ever after
「……そうして王国はなくなってしまいましたが、今でも砂の下には、その王国が残っているそうです。……おしまい」
すずやかな風が砂漠をわたる夜でした。
キャラバンの片隅、荷馬車のなかで思い思いに掛布にくるまる子どもたちのまんなかでは、静かに物語が終わりました。
それほど長くはないお話ですが、キャラバンは太陽が出ている間は砂漠を移動していくものですから、疲れて眠ってしまっている子もいます。子どもたちはお話がおわると、おやすみなさい、と口々に言って、まぶたを閉じました。明日も早いのです。おやすみまえの楽しいお話の時間が終わればすぐに眠るのが毎日の日課でした。
「おや、スーリア。あなたはまだ寝ないのですか」
「まだ眠くないの……」
お話をしていた青年は子どもたちひとりひとりの額を撫でておやすみを言いましたが、まだ眠っていない子がいました。スーリアという、五つになったばかりの女の子です。
目をこすって、スーリアはさも眠そうです。けれど、ねえファティラ、と青年を見あげました。
「国がなくなっちゃったのに、どうして従者はしあわせなの。あたしは国がなくなっちゃったの、いやだったよ」
スーリアは孤児です。戦争に負けてしまった国の子どもで、このキャラバンに拾われた子でした。スーリアだけでなく、キャラバンにいる子どもたちはみながさまざまな理由でひとりぼっちになってしまった子たちでした。
「どうしてかなあ、ファティラ」
「そうですね……」
考えるファティラが見る先には、キャラバンにいる他の大人たちが作る焚き火があります。
仕入れた宝石を手に、どこで売った方が高くさばけるかと議論しているのは、貴族風の淑女と、さまざまな地方の特色を取り入れた服を着た、旅慣れた風の男性です。
まだまだちいさくて手のかかる赤ん坊を抱いてあやしているのは、見目のいい青年です。
明日の朝に食べるパンの仕込みをしているのは、どこにでもいるような普通の女性です。
焚き火から少しはなれたところにも大人はいます。
街角で大道芸をして日銭をかせぐため、躍りの練習をしているものの影は炎にてらされてゆらゆらとゆらめいていましたし、子どもたちの眠りを誘うように笛を吹いている青年は荷馬車の近くにいました。
彼らはまったくの他人でしたが、立ち寄ったオアシスで、都で、旅のさなかで出会った仲間でした。
さらに少し離れたところには松明を持ってあたりを警戒している女性がいましたが、体格のいい男性が近づくと、松明をわたして焚き火のほうへ歩きだしました。
「おいで、スーリア。星を見ましょう」
スーリアを抱き上げますが、ファティラは足が悪い青年でした。転ばないように、見張りをしている男性のところへゆっくりと歩いて行きます。
「どうしたんだ、スーリア。まだ眠れないのか」
「うん……」
「寒いだろう、おいで」
男性は体にまきつけていたマントを広げました。ファティラごとスーリアを抱きしめると、そのまま砂の上に座ります。
月もない夜です。星がたくさん光っています。きらきらとまたたく空を見ていると、ファティラが、アスール、と男の人を呼びました。
アスールはキャラバンの長です。スーリアたちを拾ってくれたのもアスールでした。
「しあわせな従者のお話をしたんです。そうしたら、スーリアが国がなくなってしまったのにどうして、と」
「あの話か。そうだなあ」
ううん、と考え込むアスールは、やがて星を指さしました。
「スーリア。あの星がどうして光っているか、わかるか」
「わかんない」
「そうだろう。でも星は光っている。そこにある。それだけだ。従者がどうして幸せだったかなど、俺もわからない。ただ、従者が仕えた王様は幸せだったと思う」
「どうして……?」
他人のことなどわからないと言ったのに、アスールはもうない国の王様のことはわかると言います。それはふしぎでしたが、ふたりの匂いとあたたかさに眠くなってきてしまったスーリアには言いきれないことでした。
「だってそうだろう。国はもうなくなって、誰もいなくなるかもしれない。それなのに、どこにも行くなと言わなくても、ずっといっしょにいてくれるという従者がいる。そういう民を持てただけで、そういう人と出会えただけで、十分幸せなことじゃないか」
「そう……なのかなあ」
ふあ、とあくびが出てきてしまいます。ファティラの手が頭を撫でてくれました。そうすると、もっと眠くなってしまいます。
「おやすみ、スーリア。お前もいつかきっと、そういう人と出会える。本当の自分だけを見てくれるひとが、きっと。それまでは、俺たちがそばにいよう」
「おやすみなさい、スーリア」
スーリアにはもうお父さんもお母さんもいません。けれど、ファティラの腕のなかは優しいですし、アスールのマントに守られているとぐっすり眠れます。
「おやすみ、なさい……ファティ……」
とうとうまぶたがくっついてしまいました。すやすやと寝息を立てるスーリアに夜風が当たらないように、マントをひきよせて、ファティラはにっこりと笑いました。
「国はなくなっても、わたしはずっと、しあわせです」
きらきらと星がかがやいています。
さいごの寝物語を語った従者には、花も本も手鏡も香水瓶も毛皮も馬車も宝石もありません。
けれど、そっとおちてきたくちづけがあれば、もうなにもいらないと思うのです。
焚き火のほうから、ピューイと口笛ではやし立てられます。子どもたちが寝てるんだから静かにしなさいと怒る声もします。お前の声の方がよっぽど大きいと笑う声がします。あんのじょう起きてしまった子供たちを、誰かがなだめて寝かしつけています。
おもわずファティラが笑うと、アスールも笑います。
星がきれいな、ある夜のことでした。
7輪の花と6冊の本と5枚の手鏡と4本の香水瓶と3着の毛皮と2台の馬車と1つの宝石としあわせな従者の話・おしまい
さいごまでお読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。