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異世界放浪者の神話決戦記  作者: 灰ライト
要塞監獄編
75/77

模擬戦と南の従者

 朝練を終えて朝食も食べ終わった迅たちは、食休みをしながら雑談をしていた。

しかし、あまりにものんびりしている事が気になり始めた和輝が、少し離れた席に座っている咲恵に問いかけた。


「そういえば、あまり気にせずにいましたけど、僕たちはいつ頃帰るんですか?」


「そうだった。実は言いそびれてただけなんだが、学院の方は明々後日(しあさって)まで遠征の申請をしてあるんだ。だからあと3日はこっちにいられるから、それまでは自由に過ごすといいよ」


「そうでしたか。ありがとうございます!」


 いつの間にか手続きをしてくれていた事に礼を伝えた和輝の横で、腕を組んだ剛がその3日間の自由時間に対して悩み込んでいた。


「あと3日か……遊ぶのは昨日で盛大にやったからなぁ」


「何をして過ごそうか?」


 勇者組が仲良く相談するなか、迅の両隣の席に座っていたイリスとエリスが勢いよく手を挙げた。


「師匠!朝の続きを!」


「お願いします!」


「それは別にいいが、今朝もそれなりにやったってのに大丈夫か?」


 イリスとエリスの2人はやる気に満ちているのだが、今朝の時点でそれなりに魔力も精神力も使わせたうえでの特訓だったため、まだ回復しきっていないはずであった。

しかし、迅に真剣な眼を向けたままの2人は、引くつもりは一切なかった。


「疲れはもちろんあるの」


「でも、なんとなくあと少しな気がするの」


 2人が強く望む理由は感覚的なものであったが、それを〝良い傾向だ”と判断した迅は、笑みを浮かべて2人の頭に手を乗せた。


「なるほど。なら満足いくまで試してみろ」


「「はいなの!」」


 迅に撫でられてご満悦(まんえつ)な2人。

その様子を見て場の空気がほんわかとするなか、咲恵が迅の元へ歩み寄った。


「ジンくん、もし大丈夫なら私も参加していいかな?」


「西野もか?」


「最近は書類仕事が多かったからね。体を動かしたいというのもあるけど、今のジンくんにどれだけ通用するか試してみたいんだ」


 突然ではあったが、その鋭い眼光からは本気だということが伺えた。

というのも、和輝たちも含めて迅の真面目な戦闘をじっくりと観察したのは先日のクラゲ(もど)きが初めてなのだ。

その戦闘では周りに配慮しながらもクラゲ擬きに何もさせず圧倒して勝利という、誰も文句のつけようがないものであった。

それを見てしまった咲恵は改めて『覚醒者』の格を思い知り、かつての模擬戦での『シクザール・サヴァン・バーラグワー』との戦いからどれだけ成長出来たのかを試したくなっていたのだった。


「分かったよ」


 迅は咲恵の心情を知る由もないが、とくに断る理由も無いうえに咲恵の実力を見る良い機会だったため、すんなりと受け入れていた。

するとそこへ―――


「ジンさん、私もお願いしますわ」


「ん、私も立候補する」


「じゃあ、僕も胸を借りようかな?」


「よし!今日の予定は模擬戦三昧って訳だな?」


 やる気に満ちた咲恵に続くように、カトリーナ、繭、和輝、剛が続いて立ち上がっていた。


 これで予定はほぼ決まりの流れであったが、ティアが申し訳なさそうに手を挙げた。


「すみません。私とシルは今日一日、面会の予定がありまして……」


「まったく、なぜ私たちが下心丸出しの人達に会わなければならないんだか……カンナ!私と変わってくださいな!」


「えっ⁉︎そんなの無理だよシルちゃん!」


 シルフィアからの急な無茶振りに困惑している柑奈。

それに続いて、シャムニカもスッと手を挙げた。


「カトリーナ様、私もこの後予定がありますので、一旦、失礼させて頂きます」


「あら、そうでしたの?でも、怪物との戦いも終わったばかりですから、数日はゆっくりする様に努めてくださいな」


「はい、ありがとうございます!」


 こうして予定が決まった面々は、それぞれの向かうべき場所へ移動を開始した。




 〈???〉


 フード付きのロングコートで顔の上半分を隠している者が、コツコツと足音を響かせながら螺旋(らせん)階段を登っていた。

そこには複数の小窓からの日差しと、壁全体のステンドグラスから漏れる光しか光源がなく、若干の薄暗さを感じる様相であった。

しかし、その者は一段も踏み外すことなく登りきり、今度は赤いカーペットが()かれた通路を歩きだした。

程なくして突き当たりまでやってくると、その者は2回ノックをしてから目の前の扉を開けた。


 その部屋に入って軽く見回してみると、まず隙間無く詰められているいくつもの本棚が目に入り、そこが書斎であることを物語っていた。

そして、壁全体に(ほどこ)された装飾、良い材質の絨毯(じゅうたん)、そこかしこのランプまでもが一級品たる華やかさを(かも)し出しており、それらを背後に控えさせながら机の上で書類作業をしている男も、その豪華さに見合った上等な神官服を着ていた。

それらを一瞬で確認していたフードの者は、机で変わらず作業をしている男の前に歩み寄ると、(うやうや)しく頭を下げて片膝立ちの姿勢になった。


「モルザリー様、報告します。客人はあと3日以内に帰還するとのことです。今日は客人同士で戦闘訓練に集中するそうですが、明日以降は観光目的で行動すると思われます」


 報告を受けたモルザリーは書き物をしていた手を止めて顔を上げると、青色の瞳をフードの者に向けて微笑んだ。


「ふむ、報告ご苦労。こちらもようやく客人をもてなす準備が出来たところです。なので早速動いてもらうつもりですが、今の貴女では少々力不足である事は(いな)めません。もしもの為に追加分を与えておきましょう」


「ありがとうございます」


 フードの者が片膝をついたまま礼を述べると、顔を上げて口を開けた。

そして、目の前まで近づいたモルザリーは(ふところ)から紫色の小さい瓶を取り出して(ふた)を開けると、フードの者の(あご)(つか)んでその口の中に紫色の液体を流し入れた。


「……ん……うぐっ⁉︎……ごほっ!がはっ!」


 そのドロっとした液体を飲み込んだ直後、フードの者は全身が焼けるような痛みに襲われ、その場で倒れてしまった。


「ぅあっ!……あがああああぁぁぁっっ!」


 尚も止まらない痛みに苦しみのたうち回る姿を、モルザリーは満足そうな笑みで見守っていた。


「フフフフ、我ながら素晴らしい効果です。普通なら役に立つはずのない貴女でさえ強くすることができました。さあ、私たちの目的の為に動きなさい。彼の方の器をここに連れてきなさい」


 モルザリーが新たな指示を与えると、フードの者はようやく痛みが薄れて息を整えはじめた。


「……かしこまりました」


 少しばかり時間が掛かりながらも、暴れた拍子に取れたフードを直すことなく立ち上がった()()()()()は、恭しく一礼をすると何事も無かったように部屋から出て行った。




 〈迅サイド〉


 カトリーナの屋敷に併設されている訓練場に移動してきた迅たちは、朝食後に決めた通りに模擬戦をしていた。

すでにイリスとエリス、和輝と剛は終わっており、今度は繭の番が回ってきていた。


 ちなみに、イリスとエリスは元々あと少しの調整だったので早く終わって休憩しているのだが、和輝と剛に(いた)っては絶賛気絶中であった。

というのも、和輝は進化していた『ゼヴォルス』の力を完全に扱えるようになったものの、身体強化の『青雷装(せいらいそう)』と自動迎撃の『雷魔硬壁(らいまこうへき)』を纏っての近距離戦闘のみ。

同じく剛も籠手などの防具型魂剣(ソウルアーツ)である『メタルギア』の能力、『振動』を応用する衝撃波を纏いながらの肉弾戦のみと、成長の部分はありながらも戦術などはからっきしの状態であったため、迅から〝もっと工夫のある戦いをしろ”という苦言と共に、幻影形態の一太刀で斬り伏せられたのであった。


 ちなみに、2人の攻撃が迅に届くことは無かった。


「さて、次は繭か」


 魔法で精製した水を一口だけ飲んだ迅は、剣形態のセラを霧散(むさん)させてサラに持ち替えながら繭へ向かい合った。


「ん、せめて一撃は入れてみせる」


「そうか。だが、模擬戦ってのは自分の課題を見つけて克服する為のものだからな、遠慮はしないぞ?」


「それで構わない。私もまだ成長したいから」


 サラを構えた迅に対して、繭は仁王立ちしたままで両手を前にかざし、黒いモヤを発生させた。

そして、数秒待ってから繭が先制を仕掛けた。


「『黒波(くろなみ)』!」


 大量のモヤを水の流れのように操り、訓練場を埋め尽くす勢いで迅を飲み込もうとした。

しかし、それを高く跳んで回避した迅は、そのまま繭の方へ向かっていった。


「『黒針(くろはり)』!」


 狙い通りに空中へ逃げさせた繭は、自身のすぐ近くのモヤから無数の極太針を迅に向けて伸ばし迎え撃った。

その向かってくる針を無視できなかった迅は、サラを上段に構えてから斜めに振り下ろし、タイミングよく針の側面に叩きつけた反動で躱すと、そのまま回転しながら繭へ接近してサラを振り抜いた。


「『黒繭(くろまゆ)』!」


 ガキン!


 慌てることなくモヤの半球体防御壁でサラを弾いた繭はすぐ様モヤを解くと、まだ空中にいたままの迅を覆うようにモヤを広げた。


「『黒網(くろあみ)』!」


 網目状に変化したモヤが迅を飲み込もうと襲いかかる。

その絶え間なく、かつ多彩な攻め手を面白く感じた迅はニヤリと笑みを浮かべると、サラに精神力を込めて勢いよく振り抜いた。


「『フレイム・エッジ』!」


 燃え盛る炎の刃が『黒網』を斬り裂いていき、そのまま繭へと向かっていった。


「(来たっ!)『黒盾(くろたて)』!」


 ギィン!


 繭の防御壁と迅の炎の刃が激しく攻めぎ合った。

さっきの剣戟とは違って正面から受け止め続けているモヤが徐々に押されているが、繭は必死に踏ん張りながら更にモヤを追加していった。

そして、炎の刃よりも多くなったところでモヤを変形させていき、覆う様に一気に呑み込んでいった。

やがて炎の刃を呑み込んだモヤは若干の赤みを()びながらグニョグニョと縮んでいき、繭はそこに精神力と魔力を敢えて()()混ぜ込んでから迅の方へ飛ばした。


 そんなに速くもないモヤの塊を向けられた迅は、それを弾き返すべくサラを振りかぶった。

そして、いざ斬りつけようとしたところで、そのモヤからボコボコと異音がしている事に気付いた。


(まさかっ⁉︎)


 咄嗟(とっさ)の判断で斬りつけずに後ろへ跳んだ迅。

しかし、逃げる迅に対してすかさずモヤを近づけさせた繭は、疲労で汗をかきながらも上手くいった事に笑みを浮かべてみせ―――


「『黒爆(くろばく)』!」


 ズドォオオオン!


 一言呟くと同時にモヤが大爆発を起こして迅を巻き込んでいった。


「はぁ、はぁ」


 爆風と砂埃が周囲に吹き荒れるなか、それを『黒繭』でやり過ごした繭。

怒涛の攻勢によって息は切れ気味であったが、全く無傷の状態だった。

そして、砂埃も落ち着いて視界が晴れてきたところで、繭は息を呑んで硬直することになった。

なぜなら―――


「これを使うのは咲恵かカトリーナだけだと思ってたんだがな。相手の力を利用しての攻撃、なかなかに良い手だったぜ」


 繭と同じく全く無傷の迅が立っていたからであった。

その迅の目の前には白い光を放つ魔力結界が張られており、かなりの威力を発揮した爆発を受けてもびくともしていなかった。

そして、魔力結界を消した迅は倒れ込むような体勢からひと足で加速すると、横に構えたサラから炎を吹き荒らしながら繭へ接近した。


「っ⁉︎」


 迅が動いた瞬間に本能から危機を感じた繭は、咄嗟にモヤを目の前で広げた。

ほぼ無意識に発生させたモヤは形を作れずに(もろ)いものであったが、光を通さないほどに収束していた。

そんな刹那―――


(あれ?……暗い?)


 繭は意図せず過去の記憶とも混ざったことで混乱していた。

そして、嫌な頃の感情を思い出しかけた瞬間であった。


 ゴォッ!


 迅がサラを下から斬り上げるようにしてモヤへ炎をぶつけて、まるで一寸の光も通さずというモヤを鮮やかに照らし尽くしながら相殺してしまっていた。


「……きれい」


 過去の記憶に(さいな)まれようとしたところで広がった景色。

強く眩しいはずの真っ赤な炎が火花となり鮮やかに散っていきながらも、しっかりと優しく包む様な暖かさで繭の心を虜にしていた。


「これで終わりな」


 放心したままの繭の頭に軽いチョップをするように手を置いた迅。

それでハッと意識が戻った繭は、何回か(まばた)きしてから模擬戦が終わったのだと理解すると、自然と笑みを浮かべていた。


「さすがジンくん。とても強くて綺麗だった」


「そりゃあ良かった」


 繭の賞賛に笑いながら返した迅であった。


 模擬戦を終えて観覧席へ戻った迅と繭は、丁度お昼時ということもあり、そのまま昼食を()りながら休憩することになった。


「分かってはいたけど、やっぱりジンくんは強かった」


「そうだな。こちらから見ていても最後の爆発は一撃入ったと思っていたが、あれでも通らないとなるとどう攻めればいいのか悩ましいよ」


「そうですわね。手数を多くして畳み掛けるか……それとも圧倒的な火力であの護りを打ち破るか……」


 気絶したままの和輝と剛を除いた全員で昼食を摂るなか、話題の中心はやはり模擬戦の事であった。

 これから模擬戦をする予定になっている咲恵とカトリーナを筆頭に、〝どうすればいいのか”と戦術を練っていた。


「うーん……やはり私は最初からルーの力を借りないといけないな。攻め手も火力も今のままだと足りなさすぎる」


「私も全力全開でいくつもりですわ。私の魂剣ならば火力は充分に出せますもの」


 咲恵とカトリーナが話している間、迅はとくに気にせず聞き流していたのだが、カトリーナが全力を出すと言ったところで話に割って入った。


「カトリーナ。気合いを入れているところで悪いが、お前は全力を出すのは禁止だ。外傷はもう問題ねぇが、内側の方はもうしばらく休ませないと取り返しのつかない事になるぞ」


「……そんなに酷いですか?」


「よく壊れてねぇなって思ってる」


「…………」


 真剣な表情の迅から忌憚(きたん)の無い言葉を掛けられたカトリーナは、肩を落として落ち込んでいた。

するとそこへ、一緒に話を聞いていた麗奈も割って入ってきた。


「ねぇ、ジンくん。【北セントレア】に行った時に北沢さんへ渡してたあの飴なら大丈夫じゃないかな?」


 麗奈がふと思い出しながら指摘したが、迅は渋い顔をしながら横に振っていた。


「あれは基本的に体そのものを治すやつだ。俺が懸念してる精神に対しても一時的な癒しの効果はあるが、カトリーナの雷の強化に耐えられるもんではないな。そもそも、精神や脳波を酷使させる能力なんざ使わないのが1番だ。一歩間違えれば寝たきりの可能性がある訳だが、それを普段使いしてるのは問題だ」


「ちょっと待って。なら和輝くんの雷の強化も危ないってこと?」


「神崎のは問題無い。あれはただ強化してるだけだからな。そもそも強化をするだけなら雷だろうが炎だろうが関係ないんだよ。問題なのは痛みや疲労とかの感覚を麻痺させていることだ。本来ならば体の限界を知らせるはずの信号を無視してそれ以上の力を強制的に発揮させる……そんなものが安全なはずがねぇわな」


「うっ……これからは気を付けますわ」


 正直な言葉を向けられたカトリーナは、目に見えて落ち込むほどに反省していた。


「それでいい。というわけで、お前は身体強化も無しだからな」


「……分かりましたわ」


 渋々ながらも納得し、昼食を終えてようやく始まったカトリーナと迅の模擬戦。

純粋な剣技による応酬は見る者を感嘆(かんたん)とさせていたが、スタミナも強化出来るはずの身体強化を使わずだったため、ものの15分ほどで模擬戦は終了となった。


「不完全燃焼ですわ」


「回復したらまた相手してやるさ」


 不満顔を隠せないでいるカトリーナに苦笑いするしかない迅。

そして、カトリーナが観覧席に戻ろうとしたところで、迅が呼び止めた。


「この前の答えは必ず出す。もうしばらく待っててくれ」


「……もちろん待ちますわ」


 迅のその言葉に、嬉しそうな笑みを見せるカトリーナ。

その笑顔のまま観覧席に戻っていき、入れ替わるようにして咲恵がやってきた。


「いよいよ私の番か。なかなか緊張するな」


「それにしては楽しそうだな?」


 言葉とは裏腹に笑みを見せたままの咲恵。

それを迅に指摘されると、咲恵は肩をすくんでみせた。


「まぁね。今回は幻影形態とはいえ、数少ない全力を出せる機会なんだ。自分がどれだけ強くなれたのかを確認してみたいのは当然さ」


「へぇ、意外と戦闘狂だったのか」


「そう思われるのは心外だな。勇者は元々スペックが高いから手合わせの相手に苦労するんだよ。【西セントレア】では確認できている覚醒者はジンくんだけだから、他の人とはなかなか模擬戦が出来なかったんだ」


「なら、しっかりと手合わせの相手を務めないとだな」


 迅はそう言いながらサラをしまい、今度はセラを左手に持って構えた。

対する咲恵も剣精霊のルーを召喚させると、表情を引き締めて精神力と魔力を練り上げ始めた。


「ふふふ、ありがとう。せめて一撃を与えられるように頑張るよ。ルー、やるぞ!」


「クゥーン!」


 一鳴きしたルーは、咲恵から流れてくる精神力と魔力を(かて)にして成体になると、今度は白く発光する小さな光の球体へと変化してから咲恵の胸の中へと入っていった。


「【一体化】天狐(てんこ)!」


 ルーが入り込んだ瞬間に白い輝きを放ち始めた咲恵は、その体ごと変化していった。

茶色の髪が白く染まりきり、そこに大きなキツネ耳がピョコンと生えてきた。

そして、学院の制服は上半身が白の、下半身が赤の巫女(みこ)服へと変わり、最後に腰の少し下の方からフサフサの大きな白い尻尾が9本も飛び出していた。


「お待たせ。いつでもいいよ」


 変化を済ませた咲恵は魂剣である真っ白な刀身の刀を両手で持つと、腰を落として刀を真横に構えた。

そして、その姿から強力な圧力を全身で感じ取っている迅も、自然と笑みを浮かべながら同じ様に腰を落として構えていった。


「なるほど、こいつは手強そうだな!」


 ひとつ呼吸をした直後、迅は砲弾の如き速度で咲恵に突っ込んだ。


 ガキィン!


 白銀の刀とサファイアの剣がぶつかり合い、その二振りは両者の間で激しい火花を散らしていた。


(へぇ、なかなかやるな)


 今の迅は身体強化を使っていない。

それでも和輝たちであれば圧倒できる膂力(りょりょく)を持っているというのに、なかなか咲恵の刀を押し返せずにいた。

それはつまり、咲恵が今の迅に匹敵するほどのスペックを発揮している事に他ならず、迅はそれだけの力をしっかりと扱えている事に感心していた。


 やがて数秒の間斬り結んだところで互いに弾いて距離を取った2人。

しかし―――


「フッ!」


 そこで小休止させるつもりはなかった咲恵は、後ろに引きながらも尻尾による追撃を仕掛けた。


「っ!」


 まさか尻尾が伸びてくるとは思わず(きょ)をつかれた迅。

だがそれも一瞬のことで、9つの角度から狙ってくる尻尾を見据えると、1番速く到達するものを見極めて斬りかかり、それに弾かれる勢いを利用してさらに後ろに下がった。


 ズドン!


 その結果、迅がいなくなったことで地面に突き刺さった尻尾は、そこにちょっとした穴を空けてしまっていた。

そして、あっさりと避けきられてしまった咲恵が尻尾を戻そうとした直後、しっかりと体勢を立て直した迅は全力で前方に飛び込み、尻尾が戻るよりも速く咲恵の目の前に接近してセラを振りかぶっていた。


「っ⁉︎」


 ガギィン!


 あまりの速さに焦りを見せた咲恵だったが、どうにか反応して刀で受け止めてみせた。

しかし、咄嗟の体勢で受け止めてしまったことであまり力が入らず、徐々に押し込まれていった。

ただそれでも稼げた時間は充分で、咲恵は戻した尻尾で迅の後ろから突き刺しにかかった。


「『ジエロ・グレイブ』」


 背後からの攻撃に対処するために斬り結んでいた状態から少し離れた迅は、地面にセラを突き刺して氷壁を作ることで防いだ。

そして、その場から跳び上がると、氷壁と尻尾を越えて離れた所に着地した。


「なかなか器用な尻尾だな」


「特訓の甲斐があったよ。でなければ私はすぐに負けていただろうね」


「どうだかな。さて、このままじゃ俺も攻め手に欠けるんでね。もう一段上げていくぞ」


 迅はその宣言と同時にサラを右手に顕現させた。


「それはとても光栄なことだね」


 対する咲恵は、軽い口調ながらも表情を引き締めていった。

そして、刀を正眼で構えながら魔力を込めていくと、白い刀身が銀色の光を纏っていき―――


「『月光刃(げっこうじん)』!」


 ガギィン!


 その輝きが(きら)めいた直後には、一瞬で迅との距離を詰めた咲恵が斬りかかっていた。

しかし、迅もサラとセラでしっかりと受け止めており、その2人のぶつかり合いによる衝撃波と火花が周りに飛び散っていた。


「(まだ届かないのか⁉︎……なら!)『月華(げっか)の舞』!」


 それでもまだ迅を押し切れない事に歯噛みした咲恵は、今度こそ届かせるために魂剣の力をさらに解放した。

迅と鍔迫(つばぜ)り合いのまま、刀が帯びていた銀色の光が咲恵の体全体へと巡っていき、【一体化】で強化されたはずのスペックがさらに底上げされていった。

すると、今度は咲恵が徐々に迅を押し込んでいった。


「ぐっ!」


 迅が明らかな力負けをしている状態に『身体強化』を使うか悩み始めていると、ここを勝機と(とら)えた咲恵が続けて仕掛けた。


「『月夜尾刃(つくよびじん)』!」


 迅が刀を受け止めるのに精一杯なところへ、銀色の光を纏った9本の尻尾がその体を貫こうと襲いかかった。


「っ⁉︎」


 咲恵の畳み掛ける様な攻撃に〝これは避けるしかない”と判断した迅は、斬り結んでいた刀を受け流してその場から後ろへ飛び退()いた。

しかし、このチャンスを逃したくない咲恵は、どんどん距離を詰めながら刀や尻尾で追撃を仕掛けていった。

そして、いよいよ剣で(さば)き切れなくなった迅の足に尻尾の横薙ぎが襲いかかり、それを躱すために跳んだ瞬間、残りの尻尾の斬撃と咲恵の刀による突きが放たれた。


「(これは無理!)『サーマル・バランガ』!」


 スドォン!


 あらゆる角度からの攻撃に捌くのも無理だと悟った迅は、斬撃を受ける前に怪物戦でも使ったサラとセラの合わせ技を放ち、どうにか斬り裂かれるのを防いだ。

一方で、炎と氷の刃に晒された咲恵だったが、これは『月光刃』でどうにか受けきっていた。


「やっぱり強いな。あれでも押し切れないなんて……」


 確実に仕留めたと思っていただけに苦笑いするしかない咲恵。

その視線の先に、舞い上がった砂埃の中から片膝立ちで着地している迅が現れた。


「いやいや、今のはヒヤッとしたぜ?なんなら一発貰ってるしよ」


 迅が冷や汗を垂らしながら立ち上がると、脇腹付近の制服が軽く裂かれてしまっているのが確認できた。

それは(まぎ)れもなく咲恵の一撃が届いていた事の証明であったが、当の本人は憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべていた。


「う〜ん、それで誇っていいのか判断に困るな。だってジンくんは身体強化を使ってないじゃないか。それに一発とは言っても(かす)っただけだろう?」


「いやいや、実戦だったらそれなりの出血はしてただろうから充分誇っていいぞ。これなら俺が遺跡で戦った奴と張り合えるだろうしな」


「……見た事もないからやっぱり分からないよ」


 迅からの評価に対してどうにも納得しきれない咲恵。

しかも見た事もない評価対象というのもあり、やはり表情が(すぐ)れることはなかった。


「まぁ、そりゃそうか。しかしここまでやれるとは期待以上だ。もう一段上げるから対応出来るか見せてくれ」


 さらりと話しながらも引き締められていく迅の表情。

そして、どこか不敵な笑みを浮かべた迅は、駆け出すのではなく()()()で咲恵に向かっていった。


「っ!」


 周りから見れば舐めているとしか思えない突撃の仕方。

しかし、対峙している咲恵は一瞬で得体の知れない圧力を察知し、警戒心を跳ね上げていた。


「『月夜尾刃』!」


 無闇に近付かれる前に牽制のための攻撃を放つ咲恵。

だが―――


「『魔力結界』」


 ガキィン!


 正面だけでなく死角からも向かったはずの尻尾は、狙っていたはずの場所にピンポイントで張られた小さな『魔力結界』に全て(はば)まれてしまった。


「っ⁉︎『月光華(げっこうか)』!」


 咲恵は牽制すら出来ていない事に焦りを見せながらも、すぐさま『月光刃』と同等の威力を持つ銀色の斬撃2発を放った。

しかし―――


「『ゲヘナ』、『ジエロ』」


 ギギィン!


 激しく燃え盛る烈火の如き炎を纏ったサラ。静かに凍てつかせる冷気を放つ氷を纏ったセラ。

この二振りの剣が銀色の斬撃を難なく弾いていた。

しかも、この間にも迅は小走りで咲恵との距離を詰めており、ただ攻撃が通らなくなったという一点だけで咲恵を急激に追い詰めていた。


「くっ!」


 焦りを見せながらも懸命に尻尾と刀による斬撃を放っていく咲恵。

しかし、その全てがあっさりと防がれていき、咲恵は自然と一歩ずつ下がっていった。

そして―――


「ふっ!」


 ある程度まで近付いた迅が全ての尻尾を弾くと同時に、咲恵に向かって急加速した。


「っ⁉︎『月光華』!」


 ズドォン!


 たった一瞬の事に慌てながらも銀色の斬撃で迎え撃った咲恵。

しかし、思いのほかに距離を詰められた場所で相殺されてしまい、それに(ともな)った爆発によって咲恵は(たま)らず目を瞑ってしまった。

その一瞬の間にも迅の接近を許してしまった咲恵が目を開けると、既に首と胸に向かって二振りの剣を寸止めしている迅がいた。


「勝負ありだな」


「……参りました」


 迅の宣告に対して、咲恵は肩をすくんで苦笑いするしかなかった。

そして、お互いに怪我をすることなく模擬戦を終えた2人は、魂剣を霧散させながら観覧席へ戻り始めた。


「まさかここまで圧倒されるとは思わなかったよ。自惚(うぬぼ)れていた訳じゃないけど、〝どうにか喰らいつけるだろう“とは思ってたからね」


「全体的には悪くなかったさ。ただ、尻尾と本体の攻撃がまだ若干バラついてるのと、あとはどうしても経験不足ってところだな。ただ、こればっかりは数をこなしていきながら自分の応用出来る範囲を増やすしかないからな。これから根気強くやっていけば問題ない」


「なるほど、ありがとうジンくん」


 希望者の模擬戦を全て終えた迅たちは、その後もそれぞれの課題克服の特訓を続けていったのだった。




 かなり濃密な特訓を終えて美味しい夕食と(いこ)いの入浴を済ませた各々は、既に真夜中手前ということもあって眠りについていった。

そして、日課の読書をしていたカトリーナもそろそろ寝ようかと準備していたところへ、その自室の扉からノック音が聞こえてきた。


「カトリーナ様、シャムニカです。少しよろしいでしょうか?」


「はい、どうぞ入ってくださいな」


 〝こんな時間に来るなんて珍しい”とは思いながらも、今日はほとんど会えていなかったのもあって入室させたカトリーナ。

すると、シャムニカは扉を大きく開けてポットとティーカップが乗ったカートを押しながら入ってきた。


「失礼します。就寝される前で良かったです。実は教会へ行ってたのですが、そこで就寝前に飲むとリラックスが出来るという紅茶を頂いたんです。それを飲んでいただこうと思ったのですが、どうされますか?」


「折角ですから頂きますわ。……甘い香りが強いんですね。何かのフルーツが使われているのかしら?」


 シャムニカは紅茶の準備をしている途中であったが、ポットから漏れ出る湯気からもフワッと優しい香りが(ただよ)っており、その見知らぬ紅茶に対して期待感を寄せるカトリーナ。


「はい。なんでも、上質な茶葉と数種類のフルーツをブレンドさせたものらしいです。では、冷めないうちに飲みましょう」


 準備を終えて、2人は同時にその紅茶を口に含んだ。


「……ふぅ……これはとても美味しいですね」


「ふふ、気に入っていただけて何よりです」


 程よい優しい甘味がある紅茶に笑みを浮かべるカトリーナ。

そしてシャムニカも釣られて笑みを浮かべながら、同じくティータイムを満喫していた。


「そういえば、今日の特訓はどうでしたか?」


「えぇ、中々に充実したものでしたよ。この体調のせいで全力が出せなかったのは残念でしたが、また万全になったら次こそ、は……あ、れ?……」


 気分良く話している途中で、突然倒れこんだカトリーナ。

強烈な眩暈(めまい)に襲われ、手足の力も全く入らなくなっていく。

やがて頭もぼんやりしていくなか、しゃがみ込んできたシャムニカの瞳には光が無く、感情が抜け落ちた様な表情をしていた。

本来ならば強い違和感を感じるほどの変貌であったが、どんどん意識が薄れていくカトリーナはただ見つめることしか出来なかった。


(……さき、え……じん……さん……)


 カトリーナはやがて何も考えられなくなりながらも、無意識にこの世界で出来た親友と想い人の顔を思い浮かべながら意識を落としていった。

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