようになるといいのだけれど」


 ナイラの長い銀髪が、夕日を浴びて輝いている。まつ毛を伏せて寂しそうに微笑んだナイラに、エマはなんと返せばいいのかわからずに、視線を足元に落とした。


「あ、そうだ、今日の授業の内容、送信するね」


 エマがあいまいに微笑んで授業のメモを送信すると、ナイラのタブレット端末のランプが灯った。


***


 エマが見舞いに行くと、ナイラはタブレット端末をタッチペンで操作していた。授業に出られないことへの焦りもあるのだろう。安静にしていた期間は、リアルタイムで授業を受ける許可も下りなかった。負傷から一ヶ月経った今は、タブレット端末を通して病室からオンライン授業を受けているのだという。


「エマのメモ、とてもわかりやすかったわ。おかげで、授業についていけてる」

「ナイラは元々授業についていけてたでしょ。首席なんだから」


 エマが不満そうにむくれると、ナイラはキャビネットの上の写真立てを見つめた。ナイラの部屋から、エマが届けたものだ。証明写真のように正面を向いた画像が、何枚も切り替わっていく。


「……才能を供与してくれた人たちがいるから、知識としては頭の中にあるのよ。データベースみたいに。だけど膨大な量だから、検索キーがないと、使いこなせない。授業や訓練は、検索キーのインプットのようなものよ」

「……前にも少し聞いたね。それってどんな人たちの記憶なの?」

「クイニーみたいに本科に進めなかった人もいれば、引退した魔法士官もいるわ」


 ナイラは写真立てをそっと手にとって、次々と移り変わっていく写真をながめていた。そうして、一人の男性士官らしき人物を指さして「この人は、ケガで引退した魔法士官」とぽつりと言った。


「魔法士官の記憶があるなら、訓練なんて余裕だね」


 エマはそう言ってから、ふと、自分の言葉にトゲがあることに気付く。おそるおそるナイラの表情をのぞきこむ。ナイラは無表情のまま、小さくうなずいた。


「できなきゃいけないのよ、私は。才能を供与してくれた人たちのためにも」


 褐色の肌の中で、ナイラの桜色の唇がかすかに震えたように、エマには見えた。

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