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イカロスの翼では届かない【2章完結】  作者: 網笠せい
第二章 さよなら、クイニー
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第六話

「昨日屋上で話したこと、覚えてる? 才能の話」


 珍しく穏やかに微笑むクイニーに、エマはあいまいにうなずいた。話の内容は覚えていたが、それが何だというのだろう。


 相変わらず空は晴れ渡っている。卒業生たちの新しい門出を祝っているかのようだった。


「あたし、本科には進学しないからさ。……エマがもらって? あたしの才能」


 ──エマがもらって? 一体どういうこと?


 エマはクイニーの言葉を反芻するが、何一つ理解ができない。


 何度も言いかけて、言葉を飲み込む。クイニーは小さく笑ってエマの手をつかんだ。どこに行こうとしているのかわからないまま、エマは一歩踏み出した。


「あたしがこの予科で習ったこと、抽出したの。……敵性生物の研究からできた技術なんだって。あたしの才能、エマにあげる」

「……なに、言ってるの……」


 進みかけたエマの足が止まる。クイニーはエマの手をつかんで、小さく引っひっぱる。エマは動かない。


 ──才能? 抽出? 敵性生物の研究から生まれた技術? ……あげるって、何?


「だってさ、あたし、本科には進めないから」


 エマの頭の中で、クイニーとの思い出がぐるぐると渦を巻く。エマの記憶の中のクイニーが「あたしにもできるもん!」と悔しそうに地団駄を踏む。「打倒! ナイラ!」と叫びながら勉強をして、本当にナイラと同じような結果を出していく。発進訓練でぴんと全身を伸ばして、きれいに着地する。ナイラのような天才的な技術ではないけれど、優秀な成績を修めて、友達も多くて、ムードメーカーで……。


 気を抜くと、今にも足元から崩れ落ちそうだ。エマは首を横に振る。震える声が、エマの唇からこぼれ落ちた。


「やだ。……やだよ。クイニー、あんなにがんばってたのに」

「エマ」

「クイニーの二年間の努力を横取りするなんて、できるわけない!」


 エマがクイニーの手を振り払う。悲しみに歪んだエマの目が、クイニーをとらえた。クイニーもまた、エマをまっすぐに見つめている。とても静かな決意のにじむ視線に、エマの悲しみはますます深くなった。


「あたしは、あんたにもらって欲しい。他の誰かじゃなくて、エマ・リーデルに、あたしの二年間をもらって欲しいんだ」

「いやだ!」

「なんでわかってくれないの!?」


 クイニーの叫びに、エマの身体がびくりとすくむ。伸びてきたクイニーの手を何度も振り払って、エマは両足を踏みしめる。


「あたしだって、ほんとはイヤだよ! あんなにがんばって、成績も、一番じゃないけど悪くない! ナイラには結局勝てなかったし、狙撃訓練はあんたに負けるけど、だけど、なんであたしが本科に進めないの!? ……理由は知ってるよ! でも、なんで……」


 クイニーの両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。本心がようやく聞けたような気がして、エマはこわごわと息を吐く。


「だからせめて、あんたにもらって欲しいんじゃん! この二年間の努力が無駄にならないように、あんたにもらって欲しいんだろ! それをさあ……!」

「見てたから。クイニーのがんばりを見てたから、受け取れないんだよ!」


 クイニーは涙でぐしゃぐしゃになった顔を、腕で拭う。制服の袖が涙を吸い込んで光っている。エマに見える視界も、涙で歪んでいた。唇をわななかせるクイニーが、にじんで見えた。


「あんたって、ほんっと、空気読めない!」

「空気読んで受け取れっていうの? そんな空気なら読めない方がいい! やだよ!」


 泣き崩れるクイニーに、エマは頭を横に振りつづけた。クイニーの声がかすれて、弱々しくなっていく。


「お願い。お願いだから……」

「いや!」

「……それなら、私がもらうわ」


 静かな声がして、エマとクイニーは涙にまみれた顔のまま、振り返った。声の主は、ナイラ・サイードだった。


「クイニー、エマは受け取りたくないと言ってるの。他人の努力や成果を横取りしたくないって。でもあなたは、自分の二年間を無駄にしたくない。……だったら、私がもらうわ。クイニー・グレイの才能は、私がもらう」


 ナイラは淡々とそう言うと、座り込んでいたクイニーの手を取った。


「立ちなさい、クイニー」


***

 

 学生寮の自室は、もう大半の荷物が運び出されている。エマはがらんとした部屋を見渡して、床に座り込んだ。腕時計型端末がピッと鳴って定時を知らせる。


 カーテンのかかっていない窓から夕方の光が差し込んで、ホコリが舞っているのがよく見える。板張りの床に、窓枠の影が落ちていた。


 クイニーはまだ戻ってこない。ナイラに才能を移植しているのだろう。


 ──いつか私たちが戦うことになる敵は、あんなことまでして対応しないといけないってこと?


 エマはためらいながら、残っていた自分の荷物を抱えて、学生寮をあとにした。大きな荷物はすでに運び出したはずなのに、ずっしりと重たく感じられた。


 荷物を抱えて、誰もいない部屋に向かって一礼する。顔を上げて少し部屋をながめたあと、エマはぽつりとつぶやいた。


「さよなら、クイニー」


 エマは自室だった部屋の扉を閉めて、本科の学生寮へと歩みを進めた。

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