第一話
一年が過ぎて、あっという間に夏が来た。進級して2年生になったエマは整備棟で、額ににじんだ汗を拭った。ケガをしないように安全靴や軍手を装備しているから、余計に暑い。整備の授業中は、機械にさす油や加熱したモーターなど、独特のくぐもった臭いが漂っている。
「あっちぃ……なんで戦闘科の私が、整備やってるんだろ」
強化パーツの配線を見ていた同級生のぼやきに、整備担当の教官はここぞとばかりに目を輝かせた。バックパックを担当していたエマは、教官のいつもの話がはじまる、と身構えた。
「そこ! いい質問ですね!」
ぼやいた生徒が叱られるのではないかと首をすくめる。つなぎを着た整備担当の教官は、大喜びで目を見開いた。エマはスパナの動きを止めて話を聞く。
「皆さんは戦闘科ですから、強化パーツの整備なんてできなくてもいいと考えるかもしれません。……でも、たとえば戦闘中に不時着して、強化パーツが故障したら? ……そう! レストアやメンテナンスが必要です! ……私が戦闘科の皆さんに教えるのは、最低限のメンテナンスとレストア! 本格的な整備は整備科が、新技術の開発は技術科が担当します。もしもこの授業で整備や技術開発が気になったなら……」
「まーたはじまったよ。教官の他科へのスカウト」
興奮した口ぶりで熱く語りつづける教官の言葉を、同級生たちのほとんどは聞き流している。
「先生、バックパックについて質問があります」
エマは軍手に包まれた手を挙げて、教官のスカウトを遮った。
「はい! なんでしょう!?」
「バックパックってジェット噴射がありますよね。発進時に背中やお尻が焦げないのはなぜですか?」
教官が他科へのスカウト話をしはじめると長い。整備の有益さや意義を話し出して、授業時間が終わってしまったことさえある。エマは話を逸らすために、どうでもいい質問をした。その質問の内容に、数人の同級生が吹き出した。
「いい質問です!」
「……なんであんなに声が大きいのかな」
「整備中って機械の音、すごいじゃん。だからじゃないの?」
生徒たちのひそひそ話をよそに、つなぎを着た教官は教室の前方に貼ってあった強化パーツの図面を「ここ! 注目!」とノックした。
「バックパックのジェット噴射ですが、噴射口が斜めについています。そうして身体から距離をとるように、噴射口が少し長めに作られていますね? 戦闘用のバックパックならウイング型ですから、さらに身体からの距離は遠くなるように設計されています。これによって、装着者の安全を確保しているわけですね! 同時に、あなたがたが着ているパイロットスーツ! これも、超高性能の断熱素材を使用しています。薄いゲル状の膜が表面の断熱素材の下にあって、冷却剤の役目を……」
どうでもいい質問をしたはずなのに、予想よりもはるかに高度な答えが返ってきた。エマは目を白黒させながら、タブレット端末にペンを走らせた。
***
本科のカタパルトから、強化パーツを装着した二年生たちが次々と発進していく。青い空に、ジェット噴射の煙がうっすらと飛行機雲を作っている。エマは間近でそれをながめながら、先行しているナイラを探した。
「ナイラのやつ、どこ行った!?」
「ごめん、私も探してるところ」
ジェット噴射の音で、音が聞こえにくい。骨伝導のインカムでやりとりしながら、エマは同級生たちとナイラを探した。
王立魔法士官学校本科の二年生たちは、以前のように無軌道に飛び回ることも、コントロールを失うことも、分厚いクッションに激突することもなくなった。
強化パーツを装着した状態での訓練にも慣れつつある。戦闘用のバックパックはウィング型だ。遠くに見える同級生たちの影が、初夏の空を羽ばたく燕たちのように見えた。フィールドの上空を自由自在に方向転換しながら駆け回っている。
今は、総合戦闘訓練の最中だ。狙撃訓練の模擬戦と同じく、同級生同士で敵味方に分けられている。
地上から敵側の狙撃班が撃ったペイント弾を、エマは空中でくるりと回転してかわした。
「エマ、よけるの上手いよね!」
「ありがと! 急降下して敵の狙撃班、倒してくる」
「わかった、援護する。気をつけてー。それにしてもナイラ、どこ行った? あいつほんと、単独行動好きだよな。おーい、ナイラ! 聞こえてたら返事しろー!」
ナイラからの返事はない。おそらく集中しているのだろう。
「行くよ!」
同級生にそう言い残して、エマは急降下する。重力と空気抵抗の中、ときにきりもみ状に回転して、敵のペイント弾をかわす。エマの動きを読んで狙撃してきた弾に、重力制御の魔法をかけ、弾丸の軌道を変化させた。
敵の狙撃班のいる辺りに着地して、スポンジ製のブレードを振るう。敵の狙撃班にべったりとインクがついた。エマの腕時計型端末に、倒した敵の狙撃班の名前が表示された。
「にゃろう、ナイラのやつ、早過ぎて援護もできない! 単騎で前に出過ぎだって!」
インカムで僚機のぼやきが聞こえてくる。遠くの空で、次々と敵の空撃班が倒されている。エマは少しずつ降下してくる同級生たちをながめる。ナイラが撃墜したのだろうなと、エマは空を見上げた。
「あっつ……」
エマはにじんだ汗を拭うと、宙に再び飛び上がった。




