トレノ・クイーン
迅たちが王都から帰還して半月ほど経った頃、生徒会室でいつも通りに書類作成等をこなしていた咲恵のもとへ、1人のベテラン冒険者が訪れていた。
その冒険者は朝早くに【転移石】で【西セントレア】へ到着し、すぐさま学院にいた咲恵に面会を求めてきたのだ。
それを深刻な事情だと察した咲恵はすぐに話を聞くことにしたのだが、その冒険者が南の勇者の従者であることを告げられた後、にわかには信じ難い話を聞くことになった。
「それは本当なのですか?」
「はい。たった一体の怪物の侵攻により、わずか1ヶ月で我ら南の冒険者ギルドは4分の1ほどの冒険者が戦闘不能にされました。加えて、街の守備隊にも少なからぬ被害が出ていまして、現在はトレノ・クイーン様のお力で戦線を保っております」
「なるほど……それで?わざわざ現状報告の為だけに来たわけではないのでしょう?」
「はい。トレノ・クイーン様から手紙を預かっております」
冒険者が差し出してきた手紙を受け取った咲恵は、すぐに文章へ目を通しはじめた。
『まず初めに、久しぶりの連絡がこんな形でごめんなさい。手紙を託した者から聞いたとは思いますが、私は今、とても厄介な怪物と戦っています。その怪物はとても高い知能と能力を持っていて、今の私たちでは討伐が困難な状況です。このままではいつ大きな被害が出るか分かりません。そこで、是非とも貴女の力を貸して欲しいのです。もちろん貴女にも都合があるでしょうし、すぐにとは言いません。私たちもまだしばらくの間は持ち堪えられますから、都合がついたら来て頂ければ構いません。面倒をかけてしまいますが、どうかよろしくお願いします』
手紙を読み終えた咲恵は少しだけ苦笑いをした後、真面目な表情で冒険者に話しかけた。
「話の概要は理解しました。私としても力を貸すのは構いません。ですが一つだけ率直に聞かせてください。貴方の見立てではどれくらい持ち堪えられそうですか?」
「……3日ほどだと思われます。というのも今回の怪物はかなり特殊でして、怪物がある程度まで負傷するか我ら冒険者をいくらか手負いにしたら即座に逃げていき、こちらが回復し切る前に再び攻めてきます。そして何より、こちらの攻撃は徐々に効かなくなっていきます。すでに昨日の時点で我ら冒険者では大してダメージを与えられず、トレノ・クイーン様の攻撃でしか追い詰めることが出来ませんでした」
冒険者はどこか申し訳なさそうな表情で話していたが、それを聞いた咲恵はというと、少しばかり呆れたような表情をしていた。
「やはりか。私たちに迷惑を掛けたくないんだろうけど、今回はその気遣いが裏目に出そうだな……貴方はすぐに戻って彼女に伝えてください。『明日には行く』と」
「はっ!ご協力ありがとうございます!」
咲恵の返答を受けた冒険者は、その後すぐに部屋を出て【南セントレア】へと転移していった。
そして咲恵たちはというと、急遽決まった予定の為にスケジュール調整をしつつ、この後の方針を話し合っていた。
「サキエ、私たちだけで行くの?」
「いや、ジンくんを筆頭に神崎くんたちも一緒にだ。可能ならティアにも同行してもらうつもりだ」
「分かったわ」
咲恵はノエルに方針を告げながら立ち上がり、さっそく迅の元へ向かうために扉を開いたところで振り返った。
「私はこれからジンくんたちの所へ行ってくる。その間に2人は回復系のポーションと【転移鉱石】、あとは食料を確保しておいてくれ」
「了解です!」
指示を済ませた咲恵は、まだ寝ているであろう迅がいる男子寮へ向かいながら、とある危機感を募らせていた。
(スタンピードの時と同じ特殊な能力を持った怪物……ジンくんが魔物使いを逃した可能性は低いけど、少なくとも何かしらの繋がりはあるだろう。それなら必ずジンくんの力が必要になってくるはずだし、早くしないと下手したら彼女が危ない)
スタンピードの時は迅がいたからこそ解決できた。
その事を痛感している咲恵は、南には勇者が1人だけで覚醒者は存在していない事実と、常日頃から頑張りすぎてしまう性格をしている彼女を思い浮かべて、次から次へと不安に駆られてしまっていた。
〈南セントレア海岸〉
太陽が真上に昇ってそこそこの暑さを発揮してきた頃、普段ならば魔物狩りで喧騒に包まれていたはずのその場所は、魔物も冒険者も全く居ないという異様な状況になっていた。
というのも、近辺の魔物は件の怪物によって駆逐され、冒険者は前日の戦闘による疲れや怪我を癒していたのだった。
その冒険者たちは砂浜から少し離れた高台にある街の中で滞在しており、怪我や疲れを癒しつつもすぐに戦闘が出来るように海岸の方を監視していた。
街並みから少し外れた所に、数百人が入れるほど大きな建物が建っていた。
そこは普段、住民たちの集会やお祭りの為に使われている場所であったが、現在は怪物との戦闘の結果、まともに動くことすら出来なくなった重傷者たちが運び込まれていた。
中では治癒に長けた者たちが1人ずつ対処している他、数人同時詠唱で回復魔法を掛けたりなどの救命作業が行われていた。
しかし、作業をしている内の1人である長い金髪を後ろに纏めた碧眼の女性の所では、銀髪ショートの女性と何やら揉め事が起きていた。
「クイーン様!ここは我らに任せてお休みになってください!このままではあなた様が倒れてしまいます!」
「シャムニカ、心配は無用です。私の親友が明日には来てくれるんですもの。ここで踏ん張れなければ、私は勇者失格ですわ」
このクイーンと呼ばれる金髪の女性はというと、咲恵と同じ時に召喚された〝南條 カトリーナ″と言う【南の勇者】であった。
詰め寄られているカトリーナは、笑顔で治療を続けたままシャムニカの訴えに答えた。
しかし、ここ1週間のカトリーナの行動を把握しているシャムニカは、異常なまでに動き続けるカトリーナへの心配が度を超えていた。
「ですがっ!日に日に力を増していく怪物との連戦!たいした休憩も挟まずに負傷者の救護!それを1週間も続けているんですよ⁉︎いくら勇者の力が強くてもここまで動けるはずがないんです!」
涙を零しながら強く訴えるシャムニカの言うように、カトリーナは丸一週間ほぼ一睡もせずに戦いと救護を続けていた。
そのおかげで死者も少ないまま戦線を持ち堪えているのだが、常人からすれば異常どころではないからこそ、心配でたまらないシャムニカは必死になっていたのだ。
「少し落ち着いてくださいな。私が今も大丈夫なのはそれだけの力を持っているからです。本当に無理ならばちゃんと休みますから、そんなに心配そうな顔をしないでくださいな」
「でしたらしっかりと休んでください……私は、クイーン様に何かあったらと思うと……気が気でなりませんっ……」
「シャムニカ……分かりました。貴女の言う通りに休ませてもらいます。その代わり、私のことはクイーンではなくカトリーナと呼んでください。親しい仲なのに名前で呼んでくれないのは少し寂しいですわ」
シャムニカの涙の訴えについに折れたカトリーナは、寂しそうな笑顔でシャムニカの頬に手を添えた。
「っ!はいっ!カトリーナ様!」
ようやく自分の想いが通じたと安心したシャムニカは、涙を流しながらも満面の笑みを浮かべていた。
しかし、今度はカトリーナが困ったような苦笑いをしていた。
「いえ、あのね?様付けは必要ないのよ?」
「いえ!そこは私も譲れません!」
「随分と頑ななのね」
「大事な事ですから!ささっ、早くあちらでお休みください!」
そうと決まれば早く休憩してもらいたいシャムニカは、カトリーナの手を取って元から準備していた専用テントへ案内しようとした。
「ええ、そうさせてもらいますわ。……あいつを退けた後にね」
「えっ?」
カトリーナは引かれるがままに動こうとしたところでピクッと何かに気付き、シャムニカの手を解いて海岸側の出口へと歩き始めてしまった。
足早に建物から出たカトリーナは、険しい表情のまま海岸のすぐそばまでやってきた。
そして、遥か先まで広がる海を見渡すと、海岸から200メートルほど離れた静かな沖に、不自然な波がひとつだけ発生していた。
カトリーナがそれを確認して顔を顰めていると、遅れて同じものを見たシャムニカは驚きと焦燥を隠せないでいた。
「そ、そんな⁉︎昨日追い詰めたばかりなのに⁉︎」
「すぐに回復出来てしまうほどの体になったということです。まったく、たった一体の怪物も倒せないなんて勇者失格ですわ」
悔しさから歯噛みするカトリーナの視線の先では、あっという間に100メートルほどまで近付いてきた波から、その正体である巨体が這い上がってきていた。
「キュオオオオ!」
明らかな敵意の籠った咆哮をあげた怪物の正体は、クラゲのような姿をした魔物であった。
全身は深い青色、妖しく光る紅い眼、数十本の大小様々な触手、見た目はシンプルながらも、その巨体をまじまじと見た者からすれば不気味そのものであった。
「総員戦闘準備!私が怪物の気を引きますから、隙を見て攻撃してください!」
「っ!カトリーナ様!」
カトリーナは続々と集まってきていた冒険者たちに指示を出すと、『身体強化』を掛けて空高く飛び上がった。
「いでよ、『ヴァジュラ・ペルセウス』!」
カトリーナが自分の魂剣を呼んだ直後、全身に激しくスパークする電流が発生した。
それからすぐに眩い光を放った直後には、金色の全身鎧を身に纏って空中を漂っていた。
カトリーナの魂剣である『ヴァジュラ・ペルセウス』は、雷と浮遊の能力を併せ持った鎧型の魂剣であった。
鎧自体の強度も強力だが、半径2メートルほどには強烈な電磁バリアが張られており、投擲物や中級魔法までも防いでしまうのだ。
一見すると防御主体に思えるが、纏う電流を自在に操ることで遠距離攻撃も可能な万能型であり、さらにカトリーナは東西南北に散っている勇者の中では最も魔力量と精神力が優れていた。
「先手必勝ですわ!『ホーリー・レビン』!」
カトリーナが両手を前にかざし、そこからレーザーのような雷撃を放った。
しかし、その雷撃は圧倒的な体積を持つ怪物には微力なものであり、感電させることもなく飲み込まれてしまった。
「大して効きませんか……」
「キュオオオオ!」
カトリーナが焦らずに相手を分析しているところへ、怪物が複数の触手を伸ばしてムチのように振るってきた。
それを流れるように飛んで躱していったカトリーナは、怪物の周りに無数の雷を発生させた。
「『サンダー・ストーム』!」
カトリーナが創り出した無数の雷は、台風のように渦巻きながら怪物を飲み込んでいった。
怪物の周囲では弾けた雷の衝撃によって、高波や電熱が原因の水蒸気が発生しており、怪物の半径50メートルほどの空と海は並の生物では生きられないほどの地獄と化していた。
しかし、それも十数秒したところで雷の渦から無数の触手が飛び出し、乱雑に振り回された衝撃によって霧散させられてしまった。
(これもダメ……なら、もっと強力な攻撃で押し切るしかありませんわ!)
「『トレノ・スピリアル』!」
カトリーナが唱えた直後、鎧全体に強力な電撃が発生し始めた。
その電撃は鎧だけに留まらず、カトリーナの体全体、筋肉や骨、血液や細胞に至る隅から隅まで発生していた。
「申し訳ありませんが、今日は早々にお帰り願いますわ。『トレノ・バースト』!」
手を頭上にかざしてから下ろした直後、一筋の雷が怪物に落ちていった。
すると―――
ズドォオオオン!
直撃した瞬間に大爆発が起こり、怪物の頭半分を消し飛ばしていた。
「今だテメェら!ありったけをかましてやれ!」
「「「『サーマル・インパクト』!」」」
ようやく準備が整った冒険者たちが、野太い声と同時に大量の火炎弾を放った。
一発の威力は低いものの、立て続けに放たれる火炎弾が抉れた頭をジワジワと削っていき、怪物を更に追い詰めていく。
「『トレノ・ヴォルテックス』!」
冒険者たちが撃ち込んでいる間に大質量の電撃を圧縮して纏ったカトリーナは、自分を中心にした半径10メートルほどの電撃玉となり、稲妻の如き速さで怪物の胴体を貫いていった。
「見ろ!デッケェ穴が空いたぜ!」
「はははは!今日こそは討伐してやるよ!」
体積が半分ほど無くなったであろう怪物を一瞥した冒険者たちは、勝利が目前というのもあって勢い付いていた。
一方で、滞空しながら怪物の様子を見ていたカトリーナは、突然ダランと動かなくなった右腕を見て顔を顰めていた。
(……右腕がやられましたか。ですが、この代価に見合った成果は得られましたわ)
カトリーナは現在、『トレノ・スピリアル』の効果で少し特殊な身体強化が掛けられていた。
その効果は体を構成する組織全てを雷の力で強化することで、通常の『身体強化』の数倍はスペックの底上げが出来るのだ。
しかし、細かく見れば『身体強化』が力の上乗せなのに対し、『トレノ・スピリアル』は力の上乗せと体のリミッター解除を行っている為、圧倒的な火力の代わりに時間が経つにつれてブレーカーが落ちたように体の一部が動かなくなっていくのだ。
力無く垂れ下がっている右腕をひとまず放置したカトリーナは、怪物を見据えながら雷の出力を上げていった。
(こんなリスクは問題ありません。体全てが動かなくなる前に仕留めるか追い払うだけですわ!)
カトリーナが収束した雷を放とうとした直後、怪物の片目しか残ってない紅い眼がギラリと光った。
「キュオオオオ!」
途轍もない咆哮を上げた怪物の体が粘土のようにグニャグニャしたかと思うと、体全体を青白く発光させながら瞬く間に元の姿へ回復していった。
しかもそれだけでなく、触手から大量の海水を吸って膨張していった後、怪物は中心と左右に分かれるようにして増殖した。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ……」
「再生したうえに分裂しやがった……」
たった一体に苦戦していたのにそれが三体に増えてしまったことで呆然とする冒険者たち。
カトリーナもまさかの事態に歯噛みしていると、怪物たちが右側面の触手をゆっくりと後ろに引いて構えた。
「っ⁉︎全員で防御壁を作りなさい!」
すぐに攻撃が来ると悟ったカトリーナが指示を出し、ほぼ同時に直感的に理解していた冒険者たちが魔法や物理障壁を展開して構えた。
その直後、怪物たちは揃って海面を切るように触手を振り払った。
ドパァアアアン!
圧倒的な膂力で飛ばされた大小様々な大量の海水弾は、砲弾のような勢いと威力で海岸全体を襲った。
「うぶっ⁉︎」
「ぐはっ!」
冒険者たちの張った全ての障壁はたった数発で破られてしまい、冒険者たちは次々と海水弾によって弾き飛ばされていった。
そんな中、ドーピング状態が続いているカトリーナは縦横無尽に動いて海水弾を躱していたが、目の前に一際大きな海水弾が迫ってきたことで被弾を覚悟した。
するとそこへ―――
「『リフレクター』!」
裂帛の声と同時に、カトリーナの目の前に透明な膜が現れた。
そして、海水弾がその膜に触れた瞬間、向かってきたのと同じ速度で跳ね返っていった。
シャムニカの魂剣の名前は『リフレクト・ミラー』、受けた物全てを反射する能力を持った鏡型の魂剣である。
とはいえ、鏡とは言っても鏡面の淵の部分に枠組みがあるだけで、鏡面自体は向こう側を綺麗に見渡せるほど透明になっている。
この魂剣には攻撃手段は無いものの、鏡面の部分で受けたものは物理でも魔力でも精神力でさえも弾き返せるのだ。
ただし、一度に作り出せる鏡は二枚までで、大きさも2人がギリギリ入れるほどのものしか作れないというデメリットもあった。
これは魔力や精神力の量の問題ではなく、どう強化しようとも今以上に増やせないし大きくすることが出来ないのだった。
全ての海水弾が通った後、カトリーナがハッと海岸を見下ろすと、大量の砂埃の隙間から掌を突き出しているシャムニカが立っていた。
「シャムニカ!」
「カトリーナ様!ご無事ですか⁉︎」
「ええ!ありがとう!」
カトリーナが礼を言いながら海岸の状態を確認すると、運良く被弾しなかった数人とシャムニカ以外は倒れ伏しており、とても戦えるような状態ではなかった。
(敵は戦力アップに万全の状態。こちらは冒険者たちがほとんど倒され、私は攻撃があと十数回出来るかどうか……でも―――)
「この程度の危機、乗り切ってみせますわ!」
絶対に諦めようとしないカトリーナの強い意志によって、纏っている雷の出力がどんどん上がっていった。
しかし、それをまるで気にしていない怪物は、先ほどと同じように触手を振りかぶり始めた。
「もうそれは撃たせませんわ!『トレノ・コロッセオ』!」
カトリーナは左手に生成した一本槍の雷を怪物の頭上に放った。
すると、一瞬で広大な雷雲が広がり、そこから極大の雷が無数に海面へと落ちていった。
しかし、この雷は怪物に命中するのではなく囲うように動いていき、あっという間に三体ともを覆った檻へと変化した。
そして、カトリーナが握り拳を作ったと同時に縮まっていき、怪物たちが押し潰されそうになるほどに小さくなった。
「『トレノ・クルセイダー』!」
怪物たちの動きを抑えたカトリーナは、次に雷の粒子を怪物の周囲に散らした。
それは程なくして肥大していき、3メートルくらいの十字架へと変化して空中を埋め尽くしていった。
そしてカトリーナが手を振り下ろすと動けない怪物たちに迫っていき、次々と突き刺さっていった。
これによって刺さった部分が電熱で溶けていくようになったが、代わりにカトリーナの左下半身の感覚が消えてしまった。
(大丈夫!まだ動ける!)
急に力が入らなくなったことでバランスを崩しかけたものの、すぐに立て直したカトリーナはまだ動く左手に高圧の雷球を作り上げた。
しかし―――
「『トレノ「キュオッ!」っ⁉︎」
カトリーナが攻撃する前に怪物たちが口を開き、カトリーナに一発、シャムニカ側に二発の海水弾を吐き出してきた。
シャムニカは咄嗟に自分とカトリーナの前に『リフレクト・ミラー』を出したが、海水弾はその手前の砂浜に着弾し、鏡で庇い切れない砂埃によって吹き飛ばされてしまった。
「きゃっ⁉︎」
「シャムニカ!」
「キュオオオオ!」
カトリーナがシャムニカを心配して気を逸らした瞬間、怪物たちは海水を取り込んで膨張していき、力ずくで雷の檻を破ろうとしていた。
(くっ!今は倒すのが先!)
シャムニカを心配しながらも怪物たちの対処を優先したカトリーナは、左腕を天にかざしながら目を閉じて深い集中状態に入った。
「『力の根源たる天の威光よ、我が身を喰らい、かの者を喰らい、万物を撃ち落とす絶対の雷槍となれ、エストレノ・トライデント』!」
カトリーナが詠唱を終えた直後、鎧全体に赤いひび割れが発生し、そこから大量に流れ出していく力が巨大な赤い三叉の槍へと変化していった。
「全力で貫いてやりますわ!」
カトリーナが裂帛の気合いと共に左腕を振り下ろすと、槍は鼓膜すら破りそうな轟音を響かせながら怪物たちへ向かっていき、雷の檻を貫通して怪物たちの上半分を抉り取っていった。
「……すげぇ」
「これが勇者の力……デタラメじゃねぇか」
負傷しながらも戦闘を見守っていた冒険者たちは、圧倒的過ぎる勇者の力を見せつけたカトリーナに対して全員が気圧されてしまっていた。
そして、先ほどはかなりの速度で回復出来ていたはずの怪物たちだったが、さすがに失った質量が多過ぎたのか回復速度が目に見えて落ちていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……まだですわ」
大技の連発でさすがに息を切らしているカトリーナは、技の反動で顔半分の感覚と聴力を失いながらも左腕を少しずつ上に上げていき、もう一発を放つ準備に入った。
フラフラしながら詠唱をしていくカトリーナの鎧は更に赤いひびが刻まれていき、その代わりに大地すらも消し飛ばせるほど高電圧の赤い槍が生成されていった。
「これで……最後ですわ!『エストレノ―――っ⁉︎」
カトリーナが槍を放とうとした瞬間、技の反動による強烈な目眩によって意識が飛びかけてしまい、攻撃の手を止めてしまった。
(そん、な……こんな、ときに……)
前すらまともに見れないカトリーナ。
そこへ、7割ほどの回復を済ませてしまった怪物の一体が触手を束ねて肥大化させると、カトリーナに向けて水平に振り抜いてきた。
ズパァン!スドォン!
「ゲホッ!ゴホッ!」
強烈な一撃を貰ったうえに勢いよく海岸に叩きつけられたカトリーナ。
鎧のおかげで骨もひびが入った程度で済んだものの、内臓に響くような衝撃のせいで力の維持が出来なくなってしまい、赤い槍は空中で綺麗に霧散してしまった。
「キュオオオオ!」
最悪なことに怪物たちは完全に復活してしまい、のっそりと倒れたままのカトリーナへと近付いていった。
「はっ、はっ、はっ」
一方で強く叩きつけられてしまったカトリーナは、肺から一気に空気が押し出されたことで過呼吸のような状態になっていた。
しかも技の反動でついに体全体が動かなくなり、鎧も魔力と精神力切れで頭や腕の先の方から霧散し始めていた。
(私が……負ける、わけには!)
荒い呼吸をしながらどうにか動こうとするカトリーナだったが、指先ですらまともに動かすことが出来なかった。
すると突然、カトリーナを中心に大きな陰が現れた。
それに気付いたカトリーナが目を開けて上を見ると、怪物が大量の触手を束ねて作った特大のドリルが構えていた。
「くっ!」
「キュオッ!」
動けないと分かっていても足掻くカトリーナに対して、怪物は回復の隙すら与えないかのように即座にドリルを突き出してきた。
それに対して反射的に目を瞑ったカトリーナ。
ズガァン!
(っ!……痛くない?―――っ⁉︎)
少ししても痛みすら訪れない事を疑問に思ったカトリーナは、恐る恐る目を開けていった。
すると、カトリーナの眼前には視界いっぱいに広がるドリルと、それを受け止めている白く発光する魔法陣がせめぎ合っていた。
「すぐに来て正解だったな」
思わず呆けているカトリーナの耳に、淡々とした男の声が聞こえてきた。
それに釣られて横に顔を向けると、学院制服を着た白髪の男が右腕を頭上に掲げて立っていた。
「……あな……たは?」
「自己紹介は後だ。悪いが、あの怪物は俺に任せてもらうぞ」
カトリーナの弱々しい問いかけを受けてチラッと顔を向けた迅は、普段の眠そうな雰囲気から戦闘モードへと切り替えて、妖しい紅い眼光を向けてくる怪物を睨み返していた。
今回も遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
現在は少しずつでも投稿ペースを上げたいのに苦戦している状態です。
ですが、どれだけの期間が空いてしまっても必ず完結まで執筆をやめる事はありませんので、まだしばらくの間お付き合い頂けるとありがたいです。
感想やレビュー、評価などをお待ちしています。




