第三話
更衣室に戻ると、魔法士官学校本科の新一年生たちは、わっとエマに駆け寄った。先ほどまでお葬式に参列したようにどんよりとしていたその顔は、今や輝きに満ちている。
「すごい! よく飛べたね!?」
「バックパックが鍵だったか……」
「っていうか教官、意地悪じゃない? なんでバックパックも使うって教えてくれないの!」
「どの強化パーツを使うかも含めて、自分たちで考えなさいってことだよ」
「でも突破口は見つけたね!」
同級生が興奮した口ぶりで騒ぐ中、エマはナイラの姿を探した。ロッカーが並んだ場所にも、モニターの前にもナイラはいない。
「ナイラから、バックパックも使ってみてってアドバイスもらったの。……ナイラは?」
「多分そろそろ発進するよ」
更衣室のモニターにナイラが映っている。前傾姿勢から跳躍して、高く飛んでいく。エマは強化パーツを外すのも忘れて、画面の中のナイラに見入った。バックパックと脚部パーツの噴射でバランスをとりながら、ナイラは羽が舞い落ちるように、ふわりふわりと着地した。
「やっぱあいつ、天才だな」
誰かの言葉に、同級生たちがそろって深く頷いた。
エマは自分のロッカーの前に向かい、脚部パーツを外した。ずっしりとした強化パーツの重みと、発進訓練を終えた身体の疲労があいまって、ゆっくりとした手つきになる。装着したときは手の震えが止まらなくて、もっと手間取ったな……と、エマは苦笑いした。予科での発進訓練がそうだったように、強化パーツにも次第に慣れていくのだろう。
更衣室のスライド式の扉が開いて、ナイラが入ってくるのが見える。彼女のブーツの靴音は、今や強化パーツが床にぶつかる音に変わっている。同級生たちはエマが更衣室に戻ってきたときのようには騒がず、まばらに拍手をした。他の生徒たちにとって、ナイラは少し距離感のある存在だ。
「ナイラ!」
ようやく脚部パーツをはずし終えたエマは、更衣室に戻ってきたナイラに駆け寄った。まだバックパックは背負ったままだ。
ナイラがエマに顔を向ける。彼女はそのまま自分のロッカーの前に向かうと、次々と強化パーツを外した。
「さっきはアドバイスありがとう。おかげで飛べたよ!」
「モニターで見てた。いい発進だったわ」
更衣室の壁にかかっているモニターに、同級生が発進する様子が映っている。多少バランスは崩していたが、それまでの生徒たちよりはずっとましだった。
「よかった。これ以上、悲惨な目に遭う人が増えなくて」
ナイラがぼそりとつぶやいた言葉に、エマは微笑んだ。予科時代、ナイラは我が道を行くことだけを考えているように見えた。周りの生徒たちとほとんど関わらず、けれど邪険にするわけでもなかった。質問すれば返答はあった。しかし自分から関わることはほとんどなかった。他人への関心が薄いというのが近いだろうか。
そんなナイラが、自分からすすんで助言をした。その変化はとても喜ばしいもののようで、エマは小さく何度もうなずいた。
「……クイニーだったら、きっとこうしたでしょう?」
黒目がちの大きな瞳を伏せて少し寂しそうに笑うナイラを見て、エマは手を止める。ナイラの変化は喜ばしいもののはずなのに、エマの胸が不思議とざわついた。
予科の卒業式の日、ナイラはクイニーから才能を供与されたはずだ。一体何を供与されたのだろう。
クイニーがナイラの中にいるような気がして、エマもまた、寂しそうに微笑んだ。
***
本科での授業は発進訓練だけではない。予科と同じように基礎体力を鍛える授業もあれば、狙撃訓練もある。それに加えて、魔法の授業、強化パーツの仕組みや整備についての授業もある。
エマはかわるがわる頭に入ってくる新しい知識にぐったりとして、学生寮の自室の玄関で座り込んだ。金属製のひんやりとした感触がのぼせた頭を冷やすようで、気持ちがいい。広い部屋の中には、いくつかのケースが荷物を運び込んだときのまま積まれている。
チャイムが鳴って、エマはのろのろと扉を開けた。荷物を抱えたナイラがいた。
「え、ナイラ?」
「今日から同室よ。……よろしく」
「あ、そうなんだ。よろしく」
「ベッドはあとから届くから。ポッド型だから、触らないでね」
エマは本来二人用の部屋を一人で使っていた。予科で相部屋だったクイニーが本科に進学しなかったためだ。そういえば近いうちに誰かがルームメイトになると学生寮の管理課から言われていた。それがナイラだとは、考えもしなかったけれど。
ナイラは少ない荷物を自分用のスペースに置くと、手早く机を拭いた。床はロボット掃除機が定期的に掃除してくれるからきれいだ。
ナイラが机の上に写真立てを置く。自動で写真が切り替わっていくタイプのものだ。写真立ての中に、証明写真のようにきりりと正面を向いた知らない人々が写っている。ナイラの友人や家族の写真かなと、エマは首をかしげた。証明写真に写っている人々は、年齢も性別も国籍もバラバラで、まるで統一感がない。
ナイラは引き続き、タブレット端末や旧式の目覚まし時計を次々とケースから出している。少ない荷物を片付けたあと、ナイラはベッドにゆっくりと腰掛けた。
ふと、写真立てにクイニー・グレイが写し出された。




