カース・ロード・ドラゴン
あまり時間が作れなくて盛大に遅れてしまいました。
大変申し訳ありませんでした。
日が昇るまであと1〜2時間という頃、村長であるカンズの家からこっそりと抜け出してきたイリスとエリス。
2人は村を出た後、【北セントレア】から更に離れていく方向に進み、ほぼ獣道の森の中を通って山を越え、途中から雑草すらない岩肌を降りて山脈の間にある谷底を目指していた。
そして現在2人は、月の光に照らされながら岩肌ばかりの斜面を歩き降りていた。
「ふぅ……ようやくここまで来たの」
「ふぅ……あと少しであの場所なの」
額に浮かんだ汗を服の袖で拭った2人。
2人とも『身体強化』は使っているものの、戦う時までなるべく力を温存しておく為に出力を弱めており、その結果として2人は軽く走った程度の息切れをしていた。
それから更に1時間ほど歩いた2人は、山の麓の手前辺りで少し休憩をすることにした。
転がっている大きめの岩に仲良く腰掛けた2人は、背負ってきた魔法袋の中から果物と水筒を取り出した。
「「はむ…………んく」」
普段ならば瑞々しい果物の美味しさに満面の笑みを浮かべる2人だが、今は揃って無表情で黙々と食べ続けるだけであった。
「……ねぇ、エリス」
「なに?」
「ここには何も無いね」
「うん、何も無い。確かここも森だったはずなのに、花や草も無くなってる。それに……お父さんとお母さんが身に付けてた物すら落ちてない」
2人が辺りを見回すと真っ黒な岩がゴロゴロと転がっているだけで、とても草木が生い茂っていたとは思えない風景が広がっていた。
そして、自分たちで口にしたことで両親は死んでいるというのを改めて実感した2人は、少しの虚無を感じたあと、ドラゴンに対する怒りを燃やして決意に満ちた目を向けあった。
「絶対に倒そうね、エリス」
「絶対に勝とうね、イリス」
改めて決意し合った2人は、急いで果物を食べきって再び出発した。
歩くのを再開してついに空が明るくなり始めた頃、2人の進む道が崖となっており、そこの手前で立ち止まることになった。
そして、昔と違って草木が存在していない事に加えて覚えのない崖の出現に、2人揃って首を傾げていた。
「あれ?ここら辺って川じゃなかったっけ?」
「確かそのはず……っ⁉︎イリス、あれ!」
どうにか正確な記憶を掘り起こそうとした直後、慌てた様子のエリスが斜め下の方を指差した。
イリスがその指先の方を見てみると、高さ20メートルほどの崖が5段ほど続いた先に訓練場数個分の真っ平らな岩場があり、その中央で真っ黒な鱗の巨大なドラゴンが丸くなって寝ていた。
数年越しでも見間違うことのないその姿を確認した2人は生唾を飲み込むと、意を決してそのドラゴンに近付くことにした。
「『ロスト・ノイズ』」
「『インビジブル・カラー』」
2人は魂剣を取り出してお互いの能力を使い、『身体強化』をしっかりと掛けて崖を飛び降りていった。
そして、音を消していると言ってもつい慎重に近付いていく2人は、あと数十メートルといった所まで近付いた。
そこまで来た2人は緊張から汗をかいていたが、〝ここからなら届く″と判断し、飛びかかる為に軽く腰を落とした。
そしていざ飛ぼうとした直前に―――
「……ようやく我の腹を満たせるかと思えば、小娘がたった2匹しかおらんとはな」
「「っ⁉︎」」
目を閉じたままのドラゴンが話しかけてきた事で、驚いた2人は揃って飛ぶのを中止した。
「何を驚いている。我がその程度の児戯を見破れぬと思ったか」
そう話したドラゴンはようやく目を開き、頭と体を起こして二足で立ち上がった。
「我は最古の龍にして『呪い』を司りし者。貴様ら人間からは【カース・ロード・ドラゴン】などと呼ばれていたな。さて、最強たる我に一体何用だ?」
その鋭い眼光を飛ばし、翼を広げる様は確かにかなりの威圧感を放っていた。
しかし、それに呑み込まれるのをどうにか耐えた2人は能力を解除して気高に睨み返し、イリスが真っ先に声を大にして言い返した。
「お、お前を倒しに来たの!」
「ホッホッホ!脆弱な人間の分際で随分と大口を叩くものだ。人間が我に勝てるはずなかろう。悪い事は言わん、引き返してもっと大勢連れて来るがいい。今たいした糧にもならぬお前たちだけを食ってしまうと、次が来るまで更なる空腹に苛まれてしまうからの」
「そ、そんな風に笑ってられるのも今のうちなの!」
明らかな余裕を見せるドラゴンに対して、今度はエリスが反論した。
しかし―――
「口ではどうとでも言えるが、そんな勇ましい言葉はその震えを止めてから言うのだな」
「「っ⁉︎」」
ドラゴンに指摘された2人が自分の体を見ると手も足も小刻みに震えており、その事に対して驚いていた。
「ホッホッホ!その様子から察するに無意識なのであろう?なればその本能に従い引き返すがいい。そして大勢の人間を連れてくると言うのであれば、我は決して手を出さぬと約束しよう」
仇敵に笑われながら情けをかけられた2人は、その屈辱に、自分たちの不甲斐なさに怒り、握り拳を作って歯をくいしばった。
「舐めないで!私たちはお前を倒しに来たの!」
「今までずっと頑張ってきたの!お父さんとお母さんの仇であるお前を―――」
「「絶対に倒してやるの!」」
揃って宣言した2人は、『身体強化』を全力で使って走りだした。
「なるほど、復讐しに来たというわけか。はてさて、いつの話か思い出したいところだが、ただの食料の事など気には掛けんからの。何の事だかさっぱりだ」
ドラゴンは突撃してくる2人を全く気にしていなかった。
対する2人はその余裕を崩すべく、師匠である迅から授けられた技を繰り出した。
「「『魔力刃』!」」
言葉と共に2人の魔力が短剣を包み込み、斬れ味抜群の長剣が完成し、それをドラゴンの左右の足に向けて全力で振り抜いた。
だが―――
バリィン!
「「っ⁉︎」」
2人の『魔力刃』の方があっさりと砕けてしまい、それに焦った2人はその場から一旦飛び退いた。
「その程度の攻撃が通じるはずなかろう。ほれ、今度は我の番よ」
今度はドラゴンが宣言し、2人に向けて勢いよく腕を振り下ろした。
「「っ!」」
ズドォン!
ドラゴンの腕は空気すらも切り裂くように迫ってきたが、スピードに関しては2人も負けておらず、左右に分かれるようにして回避した。
「ぬ?なかなかにすばしっこいの」
ドラゴンが僅かに驚くなか、2人は挟むようにして再び接近しながら、迅とやってきた今までの特訓を思い出していた。
『いいか?この『魔力刃』は量と質と精度次第で斬れ味が増していくんだ。質に関しては使い続けるしかないが、ありったけの魔力をいっぺんに圧縮させてやればその分だけ強くなってくぞ』
迅の言葉をしっかりと思い出し、先ほどよりも多めの魔力を使って『魔力刃』を精製した2人。
「セイッ!」
「ハァッ!」
ギギン!
2人の『魔力刃』がドラゴンの足に叩きつけられ、今度は僅かに斬り込みを入れていた。
「ホッホッホ!我の鱗に傷を付けるのが関の山だの」
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
ドラゴンは未だに余裕を見せたままなうえに、2人の魔力量は半分を切ってしまった。
しかし、だからと言って諦めるつもりは毛頭ない2人は、お互いを見合って頷きあった。
「イリス、私の力を限界まで渡すの」
「うん、そしたらあとは任せて」
覚悟を決めた2人は、迅にすら見せていない奥の手を使うことにして、まずはエリスが動いた。
「ふっ!」
エリスは自分の魂剣である『アロスト』に魔力を集めて、そこに精神力も織り交ぜていった。
『エリス、お前は力そのものの扱いが上手い。だからもしピンチになった時はそれを切り札にするといいぞ』
(魔力と精神力を混ぜて、それをイリスの剣に纏わせるの!)
以前に迅に褒められて嬉しかったエリスは、それ以来自主的に鍛錬していた力の融合をこの土壇場で決行した。
「ほう?面白い力の使い方だの」
ドラゴンも感心するなか、高密度のエネルギーを持ったそれを、イリスの短剣にくっ付けて譲渡した。
「っはぁっ!はぁっ!はぁっ!」
「あとは任せて!」
エリスは倒れる寸前まで力を注ぎ込んだことで、激しい息切れを起こしていた。
しかし、しっかりと役目はこなし、その先を引き継いだイリスがドラゴンに向かって走りだした。
「させる訳なかろう?」
向かってくるイリスを見据えたドラゴンは無詠唱で複数の岩石を創り出し、それを一斉に撃ちだした。
ズドドドドドドォン!
次々と地面に衝突して粉塵を舞き散らす岩石の砲弾だったが、それをイリスは全て避けきってドラゴンの体を駆け上がり、頭の上に乗って剣を両手で逆手に持って構えた。
「せいっ!」
「ぬっ⁉︎」
エリスのほぼ全ての力が込められた『魔力刃』は、ドラゴンの硬い鱗をしっかりと貫いて深々と刺さった。
しかし、これではまだドラゴンは倒れはしない。
『イリス、お前の能力は音量の調整が出来るんだろ?だったら、音を一瞬で最大まで上げてみろ。そうすればその音自体が防御不可の攻撃になるはずだ』
特訓中に迅から受けていたアドバイスを思い返していたイリスは、自分の右手の先に『魔力刃』を創り上げてそれを振りかぶり、刺さったままの剣に向けて叩きつけた。
「『バースト・サウンド』!」
ギィィイイイン!
「ぐぉっ⁉︎」
イリスが『魔力刃』を剣身に叩きつけたことで甲高い音が発生し、それを精神力全開の能力を使って音を増幅させた。
その結果、かなりの衝撃を放つほどの爆音となり、これにはドラゴンも堪らず苦悶の声を上げて倒れていった。
ズドォオオオン!
ドラゴンが倒れる前に避難したイリスは、両耳を手で塞ぎながらエリスの横に着地した。
「はぁ、はぁ……やったの?」
「はぁ、はぁ……分からないけど、これでしばらくは動けないはずなの」
2人は荒い呼吸をしながらもどうにか意識を保ち、ドラゴンの様子を見ていた。
ちなみに今の2人は僅かに耳鳴りがしているのだが、2人とも爆音が響く前に耳を塞いでいたし、しかも『身体強化』が鼓膜にも作用していたことでその程度で済んでいた。
2人はまだ完全に終わったとは思っていないが、ひとまず安心していた。
そして、イリスはドラゴンから目を離して背負っていた魔法袋から二本の瓶を取り出すと、その内の一本をエリスに差し出した。
「エリス、これを飲んで。これで魔力を回復させて、2人掛かりで首を切断するの」
「そっか、そこまでやれば流石に生きていられるはずはないの」
イリスの提案を了承したエリスは青い液体が入った瓶を受け取り、蓋を開けてそれを飲もうとした。
しかし―――
「……あ、れ?」
「な、に?……」
2人とも瓶を落としてしまい、その場に倒れていった。
「……なん、で?……」
「ちからが……はいら……」
2人が困惑するなか、ズズズッと重い何かが動く音が響いた。
「ホッホッホ!今のは流石に驚いたのぉ」
その野太い声に釣られて顔をどうにか向けた2人の視界には、ギラギラと黄色く光る目を向けているドラゴンが映っていた。
「そん……な……」
「きいて……ない?……」
最初の時と同じように立っているドラゴンを見て、まるでどん底に叩き落とされたかのような絶望感に見舞われる2人。
「何を言っておる。我はチクリと痛みを感じ、そして耳鳴りもしておる。この我をここまで追い詰めたのはお前たちが初めてよ」
素直に感心しているらしいドラゴンは、頭に刺さったままの剣を自らの爪で弾き飛ばした。
そして、倒れる2人に少し顔を近付けた。
「それに、我が驚いたのはそこだけではないぞ。我の縄張りであるこの山には『呪い』の力が染み付いておる。生物ならばあっという間に生命力を奪って腐り果てさせるはずなのだが、それをお前たちはここまで耐えていた。なにやら見たことの無い力がお前たちの体の中から守っていたようだが、それもようやく消えたようだの」
ドラゴンが話した内容の証拠を裏付けるように、2人の体のあちこちがユリと同じように黒い紋様に包まれていった。
そしてドラゴンの言う〝見たことの無い力″というのは、迅が2人に舐めさせたあの飴に込められていた力の事であった。
あの飴にはあらゆる不具合を治していく効果があるのだが、その効果が続いていたからこそ、2人は『呪い』に侵食されることなくここまで来れたのだ。
迅の飴に助けられていた事は知る由もない2人だが、そこよりも自分たちの命を懸けた必死の行動が無意味であった事を思い知らされて、絶望と共に結局は無力であった事への悔しさが2人の心を締め付けていた。
(こんな……こんなのって……最初から無意味だったなんて!)
(頑張って強くなって、やっと仇を討てると思ったのに!)
体が思うように動かず、ポロポロと涙を零すしか出来ないイリスとエリス。
しかも『呪い』で完全に侵食された部分は少しの痛みの後に感覚が無くなり、自分自信が徐々に消えていく様を実感させられて、それが尚のこと恐怖を募らせていく。
「ホッホッホ!良い事を教えてやろう。我はずっと昔から、食べる時は『呪い』である程度腐らせてからと決めているのだ。だからお前たちも両親と同じ運命を辿れるというわけだ。戦士としての最後が両親と同じなのはせめてもの救いであろう?」
ドラゴンに笑われながら教えられた自分たちの辿る運命。
しかもそれが両親の最後であった事を突きつけられたというのもあり、2人の心はついに折れてしまった。
(ごめんなさい……お父さん、お母さん……)
(私たち……何も、出来なかった……)
本来ならばここまで強くなれるはずもなかった2人の壁を壊してくれた迅はおらず、いつものように〝師匠なら″という希望も持てない2人。
2人が村を出た事は誰にも知られていないうえに、頼りの迅は朝早く起きることなどは滅多にない。
しかも今回は自分たちの勝手な判断によるものというのもあり、それが余計に2人の後悔の念を強くさせていた。
((ごめんなさい……師匠……))
ただ泣く事しか出来ない2人は『呪い』によって体を腐らせていきながら、〝いつ食べられてしまうのか″と怯え続けるしかなかった。
「ふむ……そろそろ食べ頃であるが、先に新たな贄の仕込みをせねばならんのぉ」
ドラゴンが声を発したことで2人に緊張が走ったが、次の瞬間には全く別の意味で驚き固まることになった。
その理由はというと―――
「まったく、随分と気味わりぃ所だな、ここは」
どこか怠そうな感じの、聞き覚えのある声が聞こえてきたからであった。
「小僧、我はこれから食事の時間なのだ。邪魔はよしてもらおうかの」
ドラゴンはイリスとエリスの様子など気にもかけず、堂々と歩いてきたその男に警告をした。
対する男は倒れているイリスとエリスの近くまで来て立ち止まり、不敵な笑みを浮かべてドラゴンを見上げた。
「寝惚けた事ぬかしてんじゃねぇよ。俺の可愛い弟子は返してもらうぞ」
自信に満ちたその力強い声の主を見るべくどうにか顔を向けた2人の視界には、自分たちが心の底から尊敬している師匠である迅が立っていた。
感想やレビュー、評価などをお待ちしています。




