出発の準備
太陽が傾き始めて小腹が空いてくる頃、領主との会談を終えた迅たちは馬車に乗って北宮殿へと戻っていた。
「面倒な事に付き合わせて悪かったな、姫さん」
「いえ、これくらいは気にしないでください。それよりもジンさん、本当に私たちの協力は必要無いんですか?ほんの数日待っていただければ、王都から騎士団を呼び寄せることも出来るのですけど」
「ああ、問題ない。それに、その数日のうちに村が滅ぼされたりなんていうのもありえるからな。あまり悠長にはしてられねぇさ」
「そうですか……」
ティアに心配されている事を理解してる迅は気負ってない態度で返答したのだが、ティアは〝ジンさんの力になれない″と落胆し、俯いてしまった。
「そんなに気に病む必要はねぇよ。姫さんは西野や神崎たちの事で頑張ってんだから、せめて俺に対してはもっと気楽に考えていいんだぞ?」
「……はい、ありがとうこざいます」
声をかけられて顔を上げたティアは、呆れたような笑みを浮かべている迅を見て逆に気を遣われた事を理解して、迅から優しくしてもらった事が無性に嬉しくなり、頬を染めながら自然と笑みをこぼしていた。
すると、ずっと黙って横で見ていたシルフィアが、ジト目をしながらわざとらしく会話に入り込んできた。
「んっんん!それでジンさん、例の村にはいつ向かうんですの?」
「準備を済ませたらすぐに出るつもりだ。でだ、シルフィア、お前に預けておいた俺の服があったよな?あれを出しておいてくれ」
「分かりましたわ」
迅がいたって普通に返答するなか、シルフィアの声でハッと本来の話を思い出したティアは、迅の顔を見ないようにしながら手で顔を扇いでいた。
北宮殿に到着した迅たちはメイドからの案内を受けて、ユリがいる部屋へと向かうことになった。
メイドによるとユリはつい先ほどに目を覚ましたらしく、今は部屋で食事をしているとのことだった。
そしてユリのいる部屋へと到着し、迅たちは揃って中に入った。
「あむっ、はぐっ、んくっ、ぷはぁっ」
「ユリちゃん、美味しい?」
「おいしい!」
「ユリちゃん、これは?」
「食べる!」
部屋の中では、イリスとエリスが付きっきりでユリの世話をしていた。
ユリ本人も相当お腹が空いていたらしく、2人に勧められるがままにモリモリと食べまくっていた。
「ふふっ、すっかり良くなったみたいですね」
尻尾を激しく振りながら食べ続けているユリを見て、つい微笑ましく思ったティア。
そのティアが声をもらした事で、ユリたちは迅たちが歩み寄ってきた事にようやく気付いた。
「「あっ、師匠!」」
「イリス、エリス、早速で悪いがすぐに準備しろ。今日中にソルマール村へ向かうぞ」
「「はいなの!」」
迅から指示を受けた2人は揃って返事をすると、急いで準備する為に走って部屋を出ていった。
そして2人を見送ったところで、胸の前で手を組んだユリが緊張した面持ちで迅の前へやってきた。
「あ、あの!初めまして!私、ユリって言います!それであの、本当に私たちを助けてくれるんですか?」
まだ少し不安そうに問いかけてきたユリに対して、迅は笑みを見せながらしっかりと目を合わせて答えた。
「もちろんだ。俺はお前の覚悟が気に入った。だからこそ、俺の全力を尽くしてドラゴンの脅威から救ってやる」
「あ、ありがとうこざいます!」
「さっきの話は聞いてたな?準備が出来たらすぐに出発するから、それまでは自由にしてていいからな」
「はい!」
まだ少し固さを見せるユリに、迅は優しい笑みを作りながら頭を撫でてあげた。
そしてユリはまだ時間があるという事で、残っている食事へと戻った。
すると、そのやり取りを見て表情を戦慄させている者がいた。
「……あのジンさんが優しい笑みを見せている……まさか、幼女が好みなんですの?」
「バカな事を言ってないで、早く俺の服を寄越せよ」
シルフィアから身も蓋もない嫌疑をかけられた迅は、イラッとした気持ちを込めるように催促した。
「はいはい、分かってますわよ。えーと……はい、これですわね」
「サンキュー、じゃあ俺も着替えてくるわ」
魔法袋に収納してもらっていた青い服を受け取った迅は、着替えるために割り当てられた自分の部屋へと戻っていった。
準備と言っても着替えだけだった迅は、すぐに済ませて北宮殿の外へと出てきた。
するとそこには、特訓していたはずの和輝たちも待機していた。
「悪い、ジン。そもそも呪いの力自体が分からなくて何も出来なかったよ」
「んなもん当たり前だろ。あれだ、お前は俺が帰ってくるまでにその残念な知力をどうにかしとけよな」
「……はい」
すぐに申し訳なさそうに話してきた和輝に、呆れ顔になりながら容赦のない言葉を吐いた迅。
和輝がガックリと項垂れるなか、かなり興奮している繭が乱入してきた。
「ねぇねぇジンくん!これ何⁉︎いつの間に用意してたの⁉︎」
迅が纏っている青を基調とした服を見たいがために和輝を押しのけて、ぐるぐる回りながら問いかけてきた繭。
「これは俺の血肉と特殊な繊維を使って作ってもらった逸品だ。動きやすさ重視のデザインだが、魔力を流せばそれだけで耐久力がアップするように出来てる」
「ち、血肉って……」
とくに気にもしてない迅の説明で不穏な言葉を聞いた凛は、体の一部が抉られるのを想像して顔を引き攣らせていた。
「ジンさん、それをいつ誰に作ってもらったんですの?」
「割と前だな。それに、すぐに会える訳じゃないから教えても意味ないぞ」
明らかに探りにきているシルフィアに対して、あくまでも本当の事を話した迅。
しかし、今までも色々と隠し事をされているシルフィアは、〝これも教えたくない事か″と捉えて、迅にジト目を向けた。
「また秘密なんですの?いい加減教えてくれたって「「師匠!準備出来たの!」」
シルフィアが例のごとく問い詰めようとしたところで、荷物の準備をし直していたイリスとエリスもやってきた。
実は2人は、ティアから〝必要になるだろうから″と魔法袋を渡されたので、服や食料などを詰め直していたのだ。
「よし、じゃあ行くか。イリスとエリスは身体強化を掛けて俺に掴まれ。ユリは俺が抱えてやる」
「「はいなの!」」
「えっ⁉︎あの、私は自分で歩けますよ!それに、この歳になって抱っこだなんて……」
迅の指示に対してイリスとエリスはすぐに従ったが、それなりのお年頃であるユリは羞恥心によって顔を赤くさせながら、ささやかな抵抗をした。
「さっき俺は今日中に村へ向かうって言ったんだぞ?移動の為なんだから諦めろ」
「……お願いします」
迅に説得されたユリは、顔を更に赤くさせながら抱きかかえられた。
それに次いでイリスとエリスも背中に飛び乗り、『身体強化』を掛けて迅にしがみついた。
「『魔力結界』」
「え?何これ?」
「ユリちゃん、安心して」
「師匠に任せるの」
衝撃に晒されない為の『魔力結界』に驚いたユリに、イリスとエリスが優しく声をかけた。
「まずはギルドへ行くからな。間違っても舌を噛むなよ、3人とも」
「「はいなの!」」
「えっ?えっ?」
「それじゃ……」
ギュオッ!
準備を整えて声をかけた迅は1人困惑しているユリをそのままにして、今の迅が出せる最高速度で走りだした。
「わきゃああああぁぁぁ…………」
ジェットコースターすら生温いと言えるその速度によって、風圧は無くても盛大な悲鳴を響かせていったユリであった。
すると、あっという間に見えなくなった迅たちに羨望の眼差しを向ける者が1人いた。
「いいなぁ、羨ましい」
「繭、それ本気で言ってるの?下手したら剥き出しの新幹線よりも酷いよ、あれ」
「あはは、私もあれはちょっと嫌かな」
「絶叫系は苦手な訳じゃないですけど、それでもあれはトラウマになりそうです」
「なぁ和輝、俺たちってここに来る時にあんな速度で走ってたんだな」
「ダメだ剛、しっかりと現実を見るんだ。あの速度は明らかに次元が違うものだよ」
勇者たちのなかで特異な感性の持ち主が現れるなか、王女であるはずのティアも羨ましそうに離れていく迅たちを眺めていた。
「……ジンさんの抱っこ……」
「お姉様、どうかしました?」
「な、なんでもありません」
ティアは無意識のうちに呟きながらポーっとしていたが、シルフィアに声をかけられた事でハッと意識を戻し、顔を赤くさせながらそそくさと北宮殿の中へと戻っていった。
「そう、ですか?」
〝お姉様が言うなら″と一応納得したものの、心の片隅ではちょっとした危機感を募らせたシルフィアであった。
1分とかからずにギルドへとやってきた迅たちは、全員で中へと入った。
「おう、待っとったで。嬢ちゃんも無事元気に……なんで泣いてるんや?」
迅がすぐに来ると踏んで用意を済ませていたクメゾルが出迎えたのだが、迅の後ろで泣いているユリを見て首を傾げた。
クメゾルの視線の先では、泣いているユリをイリスとエリスが必至に宥めようとしているのだが―――
「うっく、ひっく、ぐすっ」
「はわわ、ユリちゃん落ち着いて!」
「はわわ、ユリちゃん安心して!」
どれだけ声をかけても泣いたままのユリを見て、逆に2人も泣きそうになっていた。
「ぐすっ、全然安心出来なかった……お姉ちゃんたちのうそつき」
「「はうっ⁉︎」」
ユリの本心からの一言をもらった2人は胸を押さえて倒れ込み、とうとう滝のような涙を流し始めてしまった。
迅はその光景をしっかりと見ていたが、〝時間がもったいないから後にしよう″と考えて、クメゾルに向き直った。
「……ちょっとショックが大きかっただけだから気にしないでくれ。そりより、これから向かうつもりなんだが、そっちの準備は出来てるのか?」
「もちろんや。まぁ、まさかここまで早く来るとは思ってへんかったけど、魔法袋一杯の物資にドラゴンの情報もバッチリ揃ってるで」
「さすがギルド長、助かるよ」
迅はクメゾルから渡された数枚の紙をそのまま魔法袋にしまい、それをリュックのように背負い込んだ。
そしてすぐに動こうとしたところで、クメゾルに話しかけられた。
「ほんで、領主とは話をつけられたんか?」
「とりあえず依頼を白紙にさせた。これでギルドの方には手を出せないはずだ」
「……ギルドの方にはか?」
「ああ、そうだ」
クメゾルは迅の妙な言い方に気付いて再度の確認をしたが、当の迅はクメゾルの考えを肯定するような笑みで答えた。
そんな迅を見たクメゾルは頼もしく思いつつも、〝領主がドラゴン戦を邪魔するんじゃないか″と予想して顔を歪ませていた。
「……ホンマに大丈夫かいな?あの領主の事や、絶対にタダで済ますつもりなんかあらへんと思うで?」
「だから良いんじゃねぇか。俺としては最高の結果にしたと自負してるぞ」
クメゾルが懸念している事を聞いた迅は、不安そうになるどころか逆に不敵な笑みを浮かべていた。
そして、その言葉を聞いたクメゾルは少し驚いたあと、迅が狙っている事を察して高笑いしだした。
「……アッハッハッハ!やっぱえぇ性格してんな!ここまでやと、逆に領主の方が不憫に感じてまうわ」
「そんな必要はねぇだろ。他人にやってきた事を、今度は自分が体験するってだけの話なんだからな」
「そうかもしれんな。そしたら、援護の為の冒険者は少し遅れて向かわせればええんか?」
「遅くても明後日には倒しておくから、それに合わせてくれれば問題ないさ」
クメゾルからの提案を素直に受けた迅だったが、何でもないように話したその内容に、クメゾルはまたも驚かされることになった。
「……はぁ……ドラゴン相手でも大した脅威にはならんてか……こんな規格外な覚醒者を管理するのは骨が折れるやろうな。ドーネルも不憫に感じてきたわ」
「よほどの事じゃなければ噛みついたりしねぇから安心しろ。それじゃ、俺たちはもう行くからな」
「おう、報酬は弾ませたるから、村のみんなを助けたってや」
「任せとけ」
そう言って、迅は泣いたままの3人を連れてギルドの外へと出ていった。
「ホンマに大した自信や。過去に別のドラゴンか、それ以上の何かでも倒してるとしか思えんな。それを考えると、歳が16ってのも信じ難いんやけどなぁ……ま、今は気にしてもしゃあないか。さて、これから忙しくなるんやから、今のうちに細かいもんを済ませとかんとな」
クメゾルは迅についてを考えれば考えるほど歪な結論にしかならなかったため、思考を放棄してまずは目先の問題を片付けるために動きだしたのだった。
ギルドの外へ出た迅はさっそく移動しようとしたのだが、まずは目を逸らしていた問題と格闘することになった。
「さて、とっとと移動しようと思うが……」
迅の目の前では放心状態で涙をホロホロと流しているイリスとエリスがおり、かたや泣き止んでいたユリに目を向けると、ビクッとして後ずさられていた。
「ひっ!また、あれで行くんですか?」
「分かってるって、今度はちゃんと対策してやるから。……ほら、これを舐めておけ」
そう言って、迅はユリを治した時についでに作っていた緑の飴玉を取り出した。
しかしよく見るとルイーナに渡した物とは少し違い、飴玉自体が僅かにエメラルドの光を放っていた。
「……これは?」
「俺特製の飴だ」
「……あむ……っ!おいしい!」
迅から受け取った飴玉を口に含んだユリは、両手で頬を押さえながら目をキラキラとさせており、飴玉の味に夢中になっていた。
「ちゃんと味には配慮してある優れ物だ。ほれ、2人も舐めておけ」
「……うぅ、心に染み渡る美味しさなの」
「……うぅ、心なしか気が晴れてきた気がするの」
迅はイリスとエリスにも飴玉を渡し、それを舐めさせた。
迅お手製の飴玉の効果で精神を安定させた3人は落ち着いた様子で迅にしがみつき、今度は問題なくソルマール村へと出発した。
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