8日目
八日目の朝です。
目覚めてすぐ、王様は言いました。
「昨日の娘はどうした」
「さきほど旅立ちました。よくお眠りになれましたか」
「ああ、とてもよく眠れた」
そうして、盗賊の娘は国でいちばん大きくて美しい宝石に目を輝かせながら、ついでに廊下に飾られていた金の壺も一つ袋にしのばせて、馬車に鞭をくれて颯爽と国を出ていきました。
7人が去って、後宮は静かです。
王様とラティフは、いっしょに後宮を出ました。
広い宮殿を、ふたりで歩きます。
とても静かです。宮殿にはもう、王様とラティフしかいません。
服を着せたり髪を整えたりしてくれるメイドは7日前に出ていきましたし、5日前にはコックと給仕に暇を出しましたし、馬の世話をしをしてくれる馬丁も3日前に引退させました。昨日までいた大臣や兵士たちももういません。
メイドたちの控え室を見て、広い厨房を見て、兵舎を見て、誰も集まらない謁見の間を見て、王様は言います。
「やあ、すっかりからだな」
「ええ、誰もいませんね」
ラティフもそう返します。
誰もいない宮殿はぴかぴかです。建てられて長い月日はたっていましたが、みなに大切にされた宮殿は、誰もいなくなってしまうと、まるで昨日建ったかのような美しさでした。
そんな宮殿のなかを、ふたりは散歩をするときのようにのんびりと歩いて、誰もいないことを確認してまわります。
とても天気のよい、あたたかな春の日でした。
夜になりました。
寝物語を語る7人はもういませんが、王様はラティフといっしょに、森に囲まれた離れの後宮の一室にいました。
もうだいぶ前から誰も使わなくなったここは、ふたりがまだ小さいころにひみつの遊び場所として使っていた、とても小さな宮でした。
「なんの話をしましょうか」
「お前の話ならばなんでも。どの話も、本当はとても楽しかった」
「気づいていらしたんですね」
「もちろんだとも」
7人が語った物語は、じつはすべてラティフが作ったお話でした。ラティフはないしょにしていましたが、王様にはわかっていたのです。
うなずいた王様は、粗末なまくらに頭をあずけてにっこり笑います。
「さあ、聞かせてくれ。さいごの寝物語を」
とおくとおく、どおんと大きな音がします。
王様の国はひとびとに愛された国でした。けれど、とてもちいさな国でした。せまりくる大きな国の力にはかないません。
国の民には、隣の国や、海の向こうの国や、砂漠の向こうの国に逃げて生きのびるようにと、とっくにおふれをだしていました。宝物庫にあった山ほどの宝物は、民が逃げていく国に全部あげてしまいました。
きっともう、どこの村も街も都もがらんどうなことでしょう。
けれど王様は王様なので、宮殿にのこることにしました。ラティフは王様のおつきのものなので、のこることにしました。
それでいいのです。
ラティフもにっこり笑いました。
「それではお耳をお借りしましょう。……むかしむかし、あるところに、しあわせな従者がいました……」
どおん、
どおん、
とおくの音は近づいてきます。
誰かがわあわあとさわいでいる声も聞こえます。
ですが、王様とラティフにはもう聞こえません。
向かいあって横たわるその姿は、ないしょばなしをしているようでしたが、それを見るものは誰もいませんでした。
ある日の朝です。
あるところに、ひとつの王国がありました。
いまはもう、どこにもありません。




