北の領主との会談
まずは謝辞を、また投稿が遅れることになってしまい、申し訳ありませんでした。
今回の話が予想以上に長くなってしまい、これの編集に時間が掛かってしまいました。
というわけで今回は1万字ちょっとの内容となっておりますが、どうかご了承ください。
ユリに掛けられていた呪いと腐りかけていた体さえも完全に治した迅は、意識を取り戻していないユリを背負って宿屋を出た。
その際に宿屋のおっちゃんにユリを見せたのだが、ほぼ体全体に広がっていた黒い紋様は綺麗に無くなっており、スヤスヤと心地良さそうに眠っている表情を見て顔を緩ませていた。
北宮殿に着いた迅は入口に待機していたメイドの案内を受けて、空いている部屋にユリを寝かせた。
そして、色々と準備していたメイドたちにユリを任せて、すぐにティアたちが待機しているという部屋に移動した。
「悪い、待たせたな」
迅が一言謝りながら入った部屋には、中央付近に設置してあるソファに王女姉妹が座っており、和輝たち勇者一同も揃って待機していた。
「いえ、気にしないでください。それよりもあの子「「師匠!ユリちゃんは⁉︎」」
迅が入ってきて早々に、イリスとエリスがティアの会話を遮るようにして迅に詰め寄った。
「安心しろ。呪いは解いて体も治した。あとは自然に目が醒めるのを待つだけだ」
「「よかった〜」」
迅の言葉を聞いて安心した2人は、揃ってその場に座り込んだ。
迅はそんな2人を見て苦笑いしたあと、ティアが座っているソファの反対側に腰かけた。
「それでジンさん、イリスさんとエリスさんから話は聞きましたが、どうされるつもりですか?」
「2人から全部聞いたと思うが、今回の件は色々と厄介なんでな。姫さんに力を貸してほしいんだ」
「という事は、領主と繋げばよろしいでしょうか?」
「ああ、だがそれともう一つ頼みたい。向こうが言ってきてる保証金なんだが、ヘタに吊り上げられないように抑えてほしい」
単刀直入に用件を聞いていくティアだったが、ここで迅がいつにない控えめなお願いをしてきたために、微妙に戸惑ったティアは再度確認をとった。
「……それでよろしいのですか?私としては街を守るはずの領主が保証金を徴収する事自体がおかしいと思うのですが」
「それは俺も思ってる。だが領主の本当の考えはともかく、その理屈には一理あるからそこは我慢するつもりだ。こっちの理想通りじゃないからと突っぱねるのはただの我儘だからな」
ティアの疑問に対して意外と律儀な考えを伝える迅。
和輝たちも〝意外と甘い対応だ″と感じていたが、迅は次の瞬間には冷たい真剣な表情になっていた。
「だがそれ以上は断固として認めるつもりはない。こっちがしっかりと対価を用意してんのにゴネてくるようなら、真っ向からケンカを売るつもりだ」
方針を語りながら発せられる圧力に軽く呑まれかけたティアは、迅の対応は〝あくまで限度とする一線の手前だから″というのを悟り、それ以上の口出しはしないことにした。
「……分かりました。ジンさんがそれでよろしいのであれば、私はそこに関しては口出ししません。それではすぐに面会を取り付けようと思いますけど、いつがよろしいですか?」
「出来ればこの後すぐにしたいんだが、話を聞く限りは素直に受けてくれるか分かんねぇからな……」
不安な点を話しながら腕を組む迅に、ティアはニッコリと笑みを向けた。
「いえ、大丈夫だと思いますよ。実は領主とは午前中に会っていまして、その時に〝何かありましたらいつでもどうぞ″と言っていましたから」
「そうか、なら大丈夫そうだな」
ひとまず大体の話が済んだところで、今まで聞き手に回っていた和輝が話しかけてきた。
「ジン、すぐに面会を済ませるって事は、明日にでも向かうつもりなのか?」
「向かう先がよほど離れてるんなら明日にするが、日が沈む前だったら今日中に向かうつもりだ」
「そうなのか、じゃあ僕たちも色々と用意しておくよ」
「いや、悪いが今回はお前たちを連れてくつもりはないぞ」
「えっ⁉︎」
「そんなどうして⁉︎」
いつものように自然と〝一緒に行くもの″と思っていた和輝たちは、迅から出たまさかの一言に驚いていた。
とくに繭の動揺が大きく、いつぞやのように割とショックを受けているようだった。
「今回の件は俺の弟子が関わってるみたいだからな。元々こいつらは倒したい奴がいるってんで俺が鍛えてたんだが、どうやら今回の敵がそうらしいから俺たちで片付けるつもりだ」
そう言って迅がイリスとエリスに目を向けると、2人は今まで黙っていた事に負い目を感じているのか、ビクッとして下を向いてしまった。
しかし、迅が話した理由はあくまでも精神論なため、そこにシルフィアが眉を寄せながら苦言を呈した。
「ジンさん、いくらなんでもドラゴンを甘く見てませんか?文献に残っていたものでは、ドラゴンに挑んだ討伐隊は一人残らず全滅してるんですの。だからせめて数くらい揃えないと、いくらジンさんでも勝てるとは思えませんわ」
「……ジン、シルフィアちゃんもこう言ってるし、僕たちなら力になれると思うんだけど」
「いや、今回ばかりは無理だろ。俺だってお前らには強くなってほしいから、どんどん強敵とぶつかってくれるのは構わねぇけどよ。お前らは呪いに対抗できる力なんてないだろ?それじゃあ行っても足手まといにしかならないだろうが」
「うっ、それは確かに……」
迅の的確な指摘に、完全に言いくるめられてしまった和輝。
それは剛や麗奈たちも同じで、揃って苦い表情をしていた。
「だろ?それに甘く見てる訳じゃねぇぞ。遺跡の数倍の巨体だっていうんなら苦労するかもだが、そうでなければ同じように吹き飛ばすだけだ。それになにより―――」
一旦言葉を区切った迅は、瀕死の状態になりながらも懸命に訴えかけてきたユリの事を思い出して、自然と笑みを浮かべていた。
「ユリのあの目と覚悟が気に入った。そしてそれを受けたのは俺だ。だからこそ、この手で解決したいんだよ」
あまり聞いた覚えのない迅の我儘に、和輝たちは揃って目を見開いて驚いていた。
そして、和輝は少しだけ思案したあと、真剣な表情で迅に声をかけた。
「……分かった。ジンがそこまで言うなら一旦引くよ。でも、もし何かあったら僕たちを頼ってくれ。そりゃあジンに比べたら全然弱いけど、僕たちにだって出来ることはあるはずだからね」
「ああ、何かあれば遠慮なく頼むわ」
「うん。さて、皆で中庭に行こうか」
迅の返答に満足気な笑みを浮かべた和輝は、麗奈たちに声をかけた。
すると、麗奈たちは和輝の突然の提案の意味を理解しているのか、全員が微笑みながら頷き合っていた。
「ん?何かするのか?」
「ジン、僕たちが呪いに対抗出来るようになれば連れていってくれるんだよね?」
「……そうだな。呪いに対抗出来るなら連れてくさ」
和輝からの問いかけでようやく何をしようとしているのか理解した迅は、軽く驚いたあとに笑みを見せながら答えた。
「その言葉、忘れないでくれよな」
最後にそう言ってから、和輝たち勇者組は揃って中庭へと向かっていった。
一連の流れを静観していたティアは、口元に手を当てて笑いをこぼしていた。
「ふふっ、カズキさんらしいですね」
「心意気は良いんだがなぁ……呪いを扱う奴がいないのにどうするつもりなんだか」
「バカですわね」
苦笑いしている迅に続いて、バッサリと吐き捨てたシルフィア。
そもそもこの世界では、『呪い』に関するものは文献ですら皆無と言っていいレベルなのだ。
使える者などもちろん1人もいないし、『呪い』の力自体は例のドラゴンが使ったことで、魔法とは違う作用をすると判明したから知れ渡っているだけだった。
ティアは和輝たちがどうするのか気にはなっていたが、今は優先すべき話があるので、気持ちを切り替えて本題に戻ることにした。
「それでジンさん、領主との話し合いはどのようにするつもりなのですか?」
「さっき言った条件で認めないならそこまでだ。最悪は敵に回してでも依頼を達成して、事後承諾させるつもりだ」
「どうせなら何も言わずに行った方が手っ取り早いですわよ?あの領主には良くない噂がいくつもありますから、絶対に足元を見てきますわ」
あくまでも筋を通すつもりである迅に、シルフィアがもっともな提案をした。
ちなみに領主に関する良くない噂というのは、直接話した事のある商人や冒険者などが理不尽な要求をされたり、街の外にある村の娘をいいように弄んだという内容がいくつか流れているのだ。
どれもハッキリとした証拠は無いものの、噂になるほどならば警戒するのは当たり前だった。
迅は宿屋を出る時におっちゃんに教えてもらって領主の噂を知ったのだが、それを聞いたうえで〝領主に話しに行くべき″と判断していた。
「領主の噂についてはいくつか聞いてる。だからこそわざわざ話し合いをやるんだ。こっちの体裁を整えておいて、いざとなったら正当な理由で容赦なく反撃してやればいい」
「なるほど、要するに罠を張る訳ですね?流石はジンさん、名案ですわ」
「その、ジンさん。あまり乱暴なやり方はどうかと思うのですが……」
お互いにクズには容赦のない選択をする2人を前にして、若干引き気味のティア。
「もちろん、最初から強引なやり方をするつもりはねぇさ。だが、領主の出かた次第ではそれなりの対応をするのは覚悟しといてくれ」
「……分かりました。せめて領主が最低限の分別がつくことを祈りますが、無茶な要求などをしてきた時はジンさんに合わせることにします」
迅に穏便な方法で解決してもらう事を早々に諦めたティアは、〝領主が余計な事をしないように″と心の底から願っていた。
話し合いを済ませた迅たちは使者を領主の元へ向かわせつつも、すぐに北宮殿を出立した。
そして、話し合ってから僅か1時間半ほどでの訪問だったが、流石は領主と言うべきか、割とスムーズに会談をすることになった。
執事に案内された部屋へ入ると、北の領主である『フォディッチ・ホクラービ』が立ち上がって出迎えてきた。
「これはこれはティア殿下にシルフィア殿下。早速私めに頼っていただけるとは、大変恐悦至極でございます。ささっ、どうぞお掛けになってください」
ホクラービに促されてソファに向かった3人だが、その際にティアとシルフィアは身体つきをじっとりと見られ、迅に関しては明らかに蔑むような目を向けられた。
品定めされる事に割と慣れているティアは表情を崩さずに真ん中に座り、その左右に無表情の迅とイラつき顔のシルフィアが座った。
ホクラービは典型的な中年太りをしており、髪は側面しか満足に生えておらず、髭だけはやけに立派に見えるという出で立ちをしていた。
「今回は突然の訪問となってしまい申し訳ありません。ですが、少々急を要する案件がありまして」
「いえいえ、構いませんとも。で、急を要する案件とは?それと、そちらの方は従者ではないのですかな?」
ティアに対しては笑みを浮かべて返していたが、シレッと当然のようにティアの隣に座っている迅に冷たい目を向けるホクラービ。
「順を追って説明します。まず、こちらは臨時で私たちの護衛をしてもらってるジンさんです。冒険者ランクは7ですが、実力はキタザワさんにも勝てるほどの覚醒者です」
「ほう……あの生意気な勇者にも勝てるとは、それはいつか実力を拝見したいものですな」
ホクラービは迅が覚醒者と知って興味は見せるものの、上からの態度は崩さずにいた。
やはり根っからの貴族意識を持っているようで、覚醒者とは言っても配慮するつもりなど無いようだった。
「それで、実はジンさんが依頼の報告をする際に、1人の猫獣人の女の子を保護しました。ここまで言えば分かりますか?」
「なるほど、ドラゴンの討伐依頼の件ですな。あれなら冒険者ギルドに指示を出してありますので、そのうちに解決されると思いますよ」
「えぇ、そうですね。貴方の言う保証金の支払いさえ無ければですけどね」
誤魔化すつもりも無ければ悪びれもしないホクラービに、シルフィアがチクリとトゲのある言葉を言い放った。
しかし、ホクラービは困ったような表情で首を横に振るだけだった。
「シルフィア殿下、それに関しては仕方のない事なんですよ。我々にも領主同士の繋がりはあります。もしこちらの不手際で被害を出した時は、それを補填しなければなりません。それを考慮するとどうしても必要なのです」
「なるほど、確かに一理ありますね」
ホクラービの説明に対してシルフィアが反論する前に、ティアが頷いて同意した。
「そうでしょう?では、殿下たちも認めて下さるという事でよろしいですね?」
「えぇ、認めましょう。ではその補填のための保証金ですが、こちらのジンさんが討伐してきた『アダマント・トータス』の素材全てを物納する事で、保証金の代わりとしましょう」
「なにっ⁉︎いや、しつれ、失礼いたしました。……今、なんとおっしゃいましたか?」
ティアがさらっと言った事によほど驚いたのか、思わず素を出しながら言葉も詰まりかけるホクラービ。
それに対して、ティアは外行きの笑みを貼り付けたまま答えた。
「こちらのジンさんが討伐してきた『アダマント・トータス』を物納すると言いましたが?」
「ティア殿下、それは本当でごさいますか?『アダマント・トータス』は誰一人としてダメージを与えられないことで有名な魔物。それを、そこの覚醒者が討伐してきたと?」
前例が無いからこそ信じられないホクラービは、迅に胡散臭そうな目を向けながら再度問いかけてきた。
「えぇ、そうです。すでに実物が解体場に運ばれていますので、確認にはそちらに行かないといけませんけどね」
「ホクラービさん、これでジンさんを討伐に向かわせても問題ありませんわね?」
ティアに続いて、シルフィアが笑みを見せながら畳みかけるように問いかけた。
しかし、何か別の事を狙っているらしいホクラービは、顎に手を当てて少し考え込んでから口を開いた。
「……いえ、まだありますとも。仮にそこの覚醒者が被害を出す事なくドラゴンを討伐した際ですが、私が受け取るのはあくまでも保証金。被害が出なかった時には返さねばなりません。それではこちらに何の旨みも無いことになってしまうのですが」
「その心配はしなくても大丈夫です。私は依頼を受けられればいいので、領主殿にはご協力いただいたお礼として差し上げますよ」
ホクラービは恥も外聞も無く裏の報酬について言及することで許可を渋ったが、すかさずわざと口調を変えている迅がその選択肢を潰しにかかった。
「ぐっ!で、では、私の配下の者を同行させましょう。ドラゴン相手となると、流石の覚醒者でも苦戦は免れないでしょうしね」
「それは非常にありがたい申し出ですが、丁重にお断りさせていただきます。ドラゴンの大きさにもよりますが、その配下の方たちが周りにいると私が全力を振るえませんから」
「っ!きさっ!」
口調を丁寧にしていても迅が見透かしているような冷たい目をホクラービに向けているため、わざと選択肢を潰されている事を悟ったホクラービは怒りのままに声を荒げかけていた。
そこへ、ティアが助け船を出すように声をかけた。
「ホクラービさん、もうよろしいでしょう?」
「……でしたら、せめてティア殿下からも直々に褒美を賜りたいのですが、よろしいですか?」
あくまでも諦めるつもりはなかったホクラービは、ついに露骨な要求をしだした。
これにはさすがに眉をピクッと反応させるティア。
そして、怒りが頂点に達しつつあるシルフィアは、軽蔑するような目でホクラービを睨んだ。
「何ですって?貴方、こちらから色々と貰うくせに、よくもまぁそんなふざけた事が言えますわね」
「私も図々しいというのは百も承知です。ですが、我々の裏の協力無しには依頼を受けられない。そうでしょう?」
流石は領主と言うべきか、無駄な胆力を見せて食い下がってくるホクラービ。
そして、逆にシルフィアはどんどん怒りの感情を膨らませていた。
「私たちを相手に脅しをかけるなんて、大した度胸ですわね」
「いえいえ、脅しだなんて人聞きの悪い。私が望むのは、ティア殿下と一晩語らうことが出来ればそれで満足なんですよ。それさえも認められないというのですかな?」
「立場をわきまえなさいな!あなた如きがお姉様を夜更けに呼び出すだなんて、そんなものが許されるはずありませんわ!」
徐々に余裕を取り戻してきたホクラービの言い分に、とうとう我慢の限界を超えたシルフィアは立ち上がって指を突きつけながら怒鳴った。
「私は2人きりでディナーでもどうかと思っているだけですよ。べつに閨を共になどと言ったわけではありません。まぁ、ティア殿下の方から誘われたなら、やぶさかではありませんがね」
「っ!」
ここに来て、ホクラービの企みを完全に悟ったシルフィア。
ホクラービはこの機会を利用して、ティア自身に手を出そうとしているのだ。
しかも足元を見て強請る事で、ティアから求めるようにするつもりのようだ。
「さぁティア殿下、どうされますか?私と一晩食事をしてもらうだけで、色々と楽に事が運びますよ?」
ついにティアに対して下卑た笑みを見せるホクラービ。
そして、すでに我慢の限界を超えていたシルフィアは感情が抜け落ちたような表情になり、魂剣を取り出そうと力を集めはじめていた。
しかし、この状況でもティアは外行きの笑みから無表情へ変えただけであった。
なぜなら事前に話して決めた通りに、ここから先は迅に任せるからであった。
「調子に乗るのも大概にしとけよ、ハゲヅラ」
「……貴様、今この私に向かって何か「ハゲヅラって言ったんだ、よく聞いとけよ」
さっきとはうって変わってドスの効いた声で話し始める迅。
それに対してホクラービは自分が貶された事に腹を立てて、こめかみに青筋を浮かべながら迅を睨み返した。
「貴様、覚醒者とはいえ平民の分際で、よりによって領主であるこの私を侮辱するとはな……そんなに痛い目に遭いたいのか?」
「てめぇがくだらねぇ欲なんか晒してるからだろうが。こっちはとっとと依頼を達成しに行きたいんだ。話を逸らしていくんじゃねぇよ」
「おい、自分の立場をわきまえろよ、平民。お前は今、国に対して暴言を吐いているようなものなのだぞ。この私の一言次第でお前はいつでも指名手配され、世界共通の敵と認定される事になる。それをよく理解したうえで発言しろ」
「ハッ、その横暴な権力はてめぇの力だからな、べつに卑怯とは思わねぇから好きにすればいいさ。だがな、力を振るうならそれなりの覚悟をしとけよ?お前が権力にモノを言わせるってんなら、俺は武力で対抗するだけだ」
お互いに全く譲ることなく言葉の応酬をする2人。
ホクラービは領主としての立場をフルに使って脅しをかけるが、相手は神でさえ叩きのめしてきた最強の存在なため、普段から一部の民に使ってきた常套句が通用しないのは当たり前だった。
しかし、ホクラービは迅の予想以上の反抗に驚きはしたものの、今この場ではティアの従者である迅の素行を見て、ニタリと嫌な笑みを浮かべた。
「……ティア殿下、これは問題ですなぁ。臨時とはいえ、あなたの護衛がこの私に無礼を働きましたぞ。これの穴埋めをいかようにされるおつもりで?」
絶妙なポイントで再びティアに矛先を向けたホクラービ。
先程からシルフィアの怒りを利用して話の内容を変えたり、逆に戻しかけた迅の会話でさえ利用するあたり、だてに領主として君臨している訳ではないようだった。
しかし、対するティアはただの少女ではなく英才教育を受けてきた立派な王女なのだ。
ゆえにまた不利な状況にされていても、表情を一切変えていなかった。
「ホクラービさん、これ以上はやめましょう。それに、先に不敬を働いたのはそちらです。それを理解したうえで依頼の承認だけをしてください。でないと、あなたが大変な目に遭いますよ」
「ですから、それは殿下のお約束次第で―――」
ズドン!
ホクラービが未だに屈しないティアをどうにか追い詰めようとした時、迅たちが座っている場所から少し離れた所の天井の一部が壊れて、黒い服を着ている者が落ちてきた。
「おい、あいつは何だ?いや、べつに聞く必要はないか。まさか王女様の命を、街を預かる領主が狙うとはなぁ。反逆罪で牢屋にぶち込んでやろうか?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべている迅が、『魔力結界』で押さえつけている者を指差しながらホクラービを問いただした。
実はこの怪しい者はホクラービの護衛を務めている者だった。
彼らはこの部屋の天井裏や横壁に潜んでいたのだが、それを入室した時には察知していた迅が利用させてもらったのだ。
そしてティアは、迅がいざとなれば強行手段を取ると分かっていたからこそ、ホクラービに忠告していたのだった。
さすがにこの事態に慌てたホクラービは自然と迅の言葉を鵜呑みにしてしまい、一気に顔を青ざめさせていた。
「っ!……ど、どうやら賊が入り込んでいたようだ」
「そうですか。でしたら警備の見直しをした方がいいかと思います」
「……そうさせていただきます」
一気に立場が逆転したホクラービは、淡々と話すティアに対して素直に頷く事しか出来なかった。
よくよく考えればまだ言い逃れる手段はあったはずだが、迅の力技による奇策がよほど効いているようだった。
そして、ティアがこのチャンスを逃すはずもなく、ホクラービが気持ちを落ち着かせる前に畳みかけた。
「さて、ホクラービさん。私たちを危険な目に合わせた訳ですが、『依頼に関する全てを白紙にする事』で不問にします。よろしいですね?」
ティアが話した言葉の意味はつまり、〝最初から依頼の話は無かったことにしろ″という事だった。
ティアはこれを確約させる事でホクラービが出張る必要が無いようにして、迅に心置きなくドラゴン退治に向かってもらうつもりだった。
「っ⁉︎し、しかしですな、ドラゴン自体は本当の事でして……」
その裏の意味を正しく理解したホクラービは、当然〝これではまずい!″と慌てた。
しかし、すでに大勢は決していた。
「ドラゴンの調査はジンさんにしていただきます。存在していれば討伐、いなければただの噂、それで万事解決です」
「で、ですが!」
「まだ何か?あぁ、まだ潜んでいるかもしれない賊を探すというのなら、ジンさんにお願いしてもよろしいですけど?」
「お任せください、ティア殿下」
まだ食い下がろうとするホクラービに、わざとらしい笑みを浮かべながら1番嫌がるであろう提案をするティア。
迅もそれに乗っかるようにして、立ち上がって一礼してから動こうとした。
「っ!い、いえ!私の配下の者にやらせますので!」
「そうですか、それでは私たちは北宮殿に戻ります」
「……はい」
ホクラービは〝これ以上は無理だ″と悟ったらしく、立ち上がって扉の方へ歩いていくティアたちを止めることはしなかった。
ティアは扉の手前まで来たところで、ホクラービの方へ体を向けた。
「最後に、ここ【北セントレア】の民たちは領主のおかげで平和に暮らしていたと、お父様に報告させていただきますわ」
「……ありがとうございます」
ティアの言葉にお辞儀をしたホクラービに見送られつつ、迅たちは部屋を退室して北宮殿へと戻った。
ティアの言葉は一見すると飴のようではあるが、実のところは〝民たちが不自由な暮らしにならないようにしなさい″という楔を埋め込んだ形であった。
しかもいざという時は国王にも報告が行く事になるため、ホクラービはせめてしばらくの間は行動を制限せざるを得なくなったのであった。
迅たちが帰った後の部屋では、ホクラービがそこらの物に当たり散らしたことで荒れた状態になっていた。
「クソがっ!どいつもこいつも!小娘の分際で!平民の分際でワシを謀りおって!」
怒りのままに拳を机にぶつけて、息を荒げているホクラービ。
自分の想定通りにいかず、しかも逆に弱みを掴まれてしまった事で怒りの度合いも頂点に達していた。
「このままでは済まさんぞ……おい!」
「はっ!」
ホクラービが一声かけた直後、どこからともなく黒装束の者たちが現れた。
そう、ホクラービの護衛を務める者たちであった。
ちなみに迅が引きずり出した者は、ホクラービが〝責任持って対処する″という事で引き渡した形になっていた。
ホクラービは目の前に跪いている8人の護衛たちを、怒りのこもった目で睨みつけた。
「貴様らには酷く失望したぞ。あんなガキに気付かれるほど無能なのか?」
「……申し訳ありません」
護衛たちは油断した訳でもなかったのだが、失態を晒した以上は素直に認めるしかなく、リーダーが代表して謝罪していた。
ホクラービはほぼだんまりな護衛たちから目を背けると、部屋の窓の近くへと歩きながら声をかけた。
「……ふん!貴様らはあの覚醒者の動向を監視しておけ。奴はドラゴンを倒しに行くはずだからな、おそらくは相当な消耗を強いられるはずだ。そこを容赦なく襲って殺してしまえ。ワシも後から向かう。そして貴様ら、次は無いと肝に命じておけ!」
「心得ました」
怒鳴られながらの命令を受けた護衛たちは、リーダーが一言だけ返してから姿を掻き消した。
「ガキの分際でワシに歯向かった事、存分に後悔させてやる!」
1人だけになったその部屋で、ホクラービは迅たちに目にものを見せつけるために復讐という名の炎を燃やしていた。
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