第五話
クイニーからの返信は早かった。予科の座学教官についてのメッセージをエマが送ると、クイニーは「うちの学校に転任してきたよ!」と画像付きのメッセージをくれた。
元気そうなクイニーの横に、ほんの少し困ったように笑う座学教官がいる。エマはほっと息をついた。二人とも元気そうだ。
≪ナイラとルームメイトになったよ。ナイラの写真立てにクイニーがいたから、久しぶりに連絡してみようかなって≫
≪え、うそ。どんな写真? 一緒に撮った記憶ないんだけど≫
≪証明写真みたいなやつ≫
≪それ、学生課で保管してる身分証明書用のやつじゃね? マジかー! もっと写りのいいやつがよかったー! キラキラ盛り盛りのやつ!≫
エマは携帯型端末を前にして、くすくすと肩を揺らした。クイニーらしい。
クイニーはナイラに写真を渡したことはないという。ならばナイラの写真立てに写っているのは、どれも身分証明書用のデータなのだろう。
エマは、身じろぎもせずに写真立てに見入っているナイラに話しかけた。
「それ、なんの写真?」
ナイラの反応がわずかに遅れる。集中しすぎていて聞こえなかったのかな……とエマがもう一度話そうとしたところで、返事があった。
「これは、私に才能を供与してくれた人たちの写真よ」
「……クイニーみたいに?」
「そう。クイニーもいるでしょ?」
エマの身体にぞわりと鳥肌がたつ。クイニーから才能供与の話を聞かされたときも衝撃だった。しかし次々と写真が入れ替わっていくナイラの写真立てを目の当たりにすると、その衝撃でさえかすむ。
──こんなにたくさん?
エマの喉が、やけに乾いている。うまく言葉が出てこない。うなずくのがやっとだ。ナイラの話は聞こえているのに、頭が理解を拒んでいた。
「忘れないようにしているの。いろんな人がくれた、記憶や経験だから。──誰の記憶や経験か、混ぜてしまうのは失礼だもの」
ナイラが長い銀髪を耳にかける。彼女の表情は波のない日の水面のように、淡々として静かだ。エマの背筋に冷たいものが落ちていく。
「……あなたたちは私をすごいと言うけれど、当たり前よ。だって私の知識も経験も、私一人のものじゃないから」
予科時代、ナイラが初回の発進訓練で見せたスキージャンプのように見事な発進。本科に進学して、強化パーツをつけた状態で行った発進訓練──。いくつかの記憶が、エマの脳裏をよぎる。エマは心の底から身震いした。
ナイラはどうすればいいのかを、最初から知っていたのだろう。
「供与された記憶や経験は、データベースみたいなものよ。でもきっかけがないとアクセスできない。……だから、モニターを見てた。その訓練の記憶や経験に該当するものが、自分の中にあるかどうかを調べるために」
ナイラの自嘲を含んだ笑みに、エマの混乱していた頭がゆっくりと冴えていく。エマは理解しようとするのをやめた。理解してはいけないと、直感が警告している。
「……クイニーの方が、優秀だったかもね」
窓の外を吹く風が、びゅうと不気味な音を立てた。
***
翌朝、魔法の座学授業に出席したエマは、ぼんやりしていた。昨日ナイラから聞いた話が頭にこびりついて仕方がない。タブレット端末に教官の解説を書き足していくが、いつもよりも省略が多くなってしまった。
「皆さんも身体強化や負担軽減の魔法を、薬局などで買いますよね?
これらはごく一般的な、初歩的な魔法と言えます。たとえば風邪気味のとき──ドラッグストアで風邪薬を買う。これが薬局で買えるような、一般的な魔法です。でも本格的に熱が出たら? 大半の人は病院に行って、薬をもらいますよね。これから私が皆さんに教える上位魔法は、病院の薬と似たようなものです。専門性が高いということですね。つまり、扱い方をきちんと学ぶ必要があります。──いいですね?」
魔法講義の教官がローブではなく白衣を着ているのは、そんな理由だったらしい。教官は教卓の上に置かれたタブレットを操作して、正面の大きな画面に魔法陣と予科の発進訓練用カタパルトを表示した。
「まず、重力制御の魔法ですが、あなたたち、予科で発進訓練は受けましたね? あのときに命綱をつけていたでしょう。命綱が接続されている機械は見ましたか? あの機械には、上位の重力制御魔法が使われています」
エマはタブレット端末に送信されてきたカタパルトの画像に注釈をつけた。
「上位魔法は本人だけでなく、周囲にも影響を与えるものです。また、本人が使用した際にも大きな重力制御効果が発動します」
タブレットにタッチペンを走らせるうち、昨夜の出来事はエマの頭の隅へと追いやられていった。……ふとナイラの姿が見えたときに、思い出してしまいそうだったけれど。




