キズモノにしちゃいけません!
狼男もナビさんと同じ考えなのか、一ヶ所をただひたすらに殴り続けている。防具も着けずにあんなに殴って拳は痛くないんだろうか。
「もう諦めたら? いくらやっても穴なんか開かないよ?」
「うるせぇ! だけどメリンダ、お前もこの障壁の維持だけで手一杯じゃねぇか!」
「そんなことないよ? ただ少し疲れたから休んでただけ。ほら、【氷槍】」
無造作に放たれた氷の槍が、油断していた狼男の脇腹を掠める。
だけど言ってしまえば掠めただけ。ギリギリで体を捻って最低限の負傷にとどめているみたいだな。ほほゼロ距離のあの間合いから避けられるのは、野生のカン的なやつなんだろう。マスラルといい、狼男といいこの世界のヤツらは皆第六感でも持ってんのか?
「クッ……!!」
障壁内に展開された幾本の氷槍を見て、狼男は即座に距離を取る。
「やろうと思えば、私はこの障壁の中に閉じ籠もりながらあなたたちを倒すことだってできるんだよ?
ねぇ、だからここで提案なんだけどさ、いま降参するなら見逃してあげるけど、どうする?」
「………あ? お前ふざけてんのか?」
「全然? ふざけるどころか大真面目だよ! 私は余計な魔力を使わなくて済むし、あなたはこれから放つ私の極大魔法に巻き込まれる危険もなくなる。両方にメリットがあるんだよ?
それに、いくらこの闘技場が死んでもフィールド外で瞬間蘇生できる仕組みだからって、わざわざ痛い思いはする必要ないでしょ?」
「この野郎、ナメやがって……!!」
「私は女なので野郎なんて言わないでくださーい! それでそこの自殺志願者くんはどうする?」
自殺志願者……まさか俺のことか?
「そこの君だよ、あなたも降伏するならここで死を経験しなくて済む。良い提案だと思わない?」
「オイ! そこの人間、まさかこの女の言う通りにするんじゃねぇだろうな!?」
「……その狼男の言う通り、俺は降参なんてしないさ」
「ふぅん、じゃ、そのまま死ぬのね!」
エルフの女が何やらブツブツと唱え始めると、俺達の頭上にこれでもかと言うくらい大きな魔法陣がいくつも展開される。
いくらゼロノスお手製無敵のアーマーがあったとしても、衝撃波でふっ飛ばされて場外負けじゃ話にならねぇ。仕方ない、ここは俺が一肌脱ぐとしよう。
『おっ、殴って破壊しますか?』
『なんでそんなにハイテンションなんだよナビさんは。女の人が閉じ籠もった障壁を俺が外からボコボコに殴る絵面はそんなに良いもんではないと思うんだが』
『試合だから関係ないですよ! というか、せっかく格闘家スタイル貫いてきたのに、ここで魔法の物量で押し出して場外反則で負かすとかはちょっと見ててつまらないなーと思いまして』
『あ、その手があったか』
『うわぁ! 今の聞かなかったことにしてください!』
『冗談冗談。俺もアホみたいな水量で障壁ごと押し流したりするのは「俺、めっちゃ魔法使えますよ〜」って宣伝してるようなもんだからやらねーよ』
『そうでしたか……よかったです』
俺は狼男の方に背を向け、睨み合ってる二人の間に割って入るように立つ。
「お前、この状況で俺に背中を見せるとはいい度胸じゃねぇか」
乱戦において度々意味のわからない行動を取る俺に狼男が首を傾げる。
「………おい狼男、よく聞け。俺がこの障壁を壊してやる。だからその間、俺に手出しするなよ?」
「ハッ、俺はそんな卑怯な奴じゃねぇよ! あと俺は“狼男”じゃねぇ、“ガロウ”だ」
自分が破壊できなかった障壁を破れるものならとやってみろ、と言わんばかりの表情で笑った狼男――ガロウは腕組みをしながら俺とエルフの女から離れる。
ガロウが真っ直ぐな奴で良かった。背を見せて、背後から攻撃なんかされたら堪ったもんじゃないからな。ま、一応警戒はしておくけど。
「この対物理障壁を壊す? そんなことできるわけないじゃん! 私の極大魔法が完成するのが先だと思うよ」
「やってやるから、黙って見てな!」
先程同様、土魔法で籠手を作りつつ、今度はそこに風魔法を螺旋を描くように纏わせる。これが俺の考えた障壁破りの方法だ。
スピードが乗った拳が障壁に当たり、ゴンッと鈍い音が響く。
「ふふっ、結局ガロウと何ら変わらないね」
「本命はここからだよ」
拳に纏わせた風魔法が、無数の風の刃を形成しながら障壁内に侵入する。
「えっ!?」
拳を密着させた状態で撃ち出された風の刃は、物理攻撃しか防げない障壁をするりと通り抜け、それを展開している術師目掛けて一斉に襲いかかる。
「ッ〜〜〜!!!!」
だけどあくまでこの攻撃は、俺の拳に纏わせた程度の風魔法の威力しか出せない。致命傷にはならないのが欠点だが、こういう驚かせて怯ませるためにはもってこいの技だ。
いきなり現れた不可視の刃に体中を刻まれたエルフの女は足に多くのダメージを負ったのか、持っている杖に体重を少し預けている。
そしてほんの少しだけど障壁の色も薄くなっているような気がする。力が抜けて障壁の維持が不安定になったってことだ。
こんな好機を逃す俺じゃない。ここから先はひたすら今のを向こうが折れるまで繰り返すのみ!
「うおぉぉぉぉお!!」
全力で同じ場所を殴りつつ、当てた瞬間に風の刃を打ち出す。
威力は然程強くないとはいえ無数ともいえる不可視の刃が襲い来る中、安定して魔法を展開し続けることなどできるはずもない。
数十発は殴っただろうか、ついにその時がやってきた。
「力が入らないっ……!!」
大小様々な傷を負ったエルフの女が、力尽きたのかその場にぺたりと座り込む。
それと同時に、パリィン!という高い音を立てて彼女を囲っていた対物理障壁が崩壊し、頭上の極大魔法とやらの魔法陣も消滅する。
障壁が崩壊した刹那、ガロウがその鋭い爪の先を女の喉元に突きつける。まったくいつの間にこんな所まで来ていたんだか。
「勝負ありだな」
「………私の負けよ」
杖を地面に置き、両手を挙げ降伏の姿勢を取る。
その言葉でガロウがその手を下ろすと、彼女は杖を支えにゆっくりと立ち上がり、俺達に背を向けながらフィールドの端へと向かって歩き出した。
「今回は大人しく引き下がりまーす。もう体中が傷だらけで、痛くてしょうがないよ。
あと君は女の子にもう少し優しくしたほうが良いと思うよ? こんな傷だらけにするなんて紳士らしくないぞ〜」
「武闘大会なんだ、仕方ないだろ。あ、そうだ。とある人がこんなこと言ってたぞ、『魔法使いももっと体を鍛えるべきだ』ってな!」
「ははっ、どこかの脳筋魔法使いが言いそうなセリフだね。ま、私も筋トレやってみるかなー」
そう言って彼女は手をヒラヒラと振りながら場外へと踏み出していった。




