海といえば
迅とカトリーナがお出掛けをしたその日の夜。
まだ帰らない和輝と剛を除いた全員で囲んだ夕食の辺りから、何やら気まずい空気が流れていた。
というのも、今は大部屋で各々が気ままに過ごしているのだが、迅と繭だけが心ここに在らずといった様子で過ごしていた。
「「…………」」
迅は大きな窓の淵に腰掛けて外を眺めており、繭はソファーで自分の魂剣である黒いモヤをグニグニと変形しているのをジーッと見つめていた。
これがただ手持ち無沙汰なだけならばいいのだが、周りから見ると明らかに何かあったとしか思えない暗さを醸し出していた
さすがに気になり過ぎたティアは、意を決して明るく声を掛けた。
「あの、マユさん、何かありましたか?」
「…………」
声を掛けられてもボーッとしたままの繭は手元遊びをしたままであった。
その反応の無さに居た堪れなくなったティアは、今度は迅の方へと歩み寄った。
「……あの、ジンさん、何かありましたか?」
「少し考えてるだけだから気にすんな」
「そう、ですか……」
窓の外を眺めたままで素っ気なく返されたティアは気不味さが限界となり、少し落ち込みながら元いたソファーに座り直した。
そんなティアの頭を撫でて慰める咲恵だが、本心では迅と繭の異変が気になっているのは同じであった。
しかし、繭の側には凛が笑顔で寄り添っており、迅と出掛けたと自分で言っていたカトリーナは紅茶を飲みながら時折り迅の方を向くと、どこか安心しているような信頼の笑みを浮かべているため、〝今はまだ踏み込む時じゃない″と落ち着いていた。
だがそれでも微妙な雰囲気は変わらずのところへ、部屋の扉を勢いよく開けた音が響いた。
「たっだいまー!みんな!明日はとくに予定とかないよな?」
とてもご機嫌な様子で入って来たかと思えば興奮気味に予定を確認してくる剛。
その後ろには和輝が静かについて来ていたが、その表情は〝何かが楽しみ″というような笑みを浮かべていた。
そんな2人の元へ、まだ帰らない事を実は少し心配していた麗奈が歩み寄った。
「2人ともお帰り。やけに遅かったね」
「ふふふ、それには深い理由があってな。まぁ、それは置いといて……明日の予定がないなら遊びにでも行かねぇか?」
「遊びに?またクエストで遠出をするの?」
「違う違う。こんな近くに海があるんだったらやる事は一つだろ」
剛は求めている答えを出せなかった麗奈に対してしたり顔をしたかと思うと、この先を任せたと言わんばかりの笑みを和輝に向けた。
そして、剛の意図をハッキリと汲んだ和輝は、拳を作りながら意気揚々と宣言をした。
「みんなで海水浴をしよう!」
〈翌日〉
「「ひゃっほうっ!」」
勇者一族お手製の海パンを履いた和輝と剛が、まるで童心に帰ったようなテンションで海に飛び込んだ。
そして、早くも水を掛けあったりして遊ぶなか、他のメンバーもゾロゾロと砂浜にやってきた。
「まさかこの世界の海で泳げるとは思わなかったよ。これもリーナのおかげだな」
「よしてください。あの時は必死に戦ってただけですから、今回は偶然の賜物ですわ」
茶色のロングヘアをポニーテールにしている咲恵は青色の水着を、長い金髪を後ろで纏めているカトリーナは白の水着に花柄のパレオを身に着けていた。
「ほーら!繭も一緒に行こうよ!」
「凛がいつもより積極的……でも私、今日は普通に眠いんだけど」
さらに後ろからは、あまり乗り気ではない繭の手を引っ張る凛が小走りでやってきた。
2人はそれぞれ緑と黄緑色の水着を着ており、まるで仲の良い姉妹のようであった。
「まさかこんな物まで作られてるとはな。この世界じゃ廃れててもおくしくねぇはずだが、子孫にその習慣でも教えてんだろうな」
白と青のシマシマ海パンを履いている迅が呟きながら歩いていると、目の前に顔を真っ赤にしてモジモジしているイリスとエリスがやってきた。
「し、ししょ〜」
「うぅ、恥ずかしいの」
2人はそれぞれ黄色とピンクのフリル付き水着を着ておりとてもよく似合っているのだが、水着の可愛さよりも裸に近いその格好の羞恥に身悶えていた。
「なら無理して着なければいいだろ。姫さんたちもな」
イリスとエリスに対して呆れながら指摘する迅。
それと、青と白のストライプ柄の水着を纏い、顔を真っ赤にしながら並ぶようにして歩いてきたティアにも声をかけた。
「で、ですが、サキエさん達の文化を学ぶいい機会ですし……」
志は立派だが、もじもじしながら弱々しい声で話すその姿では虚勢でしかなかった。
元々、この世界では海にすら魔物がいるため、そんな危険な場所で遊ぶという発想すらないのである。
だからこそ水着文化が定着していないのは当たり前であり、裸に近い格好に羞恥を感じるティア達の反応は至極当然であった。
だが今は巨大クラゲとカトリーナ、更には迅が戦った余波で近海の魔物は殲滅されているため、一時的に安全な場所となった事。
そして、和輝と剛が昨日の自由行動中に勇者一族お手製の店舗で偶然にも水着を発見した事が重なり、今回の海水浴を可能にしていた。
ちなみに、和輝と剛はこの海水浴の為に海の中を半日もかけて安全確認をしたのち、より楽しむ為の道具などの購入で更に半日をかけていた。
ティアに少し遅れるようにして、白のスクール水着のような姿のシルフィアが歩いてきた。
「こんなはしたない格好で遊ぶのが文化なんて……この下衆めっ!」
「なんで俺を見て言うんだよ」
わざわざ迅の目の前に来て迅を睨みながら蔑んだシルフィア。
その完全な八つ当たりを軽く流した迅だったが、その反応を受けたシルフィアは真顔で迅を見ていた。
「…………」
「……どうした?」
「……いえ、別に」
ずっと見られていたからこその問いかけを流された迅。
その様子に疑問を抱いたものの、シルフィアはスタスタと海に向かっていってしまった。
しばらく遊んだ後、昼食の時間だということで剛を中心にバーベキューの準備がされていた。
勇者印のバーベキュー機材を使っている剛の元からは香ばしい匂いがしており、その周りでは麗奈たちが簡易テーブルやお皿を準備していた。
「よっしゃあ!これで完成だ!」
焼きあがった肉や野菜に剛がこの世界で見つけた香辛料を振りかけて、次々と皿に取り分けていった。
「おお!美味しそうだな!」
「へへ、あったりめぇだ!つっても、この世界にはタレもどきと塩しか無いからな。俺ん家秘伝のタレを使えないのが残念だぜ」
不満を言いながらもご機嫌な剛は、自分の分をつまみながら次の調理へと入った。
各々が自由気ままに皿を取って食べ始める中、最後に取るつもりでいた迅のもとにシルフィアが歩み寄った。
「ジンさん、貴方の分です」
「サンキュー」
皿を受け取った迅が早速食べていると、シルフィアが露骨なため息をついた。
「はぁ……まったく、いつまでもそんな調子だと困りますわ。何を落ち込んでいるのかは知りませんが、今日は存分に羽を伸ばしていつも通りに戻ってください。でないとイジりがいがありませんわ」
フイッとそっぽを向きながら迅に声をかけたシルフィア。
素っ気ないような言い方ではあったが、迅がいつもとは違うことを察しているからこその気遣いのようだった。
まさかのシルフィアからの気遣いを受けた迅は少し驚いていたが、誤解なうえにいつも通りを希望されたため、からかうために思考をフル回転させた。
「おいおい、見当違いも甚だしいぞ。俺は考え事をしてただけで、べつに落ち込んでなんかねぇぞ?」
「え?」
まさかの返答にシルフィアがキョトンとしていたが、迅はすぐさま追い討ちに入った。
「そもそもイジりがいってお前、普段イジられてる奴がよく言うぜ。俺に構って欲しいなら素直にそう言えよ。いや、悪い。お前は照れ屋だったな。仕方ないから構ってやるよ」
次々と捲し立てて挑発をされたシルフィアだったが、その反応はただ大きめのため息をついただけであった。
「はぁ……はい、ジンさん。これを使ってストレス発散してくださいな」
「お、おう。……これを一体どうしろと?」
何事もないように淡々としているシルフィアに戸惑いを隠せない迅は、なぜかスイカを手渡されて本格的に困惑してしまった。
「もちろん殴るに決まってるじゃないですか。でも安心してください。これはただのスイカではなく貴重な『ビアスイカ』というものです。これは切る前に与えた衝撃が強ければ強いほど美味しさが増すという勇者の里で作られた果物です。ちなみに、騎士団副隊長のタツヤさんが身体強化を全力で使っても耐えたそうなので、ジンさんであってもある程度は耐えてくれるはずですわ」
シルフィアが物知り顔で説明したように、『ビアスイカ』とは勇者の里で作られた特別製のスイカであった。
実は過去の勇者の中にあらゆる物の製作が得意な能力持ちがおり、道具や食べ物に対して様々な効力を付加してまったく新しい物を作り上げていたのだ。
その研究の成果である『ビアスイカ』や『導きのミサンガ』といった勇者の里製の物は高値で取り引きされており、その品質や効果の高さには誰もが信頼を寄せているのであった。
「へぇ、見た目は普通のスイカなのにそんな不思議なもんがあんのか。それなら尚更ジンにやってもらわねぇとな」
「そうですね。タツヤさんの時でもとても美味しかったので、ジンさんならもっと美味しくなるはずですよ」
シルフィアの説明を聞いて、剛とティアのみならず全員が期待をしていた。
その期待を受けた迅は、殴った衝撃で砂が飛び散っても問題無いように少し離れた場所に移動し、砂の上に『魔力結界』を張ってから『ビアスイカ』を置いた。
そして、『ビアスイカ』を真上から見下ろすような姿勢で拳を構えた。
「それじゃ……っ!」
迅は全力ではないがそれなりの力を入れて拳を振り下ろした。
すると―――
ズパァン!
『ビアスイカ』は勢いよく破裂し、迅は飛び散った中身を全身に浴びてしまった。
「うぇっ!んだこれ!なんの抵抗も無かったぞ!」
「ジ、ジンさん!大丈夫ですか⁉︎」
まさかの結果に驚きを隠せないティアが心配そうに迅の元へ駆け寄った。
「ま、まさか破裂するなんて……」
「やべぇ……俺たちの頭もいつかあんな風になっちまうのか?」
さらには普段から殴られている和輝と剛はスイカと自分の頭とを重ねてしまい、その恐怖から体をプルプルと震わせていた。
それぞれが様々な意味で驚愕していると―――
「……プフッ!」
堪えきれず吹き出している者がいた。
「アッハハハハハ!想像以上の結果ですわ!」
「シルフィアちゃん、もしかしてこれって……」
「アハハハ!そうですわ!それは普通のスイカ。そんなものを力任せに殴れば弾け飛ぶに決まってますわ!」
答えを察した柑奈に問われたシルフィアは、一切隠すことなく答えた。
そして、全身スイカまみれの迅を見てまた笑いだしていた。
まんまとしてやられた迅はというと、額に青筋を浮かべながらシルフィアに歩み寄っていった。
「……ほぉ〜?随分とふざけた事をしてくれたなぁ?」
「あらぁ?まさかこんな事で怒ってるんですの?天下の覚醒者様がみっともないとは思いませんの?」
迅はもうすぐそこまで近づいているのだが、余裕な態度を崩さないシルフィアは更に煽っていた。
それを受けたところで一回立ち止まった迅は、据わった目を向けながら右手に魔力を纏い始めた。
「フッ……覚悟は出来てんだろうなっ!」
「準備万端ですわ!転移!」
「なっ⁉︎」
迅が飛びかかろうとしたところで、シルフィアは後ろ手に隠し持っていた転移石を使って消えてしまった。
その随分と大胆な逃走をしたシルフィアにもはや感心してしまった迅は、魔力と共に怒りを霧散させて苦笑することしか出来なかった。
「まさかこんな事の為に転移石を使うとは……」
「これはさすがに注意すべきですね」
罠から逃走に至るまで完璧であったが、ティアとしては見過ごせるものではなかったらしく、戻った時のお仕置きを考え始めていた。
その一方で―――
「……なぁ和輝、俺らも転移石を常備しておかねぇか?」
「良い案だと思うよ。僕らはこれ以上殴られたら頭の形が変わっちゃうかもしれないからね」
華麗な逃走劇を目の当たりにした2人は、シルフィアを参考に自分たちの生存方法を考えていた。
「ふふっ。……あっ、繭も面白かったみたいだね」
「え?」
少し離れた所で迅とシルフィアのやり取りに笑っていた凛は、隣で同じように笑っていた繭に指摘した。
繭はなぜ指摘されたのかを疑問に思っていたが、凛が心なしか安心したような表情をしていたため、自分の事を心配されていたのだと察し、繭は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「少しは元気出た?」
「ん、柄にもなく気にし過ぎてた。心配かけてごめんね」
「いいのいいの。私たちは親友なんだから」
凛が優しい言葉とともに繭の手を握った。
すると、繭はギュッと強めに握り返して真剣な目を凛に向けた。
「……ねぇ、凛。今すぐは難しいけど、いつか皆にあの事を話してもいいかな?」
「もちろん。それは絶対に繭の為になるはずだからね」
「……うん、ありがとう」
スッキリとした笑みを浮かべた2人は、飛び散ったスイカを片付けようとしている仲間たちのもとへ歩み寄っていった。
〈???〉
その男は酷く落胆していた。
なぜなら、最高の結果と収穫が出来るはずだったというのに、それが手に入らないばかりかせっかくの研究成果を壊されてしまったからであった。
その男の前には何をどうしても全く反応しなくなった巨大な魔導具がそびえ立っており、その全体はガラスも含めて亀裂が入っていた。
「まったく、全てが順調だったところにとんだ水を差されたものです……半永久的な命を持つ疑似神核生命体『ヘギシム』。勇者以上の戦力ですが、まだ覚醒者を超える程ではない、か……やはり元となる力の質を上げる必要がありますね」
男は魔導具から離れて少し歩くと、しっかりと稼働しているもう一つの魔導具を見上げた。
そのガラスの中には巨大な青いクリスタルが入っており、その側面のモニターには『87%』と表示されていた。
「『ヘギシム』一体と魔力炉を失ったのは痛手でしたが、現状の成果を知れたことで納得するしかないですね。しかし彼らが都合よく手元に来てくれましたし、上手くいけば最高の素体を手に入れられる可能性もありますねぇ」
色々と思案しながら周囲を見渡していく男の視線の先には、果てが見えないほどの空間に等間隔に置かれている無数の魔導具があった。
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