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イカロスの翼では届かない  作者: 網笠せい
第四章 イカロスの翼
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第五話

 遠くで、パタタタ、と威嚇射撃をしている音がして、エマは目を覚ました。どれくらい意識を失っていたのだろう。辺りは日が沈んで、すっかり夜になっていた。


 銃火器が使用される際に、ほんの少し同級生たちの手元が明るくなっているのが見えた。今は合流した男子部の生徒たちが威嚇射撃を行っているようだ。追加の照明弾が空に上がったところで、エマの意識がはっきりする。


「ナイラ!」


 エマは勢いよく起き上がって、ずっしりと身体に乗っているナイラに呼びかけた。まるで心臓が耳の近くにあるように、大きく聞こえる。ナイラの上に乗っていた瓦礫の欠片を次々と払い除けて何度か呼びかけると、ナイラはうっすらと目を開けて、うめき声を出した。


「エマ……無事?」

「私は平気! でもナイラが!」

「そう……よかった」


 ナイラを助け起こそうとしたエマの手に、ぬるっとした感触がある。ひょっとして血だろうかと慄くエマの手に、パイロットスーツのゲル状の冷却剤がべったりついた。


 ──血じゃ、ない……。


 エマは息を詰めていたことに気がついた。ほっと胸を撫でおろすエマの手が、遠くの照明弾の明かりで照らされる。水色のつやつやとした冷却剤をぬぐって、エマはナイラに話しかけた。


「ナイラ、ケガは? 動けそう?」


 ナイラがぐったりと小さくうなずく。返事はない。しかし冷却剤が漏れているということは、パイロットスーツが破損しているということだ。強化パーツを使用した撤退はできない。


 エマは手早くナイラの強化パーツを外すと、管制科に連絡した。強化パーツを固定するベルトから解放されて、ナイラはぐったりと目を閉じた。ナイラは苦しそうに顔を歪め、褐色の肌に脂汗が浮かべている。エマの呼吸が短くなり、焦りばかりが胸の奥から湧き上がった。


「管制科、聞こえますか。戦闘科二年、エマ・リーデルです。負傷者がいます。座標を送りますので、至急救護をお願いします」

≪了解。座標確認しました。今から医療班が向かいます≫


 エマは早口で告げると、膝の上に乗せていたナイラをそっと地面に置く。戦場をながめて、通信に耳を澄ます。同級生たちの奮闘ぶりが伝わってきた。敵性生物に威嚇射撃をしながらも、距離を保っているようだった。


≪王立魔法軍がもうすぐ到着します! 本学生徒は下がって!≫


 管制科の歓喜に満ちた叫びの直後、大きな爆発音がした。まるで隕石が落下したかのような衝撃だ。


≪初撃当たりました! 今の、何?≫

「ビーム砲ー。魔力で威力マシマシにしたから、半分くらいは吹っ飛んだでしょ」


 管制科の生徒の声に、のんびりした返答がある。強化パーツで身を包んだ士官たちが、上空を旋回していた。


≪敵性生物の損傷、57%!≫

「いえーい」


 上空を旋回していた魔法士官は、即座に方向転換して敵性生物に突っ込んでいく。


 ──速い。


 砂煙を吸い込んで荒れた喉を、エマはごくりと鳴らした。


 士官たちの強化パーツは、エマたちが使っているものよりも性能がよく、身体の大半を覆うタイプのものだ。しかしその分、重量もあるはずだ。ものともせずに敵性生物に拳を連続で叩き込んだ魔法士官を唖然と見つめて、エマは夜空を飛び回る魔法士官たちを目で追った。目が回りそうだ。


「医療班です! どいてどいて!」


 ふと地面に目を向けると、医療班の女子生徒がバイクで加速しているのが見えた。キュッと車体をひねって停車する。すぐに瓦礫をどかして救護に必要なスペースを作りはじめた。


「負傷者の救護に来ました!」

「ありがとう! お願いします!」


 バイクのエンジン音が耳の奥に残っているのか、医療班は大きな声でそう言うと、手早くナイラの状態を診察しはじめる。ナイラの身体から、すっかり力が抜けている。


 ──あのナイラが、こんなことになるなんて。


 唇を噛み締めたエマの耳に、場違いな魔法士官たちの声が聞こえてきた。


「ビーム砲、もいっちょよろしく!」

「了解ー」


 魔法士官ののん気な声のあとに、大砲にエネルギーが集約していく。ビーム砲は魔法陣を通りすぎるとさらに大きくなり、敵性生物に向かっていった。ドンという音がして、衝撃波がエマを襲う。エマは頭をかばいながら、救護中のナイラに衝撃が届かないように立ちはだかる。防御シールドを魔法で展開するが、大きさが足りない。


 ──あのときニュースで見た士官とは、大違いだ。


 幼い頃に見た女性士官は、防御シールドで住宅街全体を守った。エマは自分の非力さを痛感しながら、王立魔法軍の士官たちを見守る。敵性生物のツタが、へなりと地面に落ちるのが見えた。士官たちは完全に戦場を制圧していた。


≪敵性生物、沈黙! 動きません!≫

「いえーい。回収担当、あとよろしくー」

「ほとんど消し炭じゃないっスか!」

「まあまあ。かわいい後輩たちの危機なんだから、フルパワーでぶん殴るのも致し方なしってなもんよ」

「この消し炭、持ち帰るときにボロボロ崩れません?」


 けらけらと笑い声をあげて、魔法士官たちがあいさつをするように上空を旋回する。他に敵性生物の影響がないか、確かめているのだろう。


「すごい……どうすれば、あんなふうに」


 エマは夜空を見上げながら、呆然とつぶやく。魔法士官たちの数人が着地して、敵性生物の残骸の回収準備をはじめていた。


 ──場数。装備。訓練。それから……それから、才能。


 その答えに気付いたとき、エマはぐっと息を飲んだ。


 ──ナイラみたいに、誰かから才能を供与されて?


≪敵性生物の分裂等、ありません≫

「おっけー。それじゃ、あたしたちは帰るよー。後輩ちゃんたち、がんばってねー。一緒に戦うの、楽しみにしてるからね! 訓練に励むのだよ!」


 場違いなほど明るい声が通信から聞こえてきて、エマは唇を噛む。きっと魔法士官たちにとって、敵性生物との戦闘は日常茶飯事、よくあることなのだろう。


 ──こんな恐ろしいものと戦ってるの? いつも?


 無意識で握っていたエマの拳が、小刻みに震えている。ナイラが痛みをこらえる声が聞こえて、エマははっと救護の様子を見た。

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