人の想いとは……
大変長らくお待たせしました。
話の前に先に本編の方をどうぞ。
迅とカトリーナがお出掛けの約束をした翌日、早起きしてある程度の準備を済ませたカトリーナは、起きてきたばかりのシャムニカと着ていく服を選んでいるところであった。
「ねぇシャムニカ、こっちの方がいいかしら?」
右手に真っ赤なドレス、左手に真っ白なワンピースを見せて尋ねるカトリーナは、まだ寝てる者も多い時間だというのにイキイキとした笑みを浮かべていた。
しかし、その笑顔の理由を察しているシャムニカは、眠気と相まって仏頂面になっていた。
「……はあぁぁ」
「どうしたの?体調でも悪いの?」
「……いえ、まだ少し眠いだけです」
心配するカトリーナに対して適当な理由で誤魔化したシャムニカは、チョイスから外れた服を次々としまっていった。
(まったく、こんなに浮かれてるカトリーナ様は初めてです)
服をしまいながらチラッと振り返ると、白のワンピースを体に当てながらニコニコとしているカトリーナがいた。
それを見て迅に対しての殺意を抱くシャムニカだったが、それも少ししたところでため息をつきながら脱力していった。
(それもこれも、全てあの男が元凶!……でも、助けてもらった事には変わりませんか……)
渋々といった様子で怒りを夢散させていたシャムニカだが、滅多に見れないカトリーナのご機嫌な様子に嬉しくも思っており、〝そこだけは感謝しよう”と少しだけ微笑んでいた。
最終的に白のワンピースを選んだカトリーナは、普段はポニーテールにしている髪をおろし、右耳のイヤリングと大きめの白いパナマハットをかぶっていた。
そして、屋敷の門へ向かっていると、軽装に身を包んだ迅が壁に寄りかかって待っていた。
「お待たせしましたわ」
「おう、それじゃ行くか」
「はい!」
とくに話さず合流してすぐに出発した迅とカトリーナ。
しかし、カトリーナは眠気を感じさせないニッコリとした笑みを浮かべながら迅の横を歩いていた。
それから間もなくの事、物陰に隠れていた2人が先行く迅たちをこっそりと覗いていた。
「フッフッフ、皆には内緒にしてお出掛けなんて、とても可愛らしい先輩勇者なんだから」
とても嬉しそうな表情で顔を覗かせていたのは繭と凛であった。
「繭、何度も言ってるけど邪魔しちゃダメだからね!絶対だからね!」
「ん、分かってる。それにしても意外。凛に見つかった時点で連れ戻されると思ってた」
なぜかやたらと興奮している凛に引き気味の繭は、追跡に乗り気な凛に対して疑問を持っていた。
「だってこれって少女マンガみたいな展開だよ?ピンチに助けられたヒロインがその男の子に想いをぶつけていく……そして紆余曲折ありながらも、やがてその想いが届いて2人は結ばれる……もう最っ高のシチュエーションじゃない!」
いつになく声を荒げて力説してくる凛に対して、やはり引いてしまう繭。
いつもとは逆の立場になって困惑した繭は、ひとつため息をついていた。
(私が発端とはいえ、まさか凛がここまで少女マンガにハマるとは……ん?)
「はあぁぁ……」
繭が地味に精神的な疲れを溜めているところへ、薬草や果物が入ったカゴを持ってトボトボと歩くシャムニカに気付いた。
「シャムニカさん?」
「へ?……マユさんにリンさん。そこで何を?」
声をかけられて気付いたシャムニカは、朝早くに隠れるようにしている2人に対して問いかけた。
〈南セントレア商店街〉
出発して街へとやってきた迅とカトリーナ。
2人は朝食を摂るために食べ物の露店が集まっている所へ来ており、何を食べるか決めているところであった。
そして少し歩いたところで、香ばしい匂いを漂わせている串肉店へと立ち寄った。
「すいません、そちらを2つ頂けますか?」
「はいよ!って、勇者様じゃねぇか。こんな朝っぱらから珍しいねぇ。おや?そっちの坊主は初めて見るな」
「こちらはジンさん、昨日の怪物戦で私たちを助けてくれた方ですわ」
「は〜、てーことは勇者様よりも強いのか。若いのにたいしたもんだ」
「私とは比べ物になりませんわ。今回の怪物戦だって、私はまるで役に立ちませんでしたもの」
迅と比較された途端に自信なさげな笑みを浮かべるカトリーナ。
咲恵に励まされたとはいえ、やはり力不足だった事はまだ気にしていたのだ。
しかし、カトリーナの自虐的な言葉と笑みを見た店主は、一つ鼻で笑うとニカッとした笑みで話しかけてきた。
「ハッ!何言ってんだい!勇者様がいなきゃ俺らは安心して暮らしてらんねぇよ!ほら、今日は普段から頑張ってもらってる勇者様にサービスだ!代金もいらねぇからよ!」
そう言った店主は串焼きを4本も差し出してきた。
しかし、それを見て慌てたカトリーナは、困り顔をしながら財布袋を取り出していた。
「そ、そんな、お金はちゃんと支払いますわ」
「いらねぇいらねぇ。兄ちゃんも戦ってくれてありがとよ。それとだな、この勇者様は普段から頑張り過ぎちまうからよ、今日は存分に甘やかしてやってくれや」
「なっ⁉︎」
店主はカトリーナに強引に串焼きを押し付けると、傍らで眺めているだけであった迅を巻き込んだ。
それを受けた迅は店主のアイコンタクトの意図を察し、大袈裟なリアクションをしながらカトリーナへ一礼した。
「そこまで言われちゃ仕方ねぇな。カトリーナ姫、本日はなんなりとお申し付けください」
「姫っ⁉︎」
一部のワードに過剰な反応をしたカトリーナは、まるでタコのように顔が真っ赤になっていた。
「あっはっはっは!兄ちゃんもノリがいいじゃねぇか!」
「まぁな」
お互いにグッドサインをしている2人を見たカトリーナは、自分がからかわれただけなのをようやく察した。
「も、もうっ!あまりからかわないでください!ありがとうございました!」
「まいどありー!」
怒りながらも店主へお礼の一言を伝えたカトリーナは、早々にその場から歩き始めた。
そこに少し遅れて横に並んだ迅は、先程の店主とカトリーナのやり取りを微笑ましく思っていた。
「随分と慕われてるみたいだな」
「それはなんとなく分かりますけど、こういうのは少し苦手ですわ……それよりも、冷めないうちに食べましょう?」
「おう、ありがとな」
少し歩いて芝生とベンチが置いてある広場へとやってきた2人は、そこに腰掛けて食事を始めた。
「それで、誘っておいてなんですが、ジンさんはどこか希望の場所とかありますか?」
「いや、特に無いから好きな所で構わないぞ。まぁ、強いて言うなら楽しい所かな?」
「楽しい所ですか……っ!」
カトリーナが迅の希望を聞いて悩んでいるところへ、少し強めの風が吹き付けてきた。
そして、咄嗟に帽子を抑えたカトリーナのすぐ横で風に乗った花びらが舞い上がり、そのまま空へと飛んでいった。
「今日は晴れてくれましたけど、風が少しありますわね」
「俺としてはこれくらいの方が心地良いけどな。……ん?髪に何か付いてるぞ」
「え?どこですか?」
迅に指摘されたカトリーナが髪を確認していくものの、耳の近くで髪に絡まりかけている花びらは取れないままであった。
「耳の辺りなんだが、俺が取った方が速いな」
見かねた迅が花びらを取る為に顔を近づけて手を伸ばすと、そのフワッとした金色の髪を梳くようにして花びらを取り除いた。
「っ⁉︎」
「ほら、取れたぞ」
「あ、ありがとう、ござい、ます……」
急に顔が近付き優しく髪を梳かれたカトリーナは、一瞬感じた心地よさと羞恥によって顔を赤くさせながら俯いてしまった。
その2人のやり取りは傍から見れば出来たてのカップルのようであった。
一方で、その傍から覗いていたとある3人組は、迅とカトリーナの行為に三者三様の興奮をしているところであった。
「キャーッ!まさしく少女マンガ的展開!もう一押し!でもまだ朝なのに!キス⁉︎キスしちゃうの⁉︎」
「フムーッ!フムーッ!」
「ちょっと凛!お願いだから静かにして!あとシャムニカちゃんを止めるの手伝って!」
迅たちから少し離れた建物の陰で、角度的にキス未遂にしか見えずに喜んでいる凛と、〝大事な主に手を出された!″と怒りを剥き出しにしているシャムニカ、そしてシャムニカの口を封じながら必死に抑え込んでいる繭の3人がいた。
(あいつらは朝っぱらから何してんだか……気付いてないとでも思ってんのか?)
カトリーナの屋敷を出た時から3人の尾行に気付いていた迅は、おかしな反応をし始めた3人に対してため息をついていた。
そして残った串焼きを早々に食べ切ると、串を火の魔法で焼き尽くしながら立ち上がった。
「そろそろ行くか」
「はっ!す、すぐに準備しますわ!」
迅に声をかけられて羞恥から戻ったカトリーナは、上品にしながらも急いで食べ切って立ち上がった。
「さて、のんびりと歩いて行きたいところではあるが、先に追っ手を撒くとするか」
「え?」
「悪いが、少し失礼するぞ」
「きゃっ⁉︎」
急な事で呆けているカトリーナから串を取り上げて焼き尽くした迅は、カトリーナを強引にお姫様抱っこで抱えるてその場から勢いよく飛んで行ってしまった。
「あっ!逃げられた!」
「そんなぁ〜」
「追いかけましょう!奴は仕留めるべきです!」
「仕留めるって……ん?」
迅とカトリーナが去って行ったことで物陰から飛び出した3人。
そしてまたも三者三様の反応をしたところで、少し離れた所から響く喧騒に気付いた。
「どうしたんだろう?」
「どうやら親子ゲンカみたいですね。いつもより激しい気はしますが」
あまりに気になった3人が追跡を諦めて喧騒の方へ様子を見に行ってみると、武器屋の店先で無精ヒゲを生やした男とまだ若そうな青年が言い争っていた。
「だから何度言やぁ分かるんだ!くだらねぇ事すんじゃねぇっていつも言ってんだろうが!」
ゴンッ!
青年は拳で頭を殴られて軽く吹っ飛んだが、少しすると勢いよく起き上がった。
「ってぇな!何すんだクソ親父!俺は客が喜ぶと思って強化魔法を付与してただけだろうが!」
「それをやめろと言ってんだろうが!お前はまだ成功率が低いんだからあっちの不良品で練習してろ!」
「もう何度もやっただろ!いい加減こっちで練習したいんだよ!」
お互いに頭をぶつけながら怒鳴り合っている2人。
そんな2人の喧騒に野次馬が集まっていたが、野次馬たちは呆れたような笑みを浮かべるだけで止めようとはしていなかった。
そこへ、周りに気付いていない2人のもとに恰幅の良い女性が近寄っていった。
「まだ言うか!ならもう一発喰らわして「やめなアホども!」うぎっ⁉︎」
「あがっ⁉︎」
2人はほぼ同時に恰幅の良い女性に殴り飛ばされ、そのあまりの威力に起き上がることが出来なかった。
そんな倒れ伏した2人の近くに寄った女性は、怒りからくる青筋を浮かべて腕を組んで仁王立ちをした。
「アンタ!いつも店先でケンカすんなって言ってんでしょうが!フット!お前も粗悪品を一度も失敗せずになってからって言ってんでしょ!半端な仕事して職人になれると思ってんじゃないよ!」
見事にケンカを沈めた女性は未だにピクピクと伸びている2人の襟を掴み、そこから引きずって店の中へと戻っていった。
一連の流れを野次馬たちの隙間から見ていた凛たち。
すると、シャムニカが不意に笑みを浮かべた。
「ふふっ、あれだけ怒りをぶつけてもそれは家族のため。あんなに真っ直ぐにぶつかり合える家族というのも羨ましいですね。まぁ、やり過ぎな部分はあると思いますが」
ほぼいつもケンカをしている親子だと知っていたシャムニカは、直情的なやり取りをしていたあの家族に対して微笑ましくも感じていた。
「……そっか、虐められてたんじゃないんだね……」
先ほどの騒動がただの親子喧嘩だと理解した繭は、一息をつきながら笑みを浮かべた。
その時、凛がふと繭の方を向くと、その視界に放置出来ない物が存在していた。
「ま、繭?それは?」
「え?……あ」
戸惑いながらの凛に指摘された繭は、その指が刺す方、すなわち自分の手元を確認した。
するとそこには、黒いモヤを纏った真っ黒の包丁が握られていた。
「えへへ、ごめんね。つい出ちゃってたみたい」
そう言って苦笑いしながら魂剣を夢散させる繭。
本当に無意識のうちに魂剣を出していたようで、魂剣を夢散させて空いた手を、まるで何かを抑えるように自身で握り締めていた。
「繭……」
心なしか顔色を悪くしている繭を心配した凛が近寄ろうとした。
するとそこへ―――
「おや?シャムニカ嬢ではありませんか」
渋い声の銀髪の男から声をかけられた。
その痩せ気味の男は茶色いローブに身を包んでおり、手には果物がたくさん入った紙袋を抱えていた。
「お久しぶりです、モルザリー殿。いつの間に帰られてたのですか?」
「つい先日ですよ。と言っても、またそのうちに東へ向かわねばなりませんがね。ところで、そちらのお嬢様方は髪色から察するに勇者様ですかな?」
「えぇ、そうです。他の勇者殿たちと一緒に怪物討伐の救援に来てくれたのです」
「おぉ、そうでしたか。それはありがとうございました」
「い、いえ、私たちは特に何もしてませんから」
とても嬉しそうな表情で深々と一礼をしたモルザリー。
しかし、初対面でしかない繭と凛はどう接していいのか分からず、少し困惑気味になっていた。
そして、モルザリーは凛の慌てながらの言葉に疑問を浮かべていた。
「何も?では他の勇者様が怪物を倒されたのですか?」
「いえ、違います。怪物はジンくん……私たちの友達が倒してくれたんです」
まるで自分の事のように自慢げに話す凛。
その事実を聞いたモルザリーは驚いた表情を見せると、次の瞬間には好奇心に満ちた目をしていた。
「勇者様ではない方が倒したと?それは興味深いですな。もし宜しければ詳しく話を聞かせて頂けませんか?勇者であるお2人の魂剣も気になりますので」
「それは良いですね。モルザリー殿は神官でありながら魂剣の研究者でもあるんです。ですから魂剣の隠れた能力を知ることができるかもしれませんよ」
モルザリーの提案を快く推してきたシャムニカ。
自身も世話になったことがあるからこそ、未知の強さを秘めている勇者である2人に勧めているのだった。
「ん、今以上に強くなれるなら嬉しい。いつまでもジン君に頼ってばかりはいられないから」
「そうだね。私のシルビィも分からない事が多いし、折角だから聞いてみたいかも」
話題が変わったことで繭は普段のように戻り、その事にひとまず安心した凛もモルザリーの提案に乗り気になっていた。
「決まりですね。では、私が管理させて頂いている神殿へ向かいましょうか」
迅を尾行する予定を変えた3人は、モルザリーの案内で神殿へと向かうことになった。
〈迅サイド〉
一方で、尾行をしていた3人を振り切った迅とカトリーナは、海岸側の街中を歩いていた。
「もう、急でしたから驚きましたわ」
移動した際に乱れた髪を手櫛で梳きながら話すカトリーナの頬はほんのりと染まっており、バクバクと鳴っている心臓を必至に抑えようと表情だけは澄まし顔になっていた。
「悪かったな。変な横槍を入れられたら面倒だと思ったんだよ」
「彼女たちなら問題無いと思いますわよ?だから私も気付かないフリをしていましたもの」
「なんだ、気付いてたのか」
「えぇ、私は普段から電撃を使っています。そのおかげか人から発生する電磁波にも気付けるようになりましたの。ですからたとえ死角に居たとしても察知が可能なのです」
カトリーナの魂剣である『ヴァジュラ・ペルセウス』は、雷を纏いながら戦える全身重鎧の強力なものだ。
しかも浮遊も出来る特殊な魂剣で、咲恵や北沢とはまた違った強さを誇るものであった。
その魂剣の影響により雷系統の魔法が得意であるカトリーナは、雷の身体強化を常時発動することで、身体能力、知覚能力を向上させていたのだ。
今は半径50メートルまでならば魔法すらも察知出来るため、奇襲も跳ね除けられる最強のオールラウンダーであった。
「へぇ、それは便利だな。だが、それは副次的なものだろ?魔力の流れ方が強化だけじゃないようにしか見えないんだが、違うか?」
「……分かりますか?」
「あぁ、常に魔力を発してるのが気になって少しだけ視させてもらったからな」
そう話した迅は一瞬だけ瞳に白い紋様を浮かべてみせた。
それを見たカトリーナは、観念したように俯きながら話し始めた。
「……その通りですわ。私はこの身体強化を常時発動することで疲労の蓄積を感じないようにして動いています。脳への負荷で知覚能力の一部を麻痺させて、骨や筋肉には直接電撃を流すことで疲労すらも無視して無理矢理動かしているのです」
カトリーナの強化に隠されていたものは、無茶な活動限界突破であった。
怪物戦の際、カトリーナはあり余る魔力にモノを言わせて強化をし続け、眠気と疲労の感覚を麻痺させながら丸1週間も動いていたのだ。
だが、あくまで感覚を麻痺させただけの疲労は怪物を追い詰めたところでツケが回り、まだ数発は放てたはずの雷撃が使えずに力尽きてしまった。
そこへ迅たちが駆けつけたことで大事にはならなかったが、もう1日でも遅ければ命を落としていたのは簡単に想像できることであった。
「それ自体が悪いとは言わない。だが、あくまで切札として考えるべきだ。周りを頼れない状況で最悪が起きた場合、今のお前じゃ対処出来なくなるぞ」
「…………」
迅のキツめの言葉に心当たりがあるカトリーナは、目に見えて落ち込んでしまった。
「まぁ、偉そうな事を言ったがこれから改善すれば問題無い事だ。いざという時は俺がどうにかしてやるから、自分にとっての最善を探してみるといいさ」
励ましの言葉にカトリーナがふと顔を上げると、迅が優しい笑みを浮かべながら顔を向けていた。
「……はい。私なりに、頑張ってみますわ……差し当たってはジンさんへのお礼ですわね。色々と良いお店がありますのでついて来てくださいな」
「はいよ」
どこか吹っ切れた様子のカトリーナは、迅の手を引いて街の案内を始めたのだった。
この街の特産である海産物を食べたり力比べなどの興行を楽しんで過ごした2人は、あっという間に時間が過ぎてすっかり傾いた夕陽に照らされながら海岸沿いを歩いていた。
「今日はありがとうございました。見慣れた街でしたが、ジンさんと周ったことで違う景色が見えましたわ」
「礼を言うのはこっちの方だ。なかなか有意義な観光になったよ」
迅の満足そうな表情を見てニッコリと笑みを浮かべたカトリーナは、その場に立ち止まってひとつ深呼吸をすると、真剣な表情を迅に向けた。
「……ジンさん、最後に私を抱えてあそこに連れて行ってくださいますか?」
そう言いながらカトリーナが指差した方を見てみると、少し高めの崖がそびえ立っていた。
「……はいよ」
とくに建物なども見当たりはしなかったが、カトリーナが真剣な表情で話してくる以上〝何かあるのだろう”と察した迅は、カトリーナを抱えて『魔力結界』の足場を飛び移りながら移動していった。
やがて崖の上まで飛んできた迅の視界に、広範囲に生い茂っている森が見えてきた。
そして、カトリーナの指示でぽっかりと森ではなくなっている崖の縁へと降り立った。
その場所からは海や街の全体が見渡せるようになっており、差し込む夕陽が街全体を鮮やかに染めていた。
「……絶景だな」
「はい。ここは神殿とは反対側なので、街の人たちでも知る人はあまり居ないと思います。でも、ここから見えるこの景色がとても好きなんです。私の故郷にも良い所はありましたが、今ここで生きているからこそ、どうしてもこの光景を守りたかったんです」
「自分の命を賭けてでもか?」
「はい。私の好きなものですから、絶対に失いたくなかったんですの。だから、今回は助けに来て頂いて、本当にありがとうございました」
そうお礼を言うカトリーナの表情は満面の笑みを浮かべていた。
「気にするな。お前の連絡が無かったら来る事も無かったわけだからな。この景色はお前が行動した結果だ」
「フフ、ありがとうございます。そういえば、私が連絡してすぐに来てくれたのは何故ですか?」
「咲恵から話を聞いてあの怪物が気になったからだ。あとは変異する魔物が相手なら最悪もあり得ると思ってな。その勘を頼りにこっちに来ただけだ」
「そうでしたか……まさかとは思いますが、あの怪物が再度発生する事はあり得ますか?」
「可能性だけならあるだろうな。だが、あんな強すぎる奴はそうそう出てこないはずだ。あれが頻繁に出てくるようなら人類はもっと追い詰められてるだろうからな」
「……そうですわね」
今回の怪物は初めての経験とはいえ、カトリーナ自身が今後に備える為の問答であった。
しかし、迅の答えですら憶測の域を出ないため、カトリーナは〝自分の成長が不可欠だ″と気持ちを新たに引き締めていた。
「そろそろ戻るか」
「はい。でも、あとひとつだけ、お話がありますわ」
「なんだ?」
もうすぐ夕陽すらも沈んでしまいそうな中、頬を紅く染めて微笑むカトリーナは熱の籠った瞳で迅を見つめていた。
そして、ひとつ深呼吸をしてからゆっくりと口を開いていき―――
「……私、貴方の事が好きですわ」
自身の熱い想いを迅へ伝えた。
「…………」
「……何か、言ってくださいませんの?」
「いや、あまりに突然だったんで驚いてた」
モジモジと恥ずかしそうにしているカトリーナに催促された迅はある意味で素直に話したが、内心では〝どうするか″と返答に困っていた。
そんな迷った様子の迅を見たカトリーナは、真剣な表情で迅の手を握って体を寄せていった。
「突然ではありません。死にそうなところを助けられ、私よりも強くて頼りになる殿方で、私の事を気に掛けてくださる優しいお方ですもの。私にとってこれ以上に魅力的な殿方はいませんわ」
「そういうもんか」
「はい!……それで、答えてはくださいませんの?」
恥ずかしさからモジモジとしながら問いかけたカトリーナ。
それに対して迅は、ほんの刹那に思案してからカトリーナに問いかけた。
「その前に俺からも聞かせてくれ。お前は元の世界に帰りたくないのか?」
これは迅の純粋な疑問であった。
カトリーナは異世界から呼ばれただけであり、帰る目処が立てば故郷に帰るはずだからだ。
なのにこの世界で想い人が出来てしまえば、それこそどちらの世界で過ごすかを悩むことになってしまうのだ。
だからこそ、迅はその辺りが気になったのであった。
「それはもちろん帰りたいですわ。でも、貴方が好きだというのも私の正直な気持ちですから、昨日の様な事があったとしても後悔しないように伝えておきたかったんですの」
そう答えたカトリーナは晴々とした表情をしていた。
一方で、真っ直ぐな想いを伝えてきたカトリーナから顔を逸らした迅は無表情で海の方を向くと、ひとつため息を漏らしてから口を開いた。
「……悪いが、お前の気持ちに応えることは出来ない」
「……なぜと、聞いてもいいですか?」
ショックを受けたはずのカトリーナは、声が詰まりながらも笑みを浮かべたままで問いかけた。
「今の俺に……いや、この先の未来でも受け入れるつもりが無いからだ。俺にはやらなきゃいけない事がある。そんな事には構ってられないんだ」
そう話した迅は決意の籠った目をしていた。
それもそのはずで、迅の放浪は無数の異世界を回るという終わりの見えないものだからであった。
故に一つの世界で留まることのない迅は無責任な事をしたくないが為に、親しい仲になる事を拒んできていたのだ。
しかし、その事情すら知らないカトリーナにとって、迅自身の想いが籠っていない答え方をされた事があまりにもショックであり、ついにはポロポロと涙を流し始めてしまった。
「……それは、あんまりですわ……貴方はとても誠実な方です。そんな貴方が……私の、人の想いに自らの気持ちで答えてはくださらないんですか?」
「いや、だから無理だと言っただろ?」
「でもそれは貴方の事情を理由にした答えですよね?私は貴方が今どう想っているのかを聞かせてほしいんです」
「それこそ同じだ。俺は誰かに甘えるつもりはない。そんな感情はもう捨てた」
迅がいつになくハッキリと冷たい目と声音で答えた直後―――
パシンッ!
「っ⁉︎」
カトリーナに平手打ちをされていた。
迅は〝にべもなく振ったから当たり前か″と思いながら顔を戻すと、なぜか心配そうな表情をしているカトリーナが目に入った。
そのカトリーナは叩いた手を迅の頬に添えると、優しく撫でながら切実な様子で話し始めた。
「いきなり叩いてごめんなさい。でも、その答えだけはやめて下さい。貴方が私程度では推し量れない事情を抱えているのは理解しました。ですが、その事情のせいにして感情を捨てるのだけはだめですわ。人は感情と共に生きています。その感情を捨てた先にはきっと別の貴方しか残りません。先ほどの返事を聞いた瞬間、私は貴方の事が分からなくなりました。他人でも気付けてしまうその境目、それが積み重なっていった先に貴方自身が消えてしまうのではないかと思ってしまいました。私はこの遠い異世界に呼ばれた末に出会えた貴方を、初めて愛おしく感じた貴方を失いたくありませんの」
涙ながらにそう話したカトリーナは頬に添えていた手を下げると、迅の胸元の服を掴んで俯いてしまった。
それを見た迅は、なぜか出会って間もない頃のテオトルの言葉を思い出していた。
『オヌシは大事な感情を失いかけておる。それを取り戻すためにもあの学園に入るのだ。そこのルールに従いながら過ごし、かつてオヌシが持っていたモノを取り戻してみせよ」
一つ目の世界へ渡った際にまるで試練だと言うように指示は出されたものの、その時のテオトルも心配そうな表情をしていたのをよく覚えていた迅。
その頃は過剰過ぎる敵討ちに燃えていた自覚もあったが、迅は様々な世界の人たちと触れ合って心の荒みは晴れたと思っていたばかりに、〝まだ人としての心に異常があるのか″と考え込んでしまった。
「……少し、考えさせてくれ」
「急ぐ必要はありません。ただ、私は貴方の心からの答えを聞きたいだけですわ」
途方もなくポツリと零しただけの返答に対して、カトリーナは優しく微笑んでみせた。
結局その場で答えることはできず、すっかり夕陽も沈みきったところで2人は無言のまま屋敷へと戻っていった。
まずは謝辞を、これまで長いこと投稿できず申し訳ありませんでした。
実は、スランプにでもなったのか文章の作成が思うようにいかず、納得のいくものがなかなか出来ずに時間がかかってしまいました。
これからも待たせてしまうかもしれませんが、完結までなるべく早く投稿できるように心掛けていきますので、これからもよろしくお願いします。
また、誤字や脱字、おかしな文章があれば指摘していただければと思います。
感想やレビュー、評価などをお待ちしています。




