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イカロスの翼では届かない  作者: 網笠せい
第三章 本科の洗礼
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第一話

「え、やだやだ! 速いって! うそおおお!」


 発進訓練用のカタパルトから、王立魔法士官学校本科の新一年生たちが飛んでいく。予科時代の発進訓練で踏み切りのタイミングは概ね習得しているが、強化パーツを装着した状態での発進は、初めてだ。本科入学と同時に配られた強化パーツは、新一年生たちの悩みの種だった。


 空に射出されて、宙空でバランスを崩したまま無軌道に飛び回る同級生の様子がモニターに映し出されている。更衣室のモニターで見守っていたエマたちは、真っ青になった。


「なにあのスピード……強化パーツって、あんなに速度出るの?」


 呆然とした状態で誰かがつぶやいた言葉に、ナイラ・サイードがため息をついた。


「……イカロスの翼ね」


 以前予科にいたときにも、ナイラは同じことを言っていた。クイニー・グレイが本科への進学をあきらめたときだ。


 ──飛びたいけれど、飛べないの。


 ナイラの言葉が頭をよぎって、エマは胸が詰まるような思いがした。


 クイニーとは、卒業式典の日以来会えていない。メッセージは送った。クイニーからは、彼女の進学先での入学式の画像が送られてきた。元気にやっているようだった。


 エマは本科進学以来、あわただしい日々を過ごしている。訓練でくたくたになって、学生寮の部屋の入り口で眠ってしまったこともある。そんな日々を過ごすうち、クイニーとのメッセージのやりとりは、だんだん減っていった。


 エマはモニターを注視しているナイラの横顔を見る。いつの間にか握りしめていたエマの手が、じっとりと汗ばんでいる。


 画面の中では、強化パーツをつけた訓練補助の上級生たちが、慣れた手つきで網を投げている。


「えっ、網で回収するの?」

「あれだけ無軌道に飛び回ってたら、危なくて上級生も近づけないって。ぶつかっちゃうじゃん」

「カッコ悪い……」


 モニター前に集っていた生徒たちが小さくうなずいた。


「次の班、待合室へ!」


 訓練補助の上級生の声がすると、パイロットスーツを着た同級生たちが、重い足取りで待合室に向かう。その表情は一様に暗い。あんな発進訓練を見せられては、無理もないだろう。エマは身体の底からわきあがるような恐怖に小刻みに震えながら、同級生たちを見送った。


 先ほど発進した生徒はなんとか回収されたらしい。発進訓練を終えて更衣室に戻ってきた生徒は、目を回してあちこちにぶつかりながら、なんとかベンチに座った。皆が集まる中、エマは彼女に新品のペットボトルを渡してたずねる。


「大丈夫?」

「ヤバい。脚部パーツの加速で脚の方が前に出ちゃって、体勢とるので精一杯。のけぞっちゃう」

「え、前傾姿勢とれないの? 圧がすごいことにならない?」

「射出時に重力制御魔法、使っちゃったよ。強化パーツに慣れるまでは、使った方がいいよ」


 ナイラはそれを少し離れた場所で見守りながら、何事か考え込んでいる。おそらく対策を考えているのだろう。ナイラの黒目がちの瞳は、いつも通り冷静だった。


 モニターには、次の生徒が射出される様子が映っている。更衣室にいる生徒たちの目が、映像に向かった。


 モニターの中に、仰向けに寝そべるような形で射出される生徒が映っている。前傾姿勢をとれなかったのだろう。足からカタパルトの上を発進していく。あっ、と皆が息を飲む。射出された生徒は、そのまま直線を描くように地面に激突した。


「ヒッ! ……生きてる?」


 分厚いクッションが生徒を受け止めて、なんとか無事に済んだらしい。しかし激突した当人は、よろよろと這いつくばるように少し動いたあと、クッションの上で動かなくなった。


「えっ、えっ、本当に大丈夫なの?」


 強化パーツを装着した上級生が倒れた生徒の元に駆け寄る。固唾を飲んで見守るエマの目に、上級生がOKサインを出す映像が映った。


 エマはほっと胸をなでおろした。モニターの中で、上級生が倒れた生徒を横抱きにする。医務室に運んで行くようだった。


「あんなお姫様抱っこは嫌だ……」


 誰ともなしにつぶやいた言葉に、ナイラがぼそりと応えた。


「……むしろ、ピエタね」


 同級生たちが一斉にナイラを見て、目を丸くする。誰もナイラが冗談を言うとは思っていなかった。何人かが吹き出して、次は我が身と首をすくめた。


 あの有名な像は、ミケランジェロが彫ったのだったか。エマは、十字架から下されたキリストを膝に乗せた聖母像を思い出して、モニターを遠い目で見つめた。


 自分もこれから、同じようなことになるかもしれないのだ。

参考資料

Wikipedia / ミケランジェロ作『ピエタ』

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